③ プロジェクト・エンバルディア
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その映像の中央には老人が立っていた。もじゃもじゃとした髭を携えた白髪の老人だ。
高原 一彦だ。ホムラとココミを作り出し、目下対策局が捜索中のキョンシー学者。
高原の背後には青々とした海と青白色の空が広がっている。この白衣を着た老人は甲板に立っているのだ。
立っていたのは高原だけでは無かった。高原を囲う様にして数人と数体の黒スーツを着た人間とキョンシーが居た。画面右端には喪服姿の黒衣のキョンシーのクロガネと白いワンピースを着た白髪のキョンシーのシロガネが立っている。そして、反対の左端にはフランスのモルグ島からの逃亡者、セリアとアネモイがフワフワと浮いていた。
ヒラヒラと黒スーツの中に居た坂口がこちらへと手を振っている。
数拍の間を置いて、高原が口を開いた。
『プレゼントは気に入って貰えただろうか? 片方は我々が開発した超小型分散蘇生符、ナノチップ蘇生符付きの頭部だ。是非、君たちのキョンシー開発に有効活用してくれたまえ。ああ、もう片方の首については只のゴミだ。手間をかけるが、そちらで処分して欲しい』
まるでスイカでも送ったから食べてくれとでも言う様に高原は大角と桃島の首について言及する。声には善意と親愛が覗かれた。
『……さて、このビデオメッセージを君達に送った理由について説明しよう』
タン、高原が前に足を踏み出した。年齢を感じさせないハッキリとした足音が甲板に響く。
『これは君達への、我々の計画において最も障害と成るであろう、キョンシー犯罪対策局への宣戦布告なのだ』
高原の宣言に背後に居た黒スーツの人間とキョンシー達がワッと手を上げた。その動きに乱れは無く、事前に準備をしていた事が伺えた。
『かつて、キョンシーは〝祈り〟だった』
髭を触り、高原が語る。
『キョンシーと言う技術には人類社会を豊かにしようという祈りが込められている。キョンシーの恩恵を享受していない人間は今のこの世には何処にもいない。もしも、明日全てのキョンシーが活動を停止したら経済、健康、生活への被害は想像も付かないだろう』
そこで高原は後ろを向き、自分を見つめる黒スーツの一団へ顔を向け、すぐにカメラへと戻した。
『そんなキョンシー社会へ我々は提案しよう。そろそろ、この祈りを人類は次の段階へ変えるべきなのではないだろうか?』
気軽で気さくな提案だった。高原の顔はちょっとしたアイディアを提案する科学者の物だ。そこに悪意は無く、純水たる善意と興味と期待だけがあった。
『キョンシーの身体性能は人類を凌駕した。瞬発力でも持続力でも人類の遥か上だ。脳を除くほぼ全てのパーツは用途によって外部から付け替えできる。それに加え、自律型のキョンシーであれば自分の意志で行動さえ可能だ』
高原は語る。髭を擦り、片手を頭の横に上げて動かしながら。
『キョンシーについて特筆しなければいけない事はPSIだ。初めてこれを見た時、私は得も言われぬ感動を覚えた。身体能力を増強させたキョンシーは言うなれば人の延長線上だ。だが、PSIは違う。そこにはキョンシーと言う存在が持った新たなる可能性があった』
バッと高原が髭から頭へ手を当て、一つ一つ思い出す様に口を開く。
『ヨーロッパ連合のアネモイ、中国の魃、ロシアのイヴァン、アメリカのフォーシー、南半球連合のニコラオス、世界に散らばったA級PSIキョンシーに至っては、たった五体で世界を回している。彼ら彼女らが本気に成れば国を滅ぼせる可能性さえあるのにだ』
数秒、言葉を止めて、高原が顔を笑わせた。楽しそうな笑みだ。
『分かるかね? 人類は自らの技術によって、自らを超える種を創り出したのだよ』
ウンウンと画面の中で黒スーツとシロガネが頷いている。
『これは素晴らしい事だ。人類としての偉業だ。人類、ホモサピエンスの後継者を私達の手で作り出せた。ああ! 何と素晴らしいのだろうか!』
バッ! 高原が手を広げた。感動を思い出しているのか、現在進行形で感動しているのか、全身で感情の爆発を表していた。
『我々は死体をキョンシーにする技術を持っている! 我々はどうすれば良質な死体に成れるかを知っている! 我々は、人類は、進化した種に、キョンシーに成れるのだ!』
感動を抑えきれないと言った様に高原は両手を高く掲げた。まるで青年の様だ。子供の純粋さと大人の熱意が綯い交ぜに成った表情は夢を語っている。
『人類は進化できる、新しい存在、キョンシーへ! 人類は飛び立てる、死者が笑う新世界へ! その様な計画を我々は立てたのだ!』
高原が画面へと人差し指を指した。
『ここに宣言する! 我々はプロジェクト・エンバルディアを始動する! 生者の為の世界を壊し、死者の為の世界を創り出すのだ!』




