⑤ 守り切る
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
砂鉄と鉄球を打ち鳴らし、京香はキョンシーとの鬼ごっこを続ける。敵の体は重く硬く大きい。砂鉄と鉄球は有効打に成らず、マイケル達を抱えては大技も使えない。
「ほんっとにしつこい!」
京香もどうにかマイケルとあおいを安全な場所に下ろしたいのだろう。だが、身体改造を施されたキョンシーとの距離を離せなかった。
ガシャアアアアアアン!
その時、隆一達の方向から破砕音が響いた。
「ハッハァ! ホームランだぜぃ!」
アレックスが金属釘バットで敵キョンシーを文字通り〝潰した〟のだ。
「おぉい隆一! 早くこっちにヘルプヘルプミー!」
「分かってる! こっちは後二体だ!」
見ると隆一がキョンシー相手に取っ組み合いを仕掛けていた。何故第六課の連中はこうもキョンシー相手に前に出ようとするのか。それがマイケルには不可解で面白かった。
「というわけだ京香! 俺達の勝利まで後少しだぜ!」
「はいはい、舌噛むわよ!」
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
クルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクル!
気合を入れ直したのか、京香の砂鉄と鉄球の動きが激しくなった。
向かって来るキョンシーの関節部を狙って体勢を崩し、また距離を取る。その繰り返しだ。
「出力を上げろ! 圧し潰せ!」
だが、敵のキョンシー使いの命令で状況が再び変化する。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
テレキネシス特有の軋むような力場音がマイケル達の頭上で響く。
「おいやべえ! さっきよりも広範囲だ!」
マイケルは冷や汗を流しながら京香へと叫ぶ。先程よりも三倍程度の面積を持つ正方形の力場が生まれていた。
およそ二十メートル先、テレキネシストのキョンシーの眼鼻からは血が噴き出している。PSIの過剰出力を命令したのだ。
「キョンシーは大事にしなさいよ!」
思わずと言った様に京香が何処かズレた悪態を付く。その体は直ちに離脱体制を取っている。だが、先程の大きさの力場相手でもギリギリだったのだ。この広さの力場から逃れられない。
ギイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン!
マイケル達を押し潰さんと頭上の力場が解放される!
「ちっ!」
ヒュヒュン!
京香は右方へ飛び逃げながら、鉄球を二つ、迫り来るテレキネシスへと放った!
テレキネシスは単純な力の塊だ。故に、ありとあらゆる現象に対して干渉できる。それはそのまま逆説的にありとあらゆる現象に対して干渉されるということを意味していた。
ガガッキキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
鉄球が力場と激突し、粉々に砕け散り、正方形状の力場が僅かに傾いて歪む!
地面までの衝突時間が僅かに減少した力場のその隙間へとマイケル達の体が滑り込んだ。
ジジジジジジジジ! 重い所為もあるのか、マイケルの体に巻き付いた砂鉄が地面と擦り合い、火花を散らした。
「あっつッ! 尻が削れちまう!」
「おめでとう痩せるわね!」
京香がマイケルの体を再び浮き上がらせ、敵へと振り向いた。
「まずはあんたから壊してやるわ!」
京香の鉄球は残り二つ。ピストルの形をした右手を京香は眼鼻から血を流したテレキネシストへと向けた。
敵の前衛であったキョンシーはテレキネシスの余波からまだ立ち上がれていない。
「避けろキョンシー!」
キョンシー使いがテレキネシストへと回避を命令する。キョンシー技師たるマイケルには分かる。先程の過剰出力は切り札だったのだ。切り札と言うものは避けられてはならない。
スペックを超えた過剰出力は必ずキョンシーの体へ不具合を起こす。いくら主の命令があろうとも身体機能の制約からは逃げられない。
グルグルグルグル!
京香の右手ピストルを残る鉄球の片割れが周回する。
「てぇ!」
練り上げられた京香のPSI磁場は一気に螺旋軌道を描き、鈍色の鉄球がテレキネシストへと撃ち出された!
時速百五十キロメートル強の鉄の塊は見事にテレキネシストの胸部を捉え、その体を破壊した!
「よっしゃあ流石だぜ京香!」
マイケルは柏手を打つが、京香から笑みの返事は無い。
「殴り殺せ!」
キョンシーが立ち上がり、京香へと攻撃を再開したからだ。
京香の右腕は未だピストルの形。攻撃体勢から体を戻せていない。
「!」
ジャリジャリジャリジャリジャリ!
砂鉄を盾に展開するが、膜は薄い。迫り来るキョンシーの攻撃を防ぐことは不可能だった。
「やばいやばいやばい!」
宙に浮いたマイケルには声を出すことしかできなかった。
けれど、敵のキョンシーの鉄拳が京香へ届かなかった。
「京香! 屈みなさい!」
オーホッホッホッホ!
聞き覚えのあるおしゃまな笑い声が辺りへと響き渡り、
ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
京香とキョンシーの間に、鋼鉄のテディベアが割り込んだ!
そこに居たのは鋼鉄製の巨大なクマのぬいぐるみだ。関節部に伸縮性がある合成ゴムが備え付けられた、高さ二メートル越えのアイアンテディ。
マイケル達は知っている。このテディベアは巨大な着ぐるみだ。そして中にはパイロットが居る。
「「フレデリカ!」」
マイケルと京香が同時に声を上げる。
「プリティクイーン、フレデリカ様が助けに来たわ! さあ、わたしを敬うのよ!」
オーホッホッホッホ!
