③ アイアンテディは血に染まり
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ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
血と臓物と歯車と針金が宙を舞う。
二階三階に居たのは非戦闘員だった。四階五階非常口と各々が好き勝手に逃げようとし、結果体を詰まらせ幸太郎達に捕まったのだ。
机や足元には箱詰めされた臓器や眼球や脳味噌が入った幾つものクーラーボックスが転がっている。
「オーホッホッホッホ! フレデリカ様たちのお通りよ! テディの爪を喰らいなさい!」
最も血で体を染めているのはフレデリカのアイアンテディだ。
幸太郎達の一番前、重い鉄の塊が明確な意思を持って柔らかな人間を引き潰す。
オーホッホッホッホ!
オーホッホッホッホ!
オーホッホッホッホ!
子供が持つ無垢な残虐性をそのままに戦闘用データがインストールされたフレデリカの脳はアイアンテディを最適な動きで操つる。
フレデリカのサイコキネシスの射程は僅か一メートル程しかない。だが、その出力はB+、操作性もB-と世界最高峰である。
オーホッホッホッホ!
アイアンテディが爪を振るう。
オーホッホッホッホ!
アイアンテディが牙を突き立てる。
オーホッホッホッホ!
アイアンテディが踏み潰す。
バチャリと飛んで来た肉片――おそらく頬の肉だろう――が幸太郎の肩へ落ちた。
見もせずに叩き落とし、幸太郎が逃げようとしていた男を殴り飛ばし、その首を折った。
「ライデン! 一人も逃すな!」
ビリビリビリビリ!
幸太郎の指示にライデンがPSI、エレクトロキネシスを発動する。大柄な体を存分に生かし、アイアンテディが取り逃がした人間達へ白き稲妻を撃ち落とした。
「くらって!」
パシュ、パシュ、パシュ。ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビ!
幸太郎の左側であかねがトレーシーを放った。
「良いぞあかね!」
「コウちゃんもね!」
最も信頼している相棒と幸太郎は互いを鼓舞する。
「RALJB3D2」
惨劇の殿を務めるのはヤマダとセバスチャンのコンビだ。複数のダイヤルが付いた武骨なゴーグル、ラプラスの瞳を装着したヤマダはセバスチャンへ適切な指示を出す。
蹴り飛ばし、殴り飛ばし、逃走経路を潰し、ヤマダ達は幸太郎、あかね、ライデン、フレデリカの攻撃範囲に敵を誘導する。
幸太郎の拳に容赦は無かった。歯を砕き、首を折り、心臓を破裂させる。スタンナックルの電流付きで放つ鍛え上げた拳は只の非戦闘員を殺すのには十分過ぎるほどの威力を持った。
物の数十秒で二階三階から生きた敵の姿は消えた。
うめき声一つ上げない肉片の山に眼も向けず、アイアンテディを戦闘に幸太郎達は四階へと駆け上がる。
「全員装備や体に異常はあるか?」
「ないよー」
「ありまセン」
「良し」
そして、四階へたどり着いた直後だった。
「フレデリカ!」
「分かってるわ! 全員伏せなさい!」
あかねが何かに気付き、フレデリカの号令に幸太郎達は地面へと伏せた。
直後、
ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
直径二メートル程の火炎が幸太郎達へと放射された!
フレデリカがアイアンテディを操り、幸太郎達の盾と成ってその炎を一身に受ける。
マイケル製のコンタクトレンズがPSI力場を察知する。これはパイロキネシスだ。
フレデリカが高笑いを上げ、アイアンテディが爪を振るう。
炎は掻き消え、その向こうには二組のキョンシー使いが立っていた。
「フレデリカ様にふさわしい相手が現れた様ね!」
ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイイイイィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイン!
「振り回せ!」
パイロキネシストとキョンシー使い、その左側に立っていたキョンシーの蘇生符が輝く。
その瞬間、アイアンテディの体が浮き上がった。
靄の様な力場がアイアンテディを包み込み、その体を持ち上げていたのだ。
「オーホッホッホッホ! フレデリカ様にそんなPSIを向けるなんて不遜も不遜! 大不遜だわ!」
即座に幸太郎は判断する。これはサイコキネシスだ。
アイアンテディはフレデリカのサイコキネシスで包まれている。それはつまり、同系統同士のPSIで起きる干渉を意味していた。
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
サイコキネシス同士の干渉は耳障りな音を立てる。
「フレデリカ様を舐めてるのかしら!」
アイアンテディがもがく様に爪を振るう。それはサイコキネシス同士を捩じり合わせ、そして力任せに引き千切った。
ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
「テディを止めるのには軽過ぎよ!」
拘束を解いた血染めのクマが床を割りながら敵へと突撃する。
「行くぞ!」
アイアンテディの背に隠れ、幸太郎達も走り出した。
「ちっ! 受け止めろ!」
直後、アイアンテディを敵のサイコキネシスが正面から受け止めた。
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
再びの干渉音。出力ならばフレデリカの方が上だ。歩みの速さでアイアンテディはその足を進める。
けれど、敵は一組ではない。
「燃やせ!」
ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
放射された炎がアイアンテディを包む。一歩でもこの影から出れば幸太郎達の体は消し炭に成るだろう。
――炎に耐えられるキョンシーはフレデリカだけ。
位置取りが悪い。これが開けた場所であるのなら、幸太郎はライデンへ命令しながら敵の背後に回り込むだろう。だが、敵は部屋の中央に陣取り、三階から四階への入口近くに幸太郎達は居る。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
何かが焼ける音がした。アイアンテディの中でフレデリカの皮膚と肉が焼けているのだ。
「フレデリカ後どれくらい保つ?」
幸太郎のすぐ後ろ、トレーシーを構えるあかねがフレデリカへと小声で問い掛けた。
「愚問よあかね! フレデリカ様とテディは無限時間だって耐えて見せるわ!」
オーホッホッホッホ!
フレデリカの高笑いが響く。このキョンシーは本当にそう信じているのだろう。音だけでは分からない。だが、すぐ近くのアイアンテディからは人体を焼く独特な臭気が漂っていた。
「コウちゃん、このままだとフレデリカは三十秒も保たないと思う」
「そうか。んじゃ、ライデンと俺で道作るからどうにかしろ」
幸太郎はあかねの言葉を信用する。ならば、それを元にした戦略を立てるだけだ。
「ヤマダ、タイミングを計れ。お前の考えるベストタイミングをだ」
「ラジャーデス」
セバスチャンに抱えられた最後尾のヤマダがいつもの調子で答え、ラプラスの瞳のダイヤルをジジジと回した。




