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① 人類最強VS人類唯一

 清金京香を後輩として、二度目の春。


「先輩、アタシはそろそろ良いと思うの」


「何の話だ?」


 急にそんなことを言い出した京香へ、幸太郎はそのまま聞き返した。


 ワイシャツに黒コート姿の幸太郎達が居るのはキョンシー犯罪対策局ビル地下一階の訓練室。


 数年前から幸太郎は毎週土曜日の朝にここで京香の戦闘訓練を行っていた。


 今日も今日とて京香を鍛えるか、と、ストレッチをしている時、神妙な顔をした京香が先の言葉を言い出したのだ。


「アタシが第六課に入ってもう一年よね?」


「そうだな」


「自分で言うのもアレなんだけど、結構な活躍をして来たと思うのよアタシは」


「まあ、それは認めてやっても良いわな」


 幸太郎はこの一年を思い返す。確かに京香の活躍は目覚ましい物があった。


 幸太郎率いる第六課はこの一年間、五つの犯罪組織を壊滅させ、三つの誘拐事件を解決し、そして、二つの防衛戦に参加した。


 そのいずれにも京香の活躍は深く関わっている。


「でしょ? だからさ、もうそろそろアタシは見習いじゃなくて良いと思うのよ」


「あ、そういう話?」


「そろそろ、アタシも先輩みたいに前で戦わせて。良いでしょ?」


 京香は真剣な顔をしていた。本気で、彼女は幸太郎達と肩を並べて戦いたいのだろう。


「ダメだ。お前にはまだ戦闘員は早過ぎる。今まで通り見習いの雑用係やっとけ」


 考えるまでも無く、幸太郎は京香の提案を一蹴した。


 ピリッ。京香の雰囲気が張り詰める。


「どうして? アタシは強くなったわ。この一年、何度も戦ったし、何人もキョンシー使いを倒して、何体もキョンシーに勝った。実力は十分な筈よ?」


「ああ、第四課や第五課ならエース張れるな」


「なら何で?」


 やれやれと幸太郎は肩を回す。ストレッチは終わっていた。


――これも贔屓で過保護なんだろうな。


 フー。幸太郎は息を吐く。両手に紫色の手袋型ガジェット、スタンナックルを装備した。


 そして、右腕を引き、半身の体勢と成って京香へと向き直る。


 意識を沈め、視界を広く、幸太郎は言い放つ。


「答えは簡単。お前がまだまだ弱いからさ」


 京香は両手を強く握り締めている。悔しいのだろう。


 数秒の沈黙が訓練室に流れた。空気は張り詰め、爆発するのを待っている。


「……じゃあ、先輩に勝てれば、アタシを認めてくれるのね」


 絞り出す様な言葉が京香の口から漏れる。眼は剣呑であり、息はナイフの様だ。


 幸太郎は構えを解かずにハハハハハと笑う。


「そう言うカッコいい台詞は俺に一度でも勝ってから言いな」


「……シャルロット、砂鉄と鉄球」


「ショウチ」


 京香の言葉に足元へ置かれていた銀色のアタッシュケース、シャルロットが独りでに開き、中でミッチリと詰まった四つの鉄球と砂鉄が空気に晒される。


「やってやるわ」


 その瞬間、京香の両目が淡く白銀に輝いた。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ。


 クルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクル。


 シャルロットに詰められた砂鉄と鉄球が明確な意図を持って浮き上がり、京香の周囲で螺旋の如き周回軌道を描く。


――多少段取りはズレたが、まあ目的通りだな。


 元々、この訓練は清金京香のPSI戦闘訓練だ。


「展開が早くなったじゃねえか。鍛えた甲斐があったぜ」


 鉄球一つを正確に操るのに一年かかった。今の姿は成長の証左であろう。


 正直、第六課でも充分に前線に出れる実力が既に京香にはあった。


 だが、ダメだ。まだ、京香を戦う人間にするべきではない。


 贔屓と過保護を十二分に幸太郎は自覚している。結局は自分のエゴなのだ。


「さあ、来い。今日こそ俺に勝ってみな」




「喰らえ!」


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 クルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクル!


