⑤ 聖夜の報告書
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コンコンコンコン。
第六課のオフィスドアがノックされたのは、クリスマスパーティーが始まって約一時間経った頃だった。
――? 今日は来客の予定なんて無かったはず。
恭介はビールが入った紙コップを持ったまま首を傾げた。その顔は僅かに赤らんでおり、恭介は自分が酔い始めている事を自覚していた。
「はーい、どなたでしょうかー?」
返事をしながらビールを置いて立ち上がり、恭介はオフィスドアを開けた。
扉の向こう、そこには白鞘の大太刀を左腰に吊るしたメイド服のキョンシー、ヨダカが直立していた。
ヨダカの右手にはリボンが巻かれたプレゼントボックスが持たれている。
「お久しぶりでございます、恭介様。我が主、スズメ様よりクリスマスプレゼントを持って参りました」
「はぁ?」
自分が知らないだけで、葉隠スズメが第六課にクリスマスプレゼントを送る習慣があるのだろうか?
首を傾げながら恭介はヨダカを部屋に通した。
「おお! 来たか来たか! 座るが良いヨダカ! そして七面鳥を食べるのだ!」
「ありがとうございます霊幻様。申し訳ありません。ワタクシはスズメ様の護衛に戻らなければ成りませんので。それでは、皆様良い聖夜を」
ストスト。重さを感じさせない動きでヨダカは背を向けて歩き出した。
意図がいまいち分からないまま、ヨダカが去ったオフィスドアを閉じて恭介は再び座り、ビールを一口飲んだ。
――苦いな。
ビールは温くなり始めていた。
「ヨダカ、ちゃんと持ってきたようデスネ?」
「ハッハ! 懐かしいなおい! 何年ぶりだろうな!」
「三、いやもう四年前デスカ」
恭介、そしてホムラとココミを除いた全員の視線が七面鳥の横に置かれたヨダカのプレゼントボックスに注がれる。
――只のプレゼントじゃ無さそうだ。
グビッ。ビールを煽り、恭介はフレームレス眼鏡を整えた。
ハハハハハハハハハハハハハハ!
突然霊幻が大きく笑い出した。
このキョンシーが笑うのはいつもの事であるが、大きく声を出して笑うのは何かアクションを起こす時であると、恭介は最近分かり始めた。
「恭介! その箱を開けるのだ!」
――ええー、開けたくない。
恭介には確信があった。わざわざ霊幻が開けと言った箱。中身は碌な物ではあるまい。
けれど、恭介は今この場で最も下っ端であり、プレゼントボックスを開くという単純な作業を断る理由は特に無かった。
グビ。ビールを更に一口煽り、恭介は立ち上がってプレゼントボックスを開ける。
「……書類?」
箱の中には数十枚程度のA4サイズの書類の束が入っていた。
恭介はちゃんと眼を合わせ、その書類の束が何であるのかを認識する。
一番上の書類にはおそらく題目であろう文章が書かれていた。
「……霊幻作成に関する顛末?」
下部に書かれている日付は大体今から四年前だ。
変な題目だった。だから、恭介は素直にそれを口にする。
「何ですかこれ?」
「ハハハハハハ! 確かにそうだな! これだけの情報でお前に何かを察せというのも無理な話だ!」
霊幻は笑っている。スケルトンな上半身がギシギシと音を鳴らした。
狂笑が部屋を彩り、紅茶を置いたヤマダが恭介へと目を向けた。
「キョウスケ、それにはワタシ達の過去が、何故、キョウカがあのように成ってしまったのかが書かれていマス」
「……はい?」
聞き返した恭介へ返事をしたのは七面鳥の足を持ったマイケルだった。
「それを読めば俺達の過去が分かるってことだよ! どうだ恭介、知りたいか?」
書類の束を机に置いて恭介は座り直す。
トクトクトク、シュワシュワシュワ。
ほとんど無意識に紙コップにビールを補充していた。
アルコールが体を回り、頬が熱を持っている。
――酔ってるな。
酔いが本格的に回って来ている。恭介は酔うと口を滑らしてしまうタイプだった。
「まあ、気に成ってはいますよ」
そう言って恭介は眼前の調査書とやらを見る。
題目からして、この書類には霊幻かどのようにして製作されたのかが書かれているのだろう。
そして、ヤマダとマイケル曰く、ここには第六課と清金京香の過去が記されているらしい。
確かにここ数日、恭介は清金と第六課の事を知りたいと思っていた。だが同時に、知ってしまえば後戻りはできなくなるとも分かっていた。
幸いにして恭介の立場でその過去を調べる方法は無く、故に頭から無視できていた。
けれども、今、木下恭介の眼前には知るため手段が提示されている。
「……」
恭介は沈黙する。アルコールに浮かされた頭では上手く思考できない。
「その調査書の細かいところは吾輩達が補足しよう。心配するな。その量であれば夜明けまでには読み終わる」
そう言う自覚は無いのだろうが、霊幻の言葉は追い討ちだった。
――理由も手段も言い訳も、全部あるのか。
恭介は困ってしまった。断れる状況であっても断る理由が見付からない。
「さあ、どうする恭介?」
ハハハハハハハハハハハハハハ!
霊幻の笑い声が恭介の頭の中で反響する。
アルコールを飲むべきでは無かった。素面ならば、何か上手い言い訳が思い付いたかもしれない。
降参するように恭介は手を上げて、そして机上の調査書を取った。
「分かりました。それじゃあ、読ませてもらいます」
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
「素晴らしい! 何でも吾輩達に聞くが良い! 知っている範囲、答えられる情報、その時に何があったのかの仮説さえも全てを教えよう!」
高らかな霊幻の狂笑に恭介は片眉を上げる。
どうやら、この聖夜のパーティーはこのためにわざわざセッティングされた物の様だ。
――お膳立ては充分か。
恭介はペラリと霊幻作成に関する顛末の調査書を捲った。
文字と表と写真が貼られたページが目に付く。大学の卒業論文を思わせた。
調査書はこういう一文から始まっていた。
この調査書は第六課初代主任である上森 幸太郎が死亡し、キョンシー(注:個体名、霊幻)へと作成されるまでの顛末を纏めた物である。
第三部完結です。
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