④ 急転
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シトシトシトシト。
シトシトシトシト。
京香の誕生日パーティーから十日後。
雨天の中。
シカバネ町南区、工業地帯。
ヤマダはセバスがさした傘の下で、京香、あかね、フレデリカと共にシカバネ町をパトロールしていた。
幸太郎は第四課と共にドリーミングビューティーの流通組織を潰しに回っており、今日は席を外している。
先日、幸太郎達でドリーミングビューティーの流通組織を一つ壊滅させた。そこから芋づる式に他の流通組織が見つかり、それらの殲滅に対策局は今追われているのだ。
ヤマダ達がこうしてパトロールしているのもそのためである。また、京香と共に居るのは彼女を護衛するためでもあった。
――京香は私よりも強いんですけれどね。全く過保護ですよ。
ヤマダは幸太郎の過保護っぷりをいつも半眼で笑いながら見ているのである。
シトシトシトシトシト。
シトシトシトシトシト。
それはさておき、空が暗くなり初め、そろそろ対策局に戻ろうかと言う頃、ヤマダはこの十日間、ずっと気に成っていた事を隣の京香へと聞いた。
「……キョウカ、アカネは先日からどうしたのデス? あの浮かれ具合、悪い物でも食べましたカ?」
ヤマダの視線は少し前方で歩いているあかねへ向いている。
「……………………えへ」
またである。あかねはその場で笑い出した。特に何か起きたわけでもない。本人は笑わない様に我慢している様だが、全く持って無駄な抵抗である。
雨の中、虚空を見つめ、頬を上げ、笑う女。時間帯によっては通報されるだろう。
不知火あかねは眼に見えて浮かれていた。
「……知らない」
京香は傘に隠れる様にプイとあかねから眼を逸らす。
――これは何か知ってますね。
ヤマダの脳は即座に解を出した。
「コウタロウと何かありましたカ?」
ピク。京香のこめかみが僅かに引き攣った。どうやら図星であるらしい。
「知らない。アタシは何にも知らない」
京香の反応は頑なだ。この年上の後輩がとても不器用な人間だとヤマダは知っている。
決して京香はヤマダにとって仲が良い相手では無い。けれども、同世代の中では何だかんだで最も長い時間共に過ごした相手である。多少なりとも愛着が沸いていた。
ヤマダが第六課に加入したのは四年前。第二次成長が始まったばかりの頃だ。
当時、ヤマダはセバスと共に世界各地を旅していた。その時、偶々寄ったシカバネ町にてアナリティカというキョンシー組織と第六課との戦いに巻き込まれたのである。
紆余曲折を経てアナリティカを撃退したヤマダは幸太郎からのスカウトを受け、こうして第六課に所属しているのだ。
第六課に所属した当初、幸太郎から紹介された京香にヤマダが感じた印象は幼い少女と言う物だった。
シトシトシトシトシトシト。
シトシトシトシトシトシト。
あれから四年。見た目だけなら随分成長したが、京香の中身はまだまだ成長しきれていない。
――まあ、本人に一番自覚があるのでしょうが。
言いたくなそうな人間へわざわざ口を割らせるつもりはない。
そう結論付けた故に、ヤマダはあかねへと声を掛けた。
「アカネ、何か良いことでもあったのデスカ?」
「!?」
京香が傘を上げ、ヤマダへと眼を向けた。今の発言はとてもではないが空気を読んだ物ではない。
けれど、ヤマダはあかねの浮かれ具合に気に成ってしまった。
ヤマダは好奇心を止める気は無い。そして、京香がそれを阻む権利は無かった。
バシャリ! 水溜まりへ音を立て、あかねがこちらへと振り向いた。
「ええ!? 何かな!? いや別に何かあった訳じゃないよ。いやほん――えへへ」
「せめてそのにやけ面を隠せたラ、その嘘を信じてあげマス。フレデリカ、あなたは何か知りませんカ?」
アイアンテディが腰に手を当て、胸を張り、中からフレデリカの声が響いた。
「おーほっほっほ! 残念だったわね! フレデリカ様は何も言わない様に命令されているわ! ええ、もう、ニッコニコの笑顔で命令されたもの!」
「……語るに落ちるとはこのことデスネ」
――せめて隠す努力をしてるなら見逃してあげるんですがね。
ほれ、答えてみ? と、ヤマダは視線をフレデリカからあかねへと戻す。
「え~と~?」
あかねが両頬を押さえながら「きゃー!」と黄色い声を出した。ヤマダには経験が無いが、これはアレである。中高大生の恋バナで良く見られる反応だ。
もう大体これだけで何があかねに起きたのかヤマダには分かった。
「……なるほド。やっとコウタロウとの関係が進展しましたカ。おめでとうございマス、アカネ。今度オススメの花屋を教えますヨ」
「え~もう~! ヤマダちゃんったら~!」
バシバシとあかねがヤマダの肩を叩いた。本当に浮かれている。
あかねはヤマダの隣でやや瞳を暗くしている京香に気付いているだろう。気付いた上で無視して浮かれているのだ。
――そうしてあげた方が良いのでしょうね。
「あかねさん、おめでとう。良かったじゃん」
京香は笑ってあかねを祝福する。幸太郎とあかねが互いを想い合っているのは周知の事実だった。むしろ、関係が進展しなかった今までがおかしかったのだ。
当然、京香も知っていて、いつの日かこういう日が来ると分かっていたはずだ。
だからこそ、京香の祝福の言葉に嘘は無いのだろう。顔はやや強張っているし、何かを無理していると明白だったけれど、それに触れるのは酷と言う物だ。
――今度、クッキーでも持って来てあげましょう。
慰めるという訳ではない。けれど、それくらいはしてあげても良いとヤマダは思った。
「さ、あかね、幸せの絶頂期に居るのは良く分かりましたガ、パトロール中なのデス。今は浮かれ具合を押さえまショウ」
「ん、オッケーオッケー、大丈夫。すぐに何とかするから……えへへ」
「これはもう駄目かもしれませんネ」
そうは言っていたが、ヤマダは別段アカネのことを心配していなかった。
あかねとフレデリカはハカモリでも有数のコンビだ。戦闘能力では世界でもトップクラスである。一々顔をニヤケさせているが、あかねの警戒態勢に緩みは無い。
仮に今ここでヤマダがセバスと共に不意打ちしても対処されるだろう。でなければ第六課で副主任をやれるはずが無い。
シトシトシトシトシトシトシト。
シトシトシトシトシトシトシト。
「まあ、さっさと帰りまショウ。雨が強くなってきていますかラ」
反対意見は無い。十分パトロールはした。もう第六課のオフィスへ帰り、幸太郎達と合流し、本日の業務を終了して問題無い。
話が決まれば後は早い。さっさと中央区、キョンシー犯罪対策局のビルへ戻るだけだ。
その直後だった。
「全員、警戒態勢!」
あかねが傘を放り投げ、戦闘態勢を取った。