 京香が砂鉄と鉄球を纏って幸太郎へと突撃する。その両足は地面から浮いており、まるでスケートをしているかのような滑らかな動きだ。


「ハハッ!」


 幸太郎は笑う。京香の速度がまた少し速く成っていた。


 人体では不可能な接近。明確に迫ってくる脅威。柔らかい肉の体ではまともに受けてはならない。


 だが、それに対して選んだ幸太郎の選択は〝突撃〟だった。


 ダンッ! 床を割らんばかりに右脚を踏みしめ、黒コートの裾を靡かせて幸太郎の体が一気に京香との距離を詰める。


「ッ!」


 蛮行とも呼べる予想外の行動に京香の砂鉄の動きに一瞬の揺らぎが混ざった。


「ハッハ!」


 その揺らぎへ幸太郎は左手を突っ込んだ。


 京香の砂鉄と鉄球の回転が止まった訳では無い。幸太郎の左肘から左手が砂鉄と鉄球の風へと巻き込まれた!


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 クルクルバシバシクルクルクルクルバシバシバシバシ!


 強烈な衝撃が幸太郎の左腕を襲う。けれど、その骨が砕ける事も、肉が削がれる事も無い。


 幸太郎達が着ている衣服は全てハカモリ特製の〝テンダー〟シリーズだ。超多層構造によって耐衝撃性と耐刃性を有したこれらの装備は捜査官の死亡率低減に一役買っている。


 テンダースーツとテンダーコートは見事に京香の砂鉄と鉄球の衝撃を幸太郎が耐えられるレベルにまで落とした。


「開いたぜ隙間が!」


 左腕によって開いた隙間へ、その向こうの京香へと幸太郎は右の拳を突き出した。


「ちっ!」


 自身の顔面へと伸びて来る幸太郎の京香が舌打ちする。その体が磁力によって急激な制動し、すぐさま後方へ飛んだ。


 これもまた人体では不可能な動きだ。幸太郎の右拳はギリギリで空を切る。


「ハハ!」


 だが、幸太郎は停止しない。


 ダン! ダン! ダン!


 左! 右! 左! 強烈な踏み込みによって幸太郎は加速し、後方へと下がる京香を追う。


 ぴったりと幸太郎は京香へ貼り付き、左右の拳を連続して放っていく。


「くっ!」


 京香は砂鉄を盾の様に前方で固めるが、幸太郎の拳が当たる度にバラバラと砕けていった。


「どうした京香? 防戦一方か! それは悪手だぜ!」


「舐めんな!」


 京香は右手を振り上げ、その上に二つの鉄球を回転させた。


 グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル!


 そして、そのまま回転する二つの鉄球を向かって来る幸太郎へと振り下ろす。


 圧倒的な回転と質量を持った鉄球。頭にぶつかれば即死は免れない。


「苦し紛れだな!」


 けれど、幸太郎は一歩右斜めに踏み込むことでそれらの鉄球を回避する。


 幸太郎と京香の距離が僅かに開いた。


 ガンガン! 鉄球が床へと激突し、それと同時に京香が一気に距離を取った。


 幸太郎と京香の距離が再び開く。


 見もせずに、背後に落ちた二つの鉄球を踵で後方へ蹴り飛ばし、幸太郎は僅かに息を乱した京香を称賛した。


「おお、上手く仕切り直したな。鉄球二つの犠牲で済んだんだから上等だぜ」


「うるっさい」


 キッと京香が幸太郎を睨みつける。今、頭の中では全力で幸太郎に勝つための作戦を考えているのだろう。


――まあ、させねえんだけどな。


 ダン! 幸太郎は踏み込み、一気に京香へと詰め寄る。


「っ!」


 京香が顔を強張らせ、前方に砂鉄の盾を展開する。


「ハハハハハハハハハハハハ!」


 ガッキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 幸太郎の拳が砂鉄の盾と激突した。


 京香にまともな思考時間を与えるつもりは無い。相手はサイキッカー。性能では明確に自分よりも上。手を抜いて良いわけでも、手を抜くつもりも無かった。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 幸太郎の拳が砂鉄の盾を破壊する。展開時間の足りない盾は薄く、幸太郎からすれば膜の様な物だった。