高笑いが鳴り響き、アイアンテディが躍動した。
鋼鉄の熊はその丸い両腕両脚を使って敵キョンーの突進を真正面から受け止める!
ゴオオオオォォォォオオオオォォォォオオオオォォォォオオオオォォォォン!
鐘を突いた様な音が周囲へと響き、思わずマイケルは耳を押さえた!
「オーホッホッホッホッホ! 何その体当たり? フレデリカ様のテディには軽過ぎるわ!」
この幼女らしく自信に満ち溢れていた声が空洞の鉄塊の中から響いた。
ガッガッガッガッガッガッガッ!
アイアンテディが両腕を振り回し、敵のキョンシーへと打撃を与える。只のグルグルパンチに見えるが、その実態は鉄の塊を高速でぶつけているに等しい。
敵のキョンシーは直ぐに弾き飛ばされた。
直後だった。
「あおい! 京香ちゃん! 無事ね!?」
黒コートの裾を靡かせて、愛用のバイクに跨ったあかねが十字路から飛び出してくる!
その右手には彼女のメインウエポンであるピンク色のテーザー銃、トレーシーが構えられていた!
ギュルルルルルルルルルルン!
アクセルを目一杯回し、あかねの体が加速する。
その進行方向の先にはフレデリカに弾き飛ばされ、今まさに体勢を立て直したキョンシーが居る。
「殴り殺せ!」
敵のキョンシー使いがあかねの殺害を命令し、向かい来る柔らかい肉の体を持った女へ、発達した四肢をそのキョンシーは振り上げた。
「フレデリカ!」
「プリティクイーンフレデリカ様には分かっているわ!」
瞬間、アイアンテディの両腕がパージし、ロケットの様に敵キョンシーへと飛んで行った!
ガガッキキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
アイアンテディの両腕は狂いなく、敵キョンシーの肩を捉え、腕を止めた!
僅かに固まった敵、そこに生まれた僅かな隙、あかねがトレーシーの引き金を引いた!
パシュ!
炭酸ガスとスプリングによって撃ち出されたワイヤー付きの弾丸はキョンシーの胸へとわずかに突き刺さる!
そして、あかねがトレーシーのもう一つの引き金を引いた。
「壊れなさいな!」
ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!
十万ボルトの電流が流れ出し、一瞬にしてそのキョンシーの蘇生符を破壊する!
それと同時だった。マイケル達の背後、すなわち、隆一達が居る場所から、聞き慣れた声が響いた
「ハハハハ! 京香、無事か!?」
「先輩!」
そこではライデンを操りながら幸太郎がキョンシー達をスタンナックルで破壊している光景があった。
第六課のツートップの出現は一瞬にして敵の戦力を瓦解させたのだ。
「生身で戦闘用キョンシーへの突撃! いつ見てもお前らの戦い方はヒヤヒヤするぜ!」
一瞬に敵の戦力は崩壊した。マイケルは命の危機が去ったと知り、ふーッと息を吐いた。
けれど、京香の反応はマイケルと少し違った。幸太郎を見る横顔は悔しそうであり、ギリッと奥歯を噛んでいる様だった。
だからだろう。マイケルは、いや、京香は敵の最後の悪あがきに気付けなかった。
「京香逃げろ!」
真っ先に気付いたのは幸太郎だった。
「くそが、全部ぶっ壊せ!」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
マイケル達の頭上に四度目のテレキネシスが展開された!
「!」
テレキネシストの方へマイケルは首を慌てて向ける。
そこでは男が京香によって破壊されたテレキネシストの首を持ってこちらへと向けていた。
――まだ、破壊されてなかったのか!
あのキョンシーの脳は生きていたのだ!
ギイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン!
テレキネシスが発動し、それに対する、京香の反応が遅れている。先程の様に鉄球を空へと放つが、先程と違い数は一つ。避け切るのは今度こそ不可能だ。
「あおい、マイケル、受け身取ってよ!」
「おいおいおい!?」
「うわわわわわ!?」
そして、前へと飛びながら京香が選んだ行動はあおいとマイケルを守り切ることだった。
グイン! マイケルとあおいの体が京香の砂鉄によって前方へと投げ飛ばされ、力場の有効圏内から離脱する!
だが、京香の体はまだ力場の落下範囲から逃れていなかった。
「京香!」
幸太郎の声が響き、メキメキメキメキ! 力場は京香の体を捉え、地面へと圧し潰す!
「くっ! ああ!」
京香は呻きの声を上げる。だが、一瞬にして挽き肉に成る様なことは無かった。砂鉄と残る鉄球を総動員して体を守っているのだ。
「あかね! 早く壊せ!」
「分かってるよコウちゃん!」
幸太郎の命令に一番、敵テレキネシストの位置に近い場所に居たあかねが対応する。
ほとんどノールックで放たれたトレーシーの電極は見事に眉間を打ち抜き、テレキネシストの蘇生符を、これを抱えるキョンシー使いごと十万ボルトの電流で破壊した!




