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⑤ 無情な弾丸







「頼む、全部話す! だから、命だけは助けてくれ!」


 五階にすなわち最上階に到達した幸太郎達を待っていたのはみっともない命乞いだった。


 そこに居たのは五人の男に三人の女。どれもが非戦闘員。その体には傷一つ無かった。


 これらの前にキョンシーの姿は無い。四階のキョンシー使いがこの組織が持つ最強の手駒であったらしい。


 幸太郎は一番前に立ち、左手の拳銃を敵へと向けている。


 バン!


 躊躇いなく無感動に銃弾は放たれ、一番前に立っていた、命乞いをした男の額を撃ち抜いた。


 脳を破壊された人間は膝から崩れ落ち、受け身も取らずに頭を地面に打ち付ける。


「ッ!」


 残った七人が眼を見開き、体を強張らせる。泣き叫んで逃げることも出来ない。彼らの命は今幸太郎の手の中にあった。


「誰の指示で俺の後輩に手を出した?」


「これ、これを持って来た奴らが言ったの! 清金京香を生け捕りにすれば金を払うって! 本当よ! 本当なの!」


 一人の女が小さなポリ袋に入った白い粉を見せた


 バン!


 幸太郎は再び銃を撃ち、銃弾がポリ袋を掲げた女の右耳を掠る。


「あ゛!? 何で!? 嘘じゃない! 本当なのに!?」


 右耳は千切れかかり、滴る血を女は押さえた。


「それは何だ?」


「ドリーミングビューティーよぉ! 私達はこれを使って素体狩りしてたのぉ!」


 バン! バン! バン!


 適当に放った弾丸は二発当たり、口を閉じていた男と女の頭と心臓を貫いた。


「こいつ以外はどうした? 黙ったままなら撲滅する。俺を苛つかせても撲滅する」


「待ってくれ。俺達にも事情が――」


 バン!


 何か言おうとした男を幸太郎は撃ち殺す。


「ドリーミングビューティーを配ってる組織の名前は? 本拠地は何処だ? 知っていることを全部吐け」


 その言葉が最後通告であると誰の目からも明らかだった。


 ワッと生き残らんと生き残りが我先にと金切り声で叫び始める。


 銃口を向けたまま幸太郎は眼を細めた。




 幸太郎は情報を統合する。


・ドリーミングビューティーを配っている組織の名前はメルヘンカンパニー。


・本拠地は不明。


・構成員も不明。


・月に一度、ドリーミングビューティーを配りにシカバネ町へやって来る。


「他には?」


「知らない! もう何にも知らない! 俺達は結局下っ端なんだよぉ!」


 結局知れた情報はそれだけだった。まともに使える情報は敵組織の名前だけ。


 ふーっ。幸太郎は息を吐く。


 空気がピリついている。それが自分の醸し出す雰囲気の所為であると幸太郎は理解していた。


 チラリと幸太郎はすぐ後ろで立っているあかねを見た。


 ただのアイコンタクト。これ以上の情報が出そうかどうかを尋ねたのだ。


 あかねが首を横に振った。彼女の感覚ではもう手に入るだけの情報は手に入れたのだろう。


――残ったのは男三人に女が二人か。


 拘束する人数としては充分。これ以上ここで幸太郎がするべきことは無かった。


 バタバタバタと下の階が騒がしい。第一課と第三課が後始末を始めたのだろう。このまま放っておけば第一課と第三課が後処理をするに違いない。


 パン!