 追撃を放たんと、幸太郎は左拳を構えた。


 しかしその瞬間、幸太郎は気付いた。


 つい一瞬前まで、砂鉄の盾の向こうに居た筈の京香が姿を消していたのだ。


――上か!


 ほとんど無意識に幸太郎は上方へ左のアッパーカットを放った。


 ガッキイイイイイイイイイイイイイイイン!


 幸太郎の左拳が振り下ろされた京香の踵と激突する。


 京香は磁力を使って瞬間的に跳び上がり、幸太郎の脳天を狙った踵落としを放っていたのだ。


 しかし、その必殺の一撃は幸太郎の左拳に事も無げに防がれた。


「はぁ!?」


 攻撃を止められた京香が目を見開いて叫ぶ。何故今の攻撃を止められたのか理解できていないのだ。


 予想外の一撃。必殺のタイミング。幸太郎はこの攻撃を予期しても予想してもいなかった。


 幸太郎が信じたのは自分の直感だ。そういう物を大事にするのが自分の性分だった。


 左拳の衝撃に只でさえ磁力による跳躍で不安定だった京香の体勢が崩れる。この高さで安定して浮けるほど京香のマグネトロキネシスの扱いは上手ではない。


 京香の体は落下を初め、その予測地点では既に幸太郎の右拳が構えられている。


「まだよ!」


 だが、京香がまだ諦めていないと幸太郎には分かっていた。この少女は諦めが悪いのだ。


 京香が両手を突き出し、その前に鉄球二つが浮いている。磁力による射出をするつもりなのだ。


「素晴らしいぜ京香!」


 幸太郎は称賛する。ほとんど詰んだこの状況で勝ち目を諦めないこの姿勢。心構えだけは立派な戦闘員だった。


「行け!」


 京香の二つの鉄球が放たれる。一つは幸太郎の頭に、もう一つは胴体を狙って。


「当たらねえよ!」


 けれども、苦し紛れで放った攻撃は当たらない。


 最小限のステップを踏み、幸太郎は鉄球を薄皮一枚の差で避けた。


「何でよ!?」


 理不尽さを目の当たりにした様に京香は最後の悪態を付く。


 そして、幸太郎の右拳が京香の腹へと突き刺さった。


 その瞬間、その手に着けていた紫色の手袋、スタンナックルが起動する。


「痺れな!」


 ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!


 スタンナックルはその表皮に数百マイクロメートルサイズの超強力強靭の圧電素子繊維が織り込まれている。ある一定以上の瞬間的に圧力が加わった瞬間、そのエネルギーを電撃へと変換するガジェットだ。


 ビクンと京香が震わせ、ダランとその体から力を失わせる。スタンナックルから発せられた紫電が意識を一瞬で刈り取ったのだ。


 すぐさま、幸太郎は右腕から力を抜き、落下する京香の体を受け止めた。


 自分の腕の中で京香がぐったりとしている。呼吸音は正常で、拳の感触からしても骨や内蔵に異常は無いだろう。


 だが、数日は痣が残るのは間違いなかった。


「少し、やり過ぎたな」


 しまった、と、幸太郎は自省する。自分がしたいのはあくまで京香への護身を教えることであり、守るべき少女へ傷を付けることでは無い。


「一応病院行っとくか」


 京香をこうして気絶させるのは久しぶりだった。手応えからして大丈夫だとは思うが、少量の不安が幸太郎の胸から溢れてくる。


――過保護、だわなぁ。


 やれやれ、と、幸太郎は息を吐き、京香を抱えて訓練室を後にした。

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