キョンシーの人格
シュワシュワ。注ぎ直したビールを飲み、恭介は手元の、先代の第六課主任、すなわち、霊幻の生前である上森幸太郎が死ぬまでの顛末をまとめた報告書を読んでいた。
恭介は清金京香が今の自分の様に第六課の新人に成った頃までの報告書を読み、一度そこで指と眼を止めた。
「……清金先輩は初めの頃、そんな感じだったんですか」
「ああ! 吾輩の相棒は昔はもっと騒がしいやつだったぞ! まあ、あのクラッカーはやり過ぎたと思っているがな!」
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
机の上に置かれた霊幻の笑い声が第六課のオフィスに響く。
報告書自体に当時の清金の口調等が書かれているわけではない。だが、霊幻、ヤマダ、セバスチャン、マイケルの当時を知るメンバーから補足される情報は、恭介に当時の第六課の空気を思い起こさせるのには充分だった。
報告書に書かれてあったのは、恭介が知っている様で全く知らない第六課の在りし日の姿。不知火あかね、フレデリカ、土屋隆一、トオル、アレックス、知らない名の人間とキョンシーが幾つも見られた。
その中で、霊幻の、いや、上森幸太郎の名前が酷く目立つ。
第六課の先代主任、そして今の霊幻の素体と成った男。第六課の人員から強固な信頼を勝ち取った稀有な青年。
「……霊幻も今と随分違った性格だったんだな」
清金だけではない。報告書の中、そして、今口頭で教えられた上森幸太郎の口調や振る舞いは今の霊幻とはとても違った物だった。
「ハッハッハ! お前にはそう感じるのか!」
霊幻は大笑いする。首から下が簡易部品でスケルトン状に組まれただけでなければ、手を叩いていた事だろう。
「何かおかしい? この報告書の中で上森幸太郎はとても穏やかで物分かりが良い人だよ。少なくとも霊幻に比べればよっぽどね」
だが、その恭介の反論まがいの言葉に、ヤマダとマイケルが連続して言及する。
「いえ、キョウスケ、コウタロウの物分かりの悪さは筋金入りでしタ。あれ程までに頑固なバカをワタシは知りまセン」
「だなー。幸太郎は何って言うか超我儘だったぜ? いやもう、自分がしたいことしかしないの極致だったなあれは。ぱっと見、外面が良いから騙されるんだ」
やいのやいの。しばし、マイケルとヤマダが思い出話に花を咲かせる。
それらは一分も続かずに収まり、すぐに恭介へと視線が戻った。
「恭介、これは良く覚えておくべきことだ。吾輩達キョンシーの人格は、必ず元と成った素体の影響を受ける。今、お前に見えている吾輩の姿はそのまま上森幸太郎の何かを表しているのだ」
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
笑い声を聞き流す様に恭介はビールを喉に通す。アルコールは脳に回り、フワフワとした浮遊感が生まれつつあった。
ペラ。
恭介は報告書を捲る。どうやら、次の章に入った様だ。
報告書の日付を確認し、恭介は片眉を上げた。
「一年後?」
最初の章は四年前、清金京香が第六課に見習いとして加入した事が記されている。だが、次の章の日付はその一年後の五月だった。
「おお、その章に入ったのか。そうだ、京香が第六課の新人と成り、上森幸太郎の部下と成り、一年が過ぎたのだ。この一年間に色々な戦いがあったのだが、その報告書では割愛してある。必要のない情報だからな」
「それじゃ、この一年後って所からが重要なんだね?」
「そうだ! ああ、そうなのだ! 上森幸太郎が吾輩と成るまでの道筋が出来たのはこの時からだ」
シュワシュワ。ビールを飲みながら恭介は文字へと眼を落していく。
恭介の視線に呼応するように、霊幻が情報を補足し始めた。
「その章は、京香が上森幸太郎へ自分を前線で戦わせろと要求するところから始まる。もしもこの時、上森幸太郎がもっと上手に京香へ話せていたのなら、高い確率で上森幸太郎は死んでいなかっただろう」
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!




