① 軽口叩き
「入院一週間だってよ」
「PSIをもろにくらってこれなら、運が良かったかもね」
午後三時、おやつの時間。幸太郎はヴァイオレットクリニックの病室にてパイプ椅子に座り、ベッドに寝かされている京香と話していた。
京香の体にはギブスと包帯がされていた。
「肋骨数か所に罅、左腕の骨折、右手首と右足首に捻挫、内臓は無事。まあ、確かに生きてるだけ良かったわな」
菫の診断結果を口にし、ハハハハと幸太郎は笑う。
「あの後どうなったの?」
首だけをこちらに向けて京香が自分が気絶した後のことを問いかける。
「キョンシー使いは確保した。今情報を吐かせてる。夕方までには口を割るんじゃねえか?」
「キョンシーは?」
「全部壊した」
「そ」
ふー、と京香が天井へと息を吐く。
それに対して幸太郎は叱らなければ成らなかった。
「京香、キョンシーが大事なのは分かる。だが――」
「――人間みたいに扱うな、でしょ? 分かってるわよ」
「理解は出来てるだろう。けど、分かってはいないな」
はー、と幸太郎は床へと息を吐く。無自覚の相手に自覚を促すことはとても難しい。
生い立ちによる矯正不可能な物であるのなら尚更だ。
「ま、兎にも角にもだ。お前はしばらくお休み。戦闘ログを見ながらゆっくりと考えな」
「はいはい」
ギギッ。幸太郎はパイプ椅子から立ち上がり、京香の頭をガシガシと撫でた。
「止めて。髪が乱れる」
「怪我人は黙って言うことを聞け。ちゃんと回復しろよ。痛いのは良くねえことだからな」
「別に痛いって訳じゃ……」
「はいはい、怪我人は文句を言わない。んじゃ俺は仕事に戻るぜ。安静にしてろよ」
幸太郎は最後に京香の額をポンポンと叩き、その病室から出て行った。
*
第六課のオフィスには既に京香を除く全員が集合していた。
珍しく幸太郎は閉口し、その理由を第六課の面々は理解していた。
こう言う時、幸太郎へ話しかけるのはあかねの役割だった。
「コウちゃん、京香ちゃんは?」
「怪我はしたけど生きてる。後遺症も残らないって菫は言ってた」
「そっか。良かった良かった」
「あかねの方はどうだ? 情報は吐いたか?」
「うん、完璧。ちゃんと話してくれたよ」
幸太郎の言葉にあかねが机の上に置いていた、コの字型のナイフ、カワソギを持ちヒラヒラと振った。ボロボロのその刃には僅かに血痕が残っている。
幸太郎は部下達を見る。既に全員がテンダーコートを着て、それぞれの装備を持っていた。
清金京香が傷つけられたら、上森幸太郎が何をするのか。彼ら彼女らは良く理解している。
「場所はシカバネ町北西、壁のギリギリにあるビル。規模は百人と五十体くらい。第二課が先行して調査に行ってるよ。日付が変わる前には分かるんじゃないかな?」
トレーシーの銃口をチェックしながらあかねが言った。
「そうか。なら、今から行けば充分に間に合うな」
幸太郎は京香の前では隠し通していた怒りを露にする。
「……あいつらは、俺達の後輩を傷つけた」
「そうだね」
あかねが相槌を打つ。彼女は幸太郎の良き理解者であり、幸太郎が感情を吐き出せる数少ない相手でもあった。
「これは俺の失態だ。わざわざこのシカバネ町で真昼間から京香を襲って来るとは思わなかったんだ。だが、最低でもライデンを護衛に付けるべきだった」
「うん」
「許せねえな。ああ、これは許せることじゃねえとも」
「私達の大事な、大事な後輩だもんね」
「どうして京香が傷付けられる? ああ、大丈夫だ。理由は分かってる。京香がPSIを使えるからだ。世界中のどいつもこいつも、あの体と脳をバラしたくてしょうがねえんだ」
「分かるよ。コウちゃんが言いたいのは倫理の方だもんね」
あかねの言う通りだった。
「筋が通っていない。京香の存在の何が、この世界を侵害している? 何の権利があって京香を傷付けるんだ?」
問いに答えは無い。京香を引き取ったこの五年間。大なり小なりの命の危機が何度も彼女を襲ってきた。その度に幸太郎は今の問いを思い返す。
理不尽な権利の侵害を幸太郎は許せないのだ。
あかねが立ち上がり、近寄って、握り締めていた幸太郎の拳を触った。
拳からはポタポタと血が流れている。強く握り締めた爪が皮膚を突き破ったのだ。
汚れるのも厭わずに、あかねが幸太郎の拳を解き、その手の平を血で染める。
「さ、コウちゃん、第六課に指示を」
あかねの顔はいつもと変わらない。意識して彼女がそういう表情を自分に見せてくれているのだと幸太郎は理解していた。
血だらけの手の平で幸太郎はあかねの手を握る。
既に準備は整っている。
第六課の誰もが幸太郎の号令を待っている。
息を吸い、幸太郎は決定的な号令を最も信頼する仲間達へと告げた。
「さあ、撲滅を始めるぞ」




