④ パトロールは高い所から
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ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
強烈で不快なアラーム音がスマートフォンから鳴ったのは、幸太郎達がファストフード店を出て、しばらくの時間が経ち、そろそろ昼食でも取ろうかという話をしていた時だった。
「っと、タイミングが悪いな」
「……」
京香の顔が強張った。このアラームが意味する事はハカモリからの仕事の報せである。
「もしもし、上森だ。何があった?」
『違法素体回収が発生。速やかに実行犯を捕縛、そして、素体を回収してください』
第一課のオペレータの声が聞こえる。違法素体回収、つまり素体狩りが発生したのだ。
「オーケー。場所は俺達の近くなんだろ?」
今、幸太郎達は北区の歓楽街を歩いていた。ここは最も素体狩りが頻発する地区でもある。
ワイワイガヤガヤ。
ワイワイガヤガヤ。
ワイワイガヤガヤ。
平日だと言うのに歓楽街の人の往来は激しい。この雑踏の中で素体狩りを見付けるのは困難だった。
『素体狩り発生地点の座標は分かっています。実行犯の捜索もしてください』
「了解。人使いが荒いな」
ピッ。
スマートフォンの通話を打ち切り、送られてきた座標データを見ながら幸太郎はライデンへと命令した。
「ライデン。京香を抱えろ」
「え? ……きゃ!」
京香の返事を待たず、ライデンがその胴を左腕で抱える。
そして、幸太郎は成れた調子で、ライデンの首へ左腕を掛け、その巨躯へぶら下がった。
「ライデン、高い所まで跳べ。上から敵を探すぞ」
グイン!
幸太郎の命令に即座にライデンは従った。
「はいはい皆さんどいてくださいねー! 第六課のお通りですからねー!」
声を出し、住民達をどけて、ライデンはその巨躯を人間には不可能な速度で走らせる。
数度のジャンプ、数度のカーブ。ライデンが到達したのは五階建てのビルの屋上だった。
総合アミューズメント施設、有楽天がすぐ近くに見える。
ライデンの首から左腕を外し、幸太郎はビルの縁に立った。
眼下では住民達が縦横無尽に歩き回り、タイルの様に色とりどりの乗用車が走り回っていた。
「ちょっとどうやって探す気なの?」
ライデンに抱えられたまま京香が幸太郎へと問い掛ける。
「ん? 見ての通りだよ。パトロールは高い場所からってな。ここから不審な動きしている奴を探すのさ」
「ここから? 分かるの?」
「半々って所だな。京香、お前も探せ」
質問に答えながら、幸太郎は眼下を見下ろす。
――さーて、見つかるか?
期待を幸太郎はしていなかった。送られてきた座標データは確かにこの一帯を指している。けれど、仮に有楽天の反対側を逃げていたのならこの位置から見つかるはずが無かった。
――素体狩りはついさっき発生した。被害は中高年男性。仕事の打ち合わせで訪れた有楽天にて急に姿を消したとの情報あり。監視カメラが薬で眠らされる男性とそれを運ぶ複数人のパーカー姿の人影を捉えている。
つい五分前の事だ。わざわざ監視カメラがある様な場所で素体狩りを起こしたのだ。速やかに簒奪者共はここから去ろうとするだろう。
――となると、逃げる方法は徒歩か車の二択。
絞れるのはそこまでだ。後は見つけられるか、見つけられないか、それだけである。
幸太郎は眼を凝らす。探すのは違和感。何か、何かおかしな動きをしている人や車は無いだろうか。
見る、見る、見る。
そして、幸太郎は一つの黒いボックスカーに眼を付けた。
丁度有楽天から出てきた車だ。動きはやや粗いが、北区の速度制限をちゃんと守り、他の車の流れに乗っている。
一見しておかしな所は無い。
けれど、幸太郎は違和感を覚えた。
数秒、幸太郎はそのボックスカーを見つめる。
すると、一度、そのボックスカーが石にでも乗り上げた様に僅かに左右に揺れた。
幸太郎はライデンの首に再び左腕を掛けてぶら下がる。
「ライデン、あの黒いボックスカーだ。あれの上に着地しろ。壊して構わない」
「ちょ!?」
グン! グングングン!
ライデンの体が強烈に加速した。腿を振り上げ、ビルの外壁や屋上の床を破壊しながら、ビルとビルを跳び越えて、シカバネ町の晴天を駆けていく。
あっと言う間にライデンの体が眼下の黒いボックスカーを捉えた。
次に起こるライデンのアクションは自明だ。幸太郎は既に命令していたのだから。
「京香、舌噛むなよ!」
「え――」
京香の疑問の言葉の前にライデンは屋上から速度はそのままに飛び降りた!
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
幸太郎は笑い、京香は悲鳴を上げる。
重力加速度に従って、墜落は速度を増していき、背筋が粟立つ様な落下の感覚が幸太郎を襲った。
演算通りの落下起動を描き、僅か二秒か三秒の時間でライデンは幸太郎の指定したボックスカーへと着弾した!
ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
屋根が〝く〟の字に曲がり、衝撃でボックスカーの車輪が浮き上がる。
すぐさま車両は横転し、グルグルと回転して停止した。
運転席側を上にして横転したボックスカーの前にライデンは着地する。
幸太郎はライデンから腕を離し、地面へと降りる。そして、懐からハンドガンと紫色の手袋、スタンナックルを取り出した。
着地の衝撃はほとんど来ていない。ライデンが上手く衝撃を逃したのだ。
幸太郎は未だライデンの左腕に抱えられたままの京香へ声を掛ける。
「京香、大丈夫か?」
「いきなり落ちないでよ! びっくりするわ!」
「良し、大丈夫だな。お前は下がってろ、今日のお前は見学だ」
幸太郎は両手にスタンナックルを装着し、左手にハンドガンを持って、運転席側のドアを開いた。
「……当たりか」
そこには幸太郎の予想通り、素体狩りの実行犯達の姿があった。
エアバックが起動したおかげか、運転席の男と助手席の女は生きている。
また、シートベルトが上手い事作動したのだろう。後部座席の男は生きていた。
この車両の中で死者はたった一人。もう一方の後部座席にて座らされた、中高年の男だけだ。
スマートフォンに送られていた被害男性からはダランと力が抜けている。座席位置が良かったのか凹んだ屋根の被害も受けていない。
けれど、何百、下手したら千を超える死体を見てきた幸太郎には一目で分かった。
この中高年は死んでいる。おそらく、薬剤か何かを投与されたのだ。
「……ん、何が、起きた?」
その時、運転席の男が眼を覚ました様だ。
スチャ。幸太郎は左手のハンドガンを運転席の男の眉間に当てた。
「キョンシー犯罪対策局第六課だ。素体狩りの実行犯としてお前らを拘束する」
ヒュ。男が息を呑んだ。そして、ゆっくりと自分に抵抗の意思は無いと示す様に両手を上げる。
「と、投降する。殺さないでくれ」
――どの口がほざくのかね。
幸太郎は思ったが、それを口には出さなかった。




