② 顔見知りへ自己紹介を
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午前八時半。
黒コートを着た幸太郎と京香、そしてライデンはキョンシー犯罪対策局ビルの六階、第六課のオフィス前のドアに立っていた。
――緊張しているな。
幸太郎は左隣に立つ京香の表情を見る。その顔には僅かに強張っていた。
そもそもこの少女はあまりコミュニケーションが得意では無いのだ。顔見知りの相手とは言え、関係性の変化が恐いのだろう。
わざと明るく軽めの口調を出しながら、幸太郎は京香の肩を軽く叩いた。
「さ、京香、自己紹介の準備はできてるか? ほら、深呼吸深呼吸」
「ま、一応考えてはあるわよ」
スー、フー。京香が一度深く深呼吸をする。顔の強張りはまだ残っているが、少しは緊張が取れた様だ。
「良し、んじゃ、開けるぞ」
「うん」
幸太郎はドアを開き、ピョンと右へジャンプした。
「え?」
突然の動きに京香がまぬけな声を出す。その姿に幸太郎は笑みを隠せなかった。
京香はまだ気付いていない。開け放たれたドアの向こう、そこでは第六課のメンバーが特大のクラッカーを向けて整列しているのだ。
「ファイア!」
幸太郎の号令と共に、クラッカーが鳴らされる!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
八つの爆音が鳴り響き、飛び出た飾りが京香の腹へと直撃する。
「グハァ!」
とても乙女が出すような物ではない声を上げげて、京香は綺麗に後方へと引っくり返った。
「思ったより威力あるな!?」
量産品恐るべし。クラッカーの威力に感動しながら、幸太郎は、頭から引っくり返りクラッカーの飾りが絡み付いた京香へと、笑いながら右手を差し出した。
「おーい、京香、大丈夫か?」
「何これ!? 何されたのアタシ今!?」
幸太郎は京香の右手を持って、よっと立ち上がらせる。
「一番ヤバいクラッカーってのを買って来たんだが、想像以上だったな。おいおい、髪に銀紙金紙貼り付いてんぞ?」
「誰の所為よ!? ぶっ潰すわよ!?」
ベシ! 頭に付いた銀紙や金紙を取ろうとする幸太郎の手が弾かれ、京香がパッパと体中に絡み付いたクラッカーの飾りをはたいて落としていく。
「ごめんね、京香ちゃん。ちょっとやり過ぎちゃったね」
アハハ。オフィスの中から真紅に髪を染めた、京香よりも頭半分背の高い女が笑いながら近寄る。
この紅髪の女は不知火 あかね。第六課の副主任であり、幸太郎の右腕的存在である。
パタパタ。背中をはたくあかねの手に身を委ねながら、京香はぐちぐちと文句を言っている。
「あかねさんまで悪乗りしてどうすんのよ? ああ、もう、髪の中にも飾りが入ってるし!」
「いや~、面目ない面目ない。新人が入って来たのはヤマダちゃんぶりだったから嬉しくて。ね、ほら、コウちゃんもちゃんと謝って」
「すまんすまん。京香、機嫌を直してくれって。折角の社会人一日目なんだから笑顔でスマーイル。可愛く明るく笑おうぜ!」
「この場でアンタ……先輩を病院送りにするわよ?」
――おお、ちゃんと言い直してる。偉いな。
律儀に〝先輩〟と言い直した京香へ感心しながら幸太郎はハッハッハと笑った。
体中に付着した飾りも一通り取り終わり、幸太郎は京香を連れて改めて第六課のオフィスへと脚を踏み入れた。
第六課には幸太郎と京香の他に、あかねを含めた人間四人とキョンシー四体が居て、それぞれがオフィス入口の近くで京香を見つめている。
幸太郎は一度京香から離れ、整列する部下達の前に立ち、そして京香へと向き直る。
「んじゃ、改めてってわけでもねえけど、自己紹介するか。第六課に来たのが新しい順で良いよな?」
幸太郎は金髪を一房に纏めたメイド服姿の少女と老紳士のキョンシーへと眼を向けた。彼女達は先の一戦で幸太郎がスカウトした凄腕のキョンシー使いとそのキョンシーである。
「ヤマダでス。主に情報収拾を担当してマス。キョウカ、これからよろしくお願いしマス」
「お嬢様のキョンシー、セバスチャンでございます。主に給仕を担当しております。お好きな茶菓子などがあれば是非お知らせください」
メイドと老紳士が頭を下げ、次に手を上げたのは最近やや太り気味のツルツル頭の男だった。
「第六課専属のキョンシー技師、マイケル・クロムウェルだ。知ってると思うけど、普段は研究棟に篭ってるぜ。今度またお前の脳波を測定させてくれ」
世界最高位のキョンシー技師であるマイケル。彼の自己紹介に続いたのは、プロレスラーの様に筋骨隆々な中年男性とその両脇に居る大小二体のキョンシーだった。
「土屋 隆一。諜報と戦闘が担当だ。ま、怪我無くやっていこうや」
「トオル、隆一のキョンシー。諜報担当。よろしく」
「同じく隆一のキョンシー、アレックスだ! 戦闘担当! 身体改造の度合いならだれにも負けねえ! よろしくな!」
土屋はキョンシー犯罪対策局の戦闘術の基礎を作り上げた男で、幸太郎もかつてはしごかれた相手だ。
幸太郎は隣に立つあかねへ目を向け、あかねとその前に立つ空色髪をした幼女のキョンシーが続いた。
「不知火 あかね。第六課の副主任。いつもコウちゃんには迷惑かけられてます。担当は一応みんなのサポートって事に成るのかな? 京香ちゃん、これから一緒に無理せず頑張ろうね」
「世界最高のプリティーキョンシー、フレデリカよ! さあ、京香、わたしを敬いなさい! そして、お菓子を献上するのよ!」
オーホッホッホッホ! 高笑いするフレデリカの頭をあかねが撫でる。可愛らしいやり取りをしているが、彼女達は幸太郎に次ぐキョンシー使いである。
そして、最後に幸太郎が京香へと眼を向ける。京香が次、アタシ? と眼で聞き、幸太郎がよろしく、と眼で合図をした。
「清金 京香。色々と分からない事が多いけど、覚えていきます。第六課での担当は――」
「――まだ見習いだな」
「見習いらしいです。よろしくお願いします」
ペコリ。スーツでの動きにまだ慣れていないのだろう。何処かぎこちなく、頭を下げた京香にハッハッハと幸太郎は笑った。
不自然な動作。緊張がにじみ出ている。幸太郎が社会人に成ったばかりの頃もこうだったかもしれない。
――んじゃ、俺の番だな。
「第六課主任、上森 幸太郎だ。趣味は知ってると思うが、ゲームだ。戦闘担当。で、俺の横に居るのはライデンだ。困ったことがあればとりあえず報告してくれ」
――こんなもんか。
バッと幸太郎は手を広げ、そして右手を今日から仲間に成る新人の少女へと伸ばした。
「んじゃ、第六課へようこそ!」
ハッハッハッハッハッハッハッハ!
今この時より、庇護の対象であった少女と、共に戦っていくことになる。
幸太郎は笑いながら、これからの日々を思った。




