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④ 蓮の華が沈む日




***




 夕日の中、一つの軽自動車がシカバネ町から二十キロほど離れた場所を走っていた。


「クソ! クソクソクソクソクソがっ!」


 荒く染めた金髪が生えた頭をガシガシと犬慈は左手で掻き毟る。右手は途中で調達した逃走車のハンドルに握られていた。


「犬慈、まずは本部へ戻るのよ! 絶対に絶対に許さない! 先生を取り返してやる!」


 助手席の猿寿が右腕を押さえながら犬慈へと言う。第四課の関口との戦闘の際、猿寿の腕は捩じられて折れたのだ。後部座席にはギリギリで全壊を免れた犬慈のキョンシーが寝かされている。


「当たり前だろが! くそ、あいつら裏切りやがった! 最初から俺達は囮だったんだ!」


 左手の指を頭の穴に入れる。グジュ、グジュ。車内に水音が鳴った。


 本来の打ち合わせならば、クロガネ達が犬慈達を回収してシカバネ町から逃亡する筈だった。


 だが、雉里を残して関口から逃げている時、犬慈と猿寿は目撃する。


 アネモイというエアロキネシストの風に乗ったクロガネ達一団がシカバネ町から飛び去って行くのを。


 そして、その風には二つの塊が浮かんでいた。塊の主は大角と桃島。ぐったりと四肢を投げたした二人が連れ去られて行ったのだ。


 風に乗る一団に犬慈達を探す素振りは見られなかった。初めから犬慈達を囮にして逃げるつもりだったのは明白だった。


 そして、逃亡中に犬慈と猿寿は知る。木下恭介との約束によりシカバネ町の外に出した同胞達は皆殺され、奇怪なオブジェにされたのだ。


 誰がやったのかは明白だ。


 犬慈は裏切りという行為を最も嫌って、そして憎んでいた。


「この落とし前は絶対に付けさせる! ぶっ殺してやる!」


 自分の名前の由来になった鋭い犬歯を剥き出しにして犬慈はアクセルを踏み締める。


 向かうは穿頭教の本部。そこには残った穿頭教の精鋭部隊が居る。彼らとキョンシーを率いてクロガネ達を追うのだ。


 犬慈は、そしても猿寿もクロガネ達が何処に逃げたのかを知っている訳ではない。だが、全国、世界に散らばった穿頭教を総動員すれば見つけられない筈が無いと信じていた。


「俺達には家族が居る! 仲間が居る! 全員で報復だ! 皆で先生を取り返すんだ! 大角にも報復をしてやる! あいつには償わせなきゃいけねえ罪が山ほどあるんだ!」


 犬慈は宣言する。必ずや落とし前は付けさせる。何があっても桃島を取り返す。そう心に決めたのだ。


 けれど、桃島と大角がもう死んでいることを犬慈と猿寿は知らなかった。


 そして、二人はまだ知らず、そしてすぐに知ることに成る悲劇があった。




 そろそろ日付を回ろうかと言う時間。


 犬慈と猿寿が異変に気付いたのは、穿頭教の本部が見えて来てすぐだった。


 人里離れた山奥に建てられた穿頭教の本殿とも呼べる巨大な施設には普段から見張りが数人立っている。


 その見張りの姿が一つも無かったのだ。


 本部の明かりは付いている。それなのに人の気配が全くしなかった。


「犬慈、ねえ、何かおかしいよ」


「分かってる。黙ってろ」


 停車し、後部座席のキョンシーを起こし、犬慈と猿寿は本部の中に入っていく。


 外と同様に普段ならば慌ただしく居るはずの教徒達の姿が無かった。


 音がしなかった。犬慈と猿寿、そして連れて来たキョンシー以外の足音が存在しない静寂が穿頭教の本部を包み込んでいた。


 だが、匂いは沈黙していなかった。


「犬慈、この匂いって」


「ああ、……血だな」


 濃密な血の匂いが施設に充満している。犬慈は鼻が良い。この死の匂いが何処から来ているのかすぐに検討が付いた。


「本殿だ。本殿から匂いが来てるぞ」


 穿頭教の本殿には教祖を初めとした最上級教徒達が居るはずだった。


 進みたくない。進むべきではない。そう犬慈の直感は告げている。隣の猿寿も顔を強張らせ、足取りは重かった。


 けれど、歩き慣れた道だ。すぐに犬慈と猿寿は本殿の扉の前に到達する。


 ムワッとした味さえも感じられる濃密な血の匂いが扉から漏れ出ている。


「開けるぞ」


 猿寿の返事を待たず、犬慈は本田の扉を開けた。




 そこにあったのは死体の見本市だった。




 切られた死体があった。


 貫かれた死体があった。


 潰された死体があった。


 焼かれた死体があった。


 溶かされた死体があった。


 赤、黒、ピンクが本殿の至るところをマーブルに染め上げていた。


 どれ一つとしてまともな形を保った死体は無い。


「何これ? ねえ、犬慈! 何これ何これ何これ何これ!? 何でみんな死んでるの!? 教祖様は何で潰されてるの!? ねえ、何で何で何で!? 何でみんな死んでるのよ!?」


 猿寿が頬に爪を立てて狼狽する横で、犬慈は眼を見開きながらある事実に行き当たった。


「……リトルロータスは?」


 自分達が過去に過ごし、未来の同胞たる子供達が生活していたあの施設はどうなってしまった?


 リトルロータスはここから徒歩で十五分ほど離れた場所にある。


 犬慈と猿寿は走り出した。


 走る。走る。走る。木々の中を超えた向こう。過ごしてきた揺り籠が見えた。


 もう夜遅い。いつもなら子供達は全員寝ているはずだ。


 けれど、リトルロータスの明かりは点いたまま。子供達の居住スペースも同じだった。


 犬慈と猿寿は中央の大扉を体当たりする様に開け放った。


「――――ああ」


 そして、犬慈と猿寿は発見した。


 子供達は〝一つ〟に成っていた。


 形は巨大な肉団子に似ている。乾き始めた血液のカーペットの上で肩から下がぐちゃぐちゃにされ、骨と内臓が絡み合った肉団子で、無事な頭がまるで蓮の華の様にこの肉団子から生えていた。


 奇しくもそれはシカバネ町で同胞達がされたのと同じフォルムの肉団子だった。


「みん、な」


 トスンと猿寿はへたり込んだ。


 リトルロータスには今二十四人の子供達が居た。肉団子に生えた頭の数も同じだった。


 犬慈は理解する。


 穿頭教は壊滅させられたのだ。


「……殺して、やる」


 牙が唇を突き破り、血の味が犬慈の舌に落ちた。

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