 けれど、幸太郎は引き金を引いた。


 銃弾はまた一人、男の命を奪い、残った四人が悲鳴を上げる。


「何で!? もう全部話したのに!? 嘘じゃない嘘じゃないんだ!」


 狼狽は収まらない。この男と女達が本当の事を言っていると幸太郎は直感で分かっていた。


 助かると、少なくともこの場では殺されないだろうと思っていたのだろう。彼らにとって情報を吐くことは生き残るための唯一の可能性だったのだ。


 銃口を向けたまま、幸太郎はゾッとするほど無機質な声を出した。


「俺がいつお前達を殺さないって言った?」







「……上森さんな、どうして一人くらい生かしておかないんですかねぇ?」


 第一課の主任、桑原 一輝が大中小のキョンシーを連れて最上階に到達した時には、既に幸太郎の撲滅は終了していた。


 部屋には一人とて生きている敵の姿は無く、頭や心臓を打ち抜かれた死体が転がるだけだ。


「どうせ碌な情報は持ってませんよ。こいつらは所詮下っ端だ」


 肩を竦めながら幸太郎は物言わぬ死体を見つめる。どの顔も恐怖で顔を歪め、死への抗いだけが残っていた。


 パン、パン、パン。銃声の音が耳に残っている。引き金を引いた時、そして、銃弾が脳髄を破裂させた時、幸太郎は何も思わなかった。


 頭にあったのは、〝撲滅〟という無機質な言葉のみ。そこに感情は無く、まるでキョンシーの様に命を奪ったのだ。


「情報があるかどうかはこっちが決めることですな。やれやれ、拷問の準備は万全に済ませていたって言うのに」


 桑原の顔は穏やかなままだったが、その声色からは怒りがありありと感じられた。


 拷問狂い。それが桑原 一輝の内外に渡る蔑称だった。


 対策局が捕まえた素体狩り犯はほとんどの場合で第一課に送られる。そこでは桑原が率いる拷問官達が待ち構えているのだ。


「やっぱり第六課なんて解体した方が良いですな。一つの組織に戦力が集中し過ぎている。チームプレイなんてできやしない」


「桑原さん、そもそも今回の作戦は掃討作戦だろ? 捕縛は余裕があるならって話じゃねえか。俺には余裕が無かったのさ。撲滅を我慢できねえ相手だったからな」


「屁理屈を言いますなぁ。我慢できなかったって理由はあの新人でしょう?」


 桑原はとても不愉快そうに鼻を鳴らした。桑原はハカモリの主任の中で清金京香の第六課加入に最後まで反対していた男だった。


 音も無く親指が突き出された。軌道は幸太郎の左眼を狙い、潰そうとする勢いだった。


 けれど、幸太郎は瞬きも身じろぎも一つとしてしなかった。


 ピタリ。眼球から先、三ミリの位置で桑原の指は止まる。


「大事な後輩なら前線になんて出すな。八つ当たりで周りに迷惑をかけるんじゃねえよ」


 普段からでは想像もできない程に低くて重い声が桑原の喉から溢れた。


 幸太郎に恐怖は無い。桑原は何処までもシカバネ町の為に行動する男だ。自分と言う戦力を意味も無く傷つけない。


 しばし、幸太郎は桑原のジロリとした眼を見る。


 その睨み合いを止めたのはあかねだった。


「はいはい、コウちゃんもちゃんと謝って。桑原さんもそれくらいで勘弁してください」


 あかねが体を間に割り込ませ、桑原の指を掴み、幸太郎から引き離す。


 表情は日常のソレであり、死体の近くではミスマッチだ。


 けれど、これで良かった。あかねの前では幸太郎も桑原も強くは出れない。


 幸太郎にとってあかねは幼馴染であり、桑原にとっては愛弟子だからだ。


「不知火、お前ならこいつを止められただろう。何で止めない?」


「すいませんすいません。私も京香ちゃんを傷付けられて怒っちゃってて。でも、大丈夫ですよ。多分ですけど、土屋さんなら誰か一人くらい殺さずに残してますって」


「……まあ、そうだが」


 眼を逸らした桑原へ、あかねがパンと嬉しそうに手を叩いた。


「ほぉら! なら何にも問題ない! 確かにコウちゃんがこの人達を全員殺したのは良くなかったかもしれないけれど、でも殺しちゃいけなかった訳じゃないでしょう?」


「……第一課を抜けてから生き生きしよって。カワイイ新人時代が懐かしくてしょうがないわ」


「そんなカワイイ私に拷問を仕込んだのは何処のどの人でしたかね?」


 ぽりぽりと桑原が頭を掻いた。かつての一番弟子にこの男はとても弱いのだ。


「さっさと戻れ。報告書が待っているからな」


 それだけ言って桑原は踵を返した。


 桑原とキョンシーの姿を見送り、幸太郎はぐるりと肩を回した。


――肩と手首の回り方がおかしい。どこか痛めてるか?


 ゴリゴリと体の調子を確かめているとあかねがアハハと幸太郎へ笑いかけた。


「それじゃ、病院行こっか」


「ん? ああ、京香の様子を見に行かねえとな」


「違う違う。それもあるけど、まずはコウちゃんを診察しないとね」


「報告書やってからで良いだろ? さっさと書かねえと桑原さんキレちまうよ」


「大丈夫。私が代わりに書いてあげるから。ね?」


 柔和な笑みだが、断らせる気は無いと言う圧がそこにはあった。


 幸太郎もこの幼馴染には弱い。


 降参する様に両手を上げ、右腕が上手く上がらない事実に幸太郎は気付いた。


「了解」


「ん、よろしい。あとでイイコイイコしてあげるね」

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