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⑥ 大切な







「……何で先輩も入院してんのよ」


「……すまん」


 右隣から来るジメッとした文句に幸太郎は眼を逸らした。


 菫からの診察の結果、幸太郎は即日一週間の入院が言い付けられた。


 しかも、何の嫌がらせか京香と同じ病室の隣の病床が割り当てられたのだ。


「……」


「……」


 幸太郎と京香の間にとても気まずい沈黙が流れていた。


 場を和ませてくれるあかねは足早にハカモリの本部ビルへと戻ってしまい、状況を打開できる人間は居なかった。


――そうも言ってられねえよな。


 幸太郎は京香の先輩である。ならば、こう言う時に自分から行動を起こすべきだった。


 だが、気まずい物は気まずい。


 つい先ほど、この部屋に入った時、京香は包帯塗れの幸太郎を見た瞬間、激情を表情に出さない様にしていた。そういう少女であると幸太郎は良く知っているのだ。


――十秒数えたらやるか。


 そう決めて幸太郎は胸中でカウントダウンを数え始める。


 十、九、八、七、六、五、四、三、二、イ――


「――怪我、大丈夫?」


 十秒を数え終わる直前、京香が声を出した。


 出鼻をくじかれ、幸太郎は眼をしばたたかせる。


 見ると、京香は幸太郎の方を、正確にはその体に巻かれた包帯やギブスを見ていた。


「ああ、大丈夫大丈夫。菫がちょっと大げさに言ってるだけだと思うぜ?」


 実際、菫の診断は入院する程の物では無かった。骨が数か所折れて、それなりの火傷を負っていたが、ヴァイオレットクリニックの設備ならば自宅療養でも問題なかっただろう。


 幸太郎の言葉に京香は安心したのか、少しだけ息を深く吐いた。


「……痛い?」


「大丈夫。問題ねえよ」


「…………そ」


 京香は一文字で返し、それきり口を閉じた。彼女のターンは終わったのだろう。


 ならば、次は当然幸太郎のターンだった。


「ごめんな。勝手に撲滅しに行って」


「……先輩の勝手にはもう慣れたわ」


 幸太郎は京香が傷付いていると分かっていた。この少女は自分が原因で誰かが傷付くことを嫌うのだ。


 京香がとても優しく、とても臆病な子だと理解したのはいつのことだっただろうか。


「アタシも連れて行ってくれれば良かったのに。退院を待ってさ」


「ごめんな」


 傷付いた京香へ幸太郎にできることは謝罪だけである。


 けれども、この謝罪には明確に京香の願いへの拒否が込められていた。


「やっぱり、連れてってはくれないんだ」


 京香の瞳がジッとこちら見つめている。悲しいとも悔しいとも取れるその顔から幸太郎は眼を離せなかった。


 本心を語るべき時、幸太郎は本音を話そうと決めていた。


 今がその場面だった。


「俺は、お前が傷付けられるのは我慢できないんだ」


 何度も幸太郎が京香へと向けた言葉。嫌がられることを分かっていてもこの言葉を幸太郎はずっと繰り返すのだ。


「きっと、アタシがどんなに強くなっても、誰にも負けないくらい強くなっても、先輩はアタシに〝そう〟なんだよね」


 諦観が込められた息が京香の喉から吐かれる。


「ねえ、先輩にとってアタシって()なの?」


 京香が望んでいることを幸太郎は分かっていた。彼女は自分の庇護から脱したいのだ。そして、上森幸太郎に頼って貰える様な一人前と認めて貰いたいのだ。


 でも、それは不可能な望みだった。清金京香にとってこの世界は敵で溢れていて、幸太郎にとって京香は大切な()()なのだ。


 何かに当たるだろうという言葉はある。●●だ。だが、それは口に出せない。


 京香へその言葉を吐くのは、幸太郎にだけは許されない。


 だから、幸太郎は考える。嘘で答えて良い問いではない。


 上森幸太郎にとって清金京香は一体何なのか。


「お前は俺の〝大切〟だよ。お前と暮らすと決めたあの日から、ずっとそれだけは変わってない」


「……そっか、うん、そっかぁ」


 苦笑とも泣き笑いとも取れる笑い方をして、京香が視線を幸太郎から外した。


 追い打ちの質問を幸太郎は大切な後輩へと投げ掛ける。


「京香、第六課を、辞めるか?」


 返答は分かっている。それでも言うべき質問なのだ。


「辞めない。絶対に辞めない」


「そうか」


 この話はこれでお終い。幸太郎と京香には当たり前のやり取りだ。


 幸太郎は別の話をすることにした。


「京香、そろそろお前の誕生日だな」


 話題は間近に控えたこの少女の誕生日だった。


 誕生日は可能な限り祝うべきだ。祝われるべき日なのだ。重苦しい雰囲気の今、話すのには丁度良い明るい話題だった。


 京香も幸太郎の話に乗ることにしたらしく、天井を見つめたまま口を開く。


「うん、とうとう二十歳(はたち)に成るわね。何? いつもみたいにお祝いしてくれるの?」


「そりゃするに決まってんだろう。他の奴らも呼ぼうぜ。プレゼントに何か希望とかあるか?」


 毎年のプレゼントについて幸太郎は問い掛け、京香が少し考え込んだ。


「……それじゃあ、お酒を飲んでみたい」


 意外でもない提案だった。確かに二十歳の誕生日に初めての酒を飲むというはとても自然な流れで、素晴らしい普通だった。


「お、良いな。良い感じの酒を見繕ってやるぜ。飲んでみたい銘柄とかってあるか?」


 先程とは違い、京香が悩まずに即答した。


「先輩が普段飲んでる銘柄が良い」


「え? 結構度数高いぜ? 最初はカシオレとかにした方が良いと思うけどな俺は」


 幸太郎が好む酒は度数が高い。正にアルコール飲料と言うべき液体で、初めての飲酒にはどう考えても不向きだった。


「……何でも良いんでしょ?」


 どうやら本当に普段自分が飲んでいる酒をご所望らしい。


 まあ、これも良い経験だろう。いきなり強い酒に挑戦して潰れると言うのも中々に普通だ。


「オーケー。俺イチオシの酒を持って来てやるよ。楽しみにしてな」


「ん。ありがとう」


 今度こそ、話は終わり、京香は眼を閉じて、布団を被った。


 眠るのだろう。邪魔をせず、幸太郎はその様をしばし見つめ、はたと気付いた。


――ああ、そうか。もう二十歳(にじゅっさい)に成るのか。


 もう拾った頃の、十四歳の頃の京香では無い。


 その事実に今更になって幸太郎は気付いたのだ。

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