② クリスマスプレゼント
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恭介達がクリスマスパーティーを開始していた頃、そのすぐ上の対策局ビル七階、会議室にて京香を除く全主任達を水瀬克則は招集していた。
既に五人を会議室の席に座らせ数分の時間が経っている。
その中で克則はずっと口を閉じていた。
「水瀬さん、そろそろ私らを呼んだ理由を説明してください。こっちは捕まえた穿頭教徒の拷問で忙しんですから」
そんな克則へ口火を切ったのは桑原だった。
桑原が率いる第一課は先日のテロ行為の後、捕まえた穿頭教徒達を拷問して情報を吐かせている。
「もう少し待て。全員に見てもらいたい物がある。……拷問の方はどうかね?」
「何名かの下っ端は吐きましたが、大した情報はありません。一人幹部格のチサトっちゅう男が居ますが、こいつが中々強情でして、爪を剥がして歯を砕いても全然口を割りません」
「第六課のココミを借りるのはどうだ? あのキョンシーを使えば拷問などしなくて全部分かるだろう?」
「ホムラって言うキョンシーに断られました。なんでも、可愛い妹に汚らわしい人間の脳みそを見せたくないそうです。ま、同感ですわ」
軽く笑っていたが、桑原の眼からは憤りが隠せていなかった。今回のテロ行為、死亡した捜査官はいずれも第一課の人員達だった。そして、それを実行したのは、桑原が眼を掛けていた坂口 充である。
「まさか、坂口が裏切ってたなんてな。全然、そんな素振りは無かったぜ。つーか、さっきの水瀬さんの話じゃねえんだけど、何でココミが居たのに坂口の裏切りがバレなかったんだよ?」
憤る桑原に対してあえて踏み込んでいったのはコチョウを背後に控えさせた関口だった。
関口は誰かが口にしなければいけないことを率先して口にする人間である。ハカモリの中で最もマトモな人柄を克則はとても重宝していた。
「ああ、それは僕も気に成ってました。木下恭介五級捜査官の報告書によると、少なくとも一度ココミと坂口は近距離に近づいているはずです。これだけの距離近づいていればココミはある程度相手の思考を読めるんですよね?」
長谷川の問いにアリシアが答えた。
「ええ、それは間違いありません。私達第二課の調査によると、半径五メートル以内においてココミへ嘘を付くことは不可能です」
「じゃあ、あれかよ? ココミが俺達に嘘を言った、もしくは、わざと真実を言わなかったってことか?」
「それは未だ分からない。だけど、ミナト、考えてみて、わざわざそんな嘘を付くメリットがあるか?」
アリシアの言葉に関口が頭を掻く。
「それについては木下恭介五級捜査官からの報告書に記載があります。少なくともココミからは坂口が裏切っていたという情報は読み取れなかったらしいです」
沈黙していた黒木が出した情報に「そうだった」と関口が手を打った。
坂口充の裏切りは、正確にはそれに気づけなかったことは克則達を悩ませている問題の一つだった。
近くまで来たというのに、何故坂口の裏切りをココミは察知できなかったのか。
ああだこうだと第一課から第五課までの主任達が話し合いを始める。主に案を出すのがアリシアと関口、対案を桑原と長谷川、それぞれの補足を黒木、見慣れた話し合いの現場だった。
しばし、その現場を克則は眺めていた。今日克則が彼らへ話したいのはこのことでは無いからだ。
コンコンコンコン。会議室のドアがノックされた。
主任達は全員口を止め、一斉にドアを見る。
「水瀬部長。持ってまいりました」
目的の品が届いた様だ。
「坂口についても議論は必要だろう。だが、今日話したいのは別の事だ。……入れ」
ドアを開け、部屋に入って来たのは克則の秘書である中島 楓だった。
彼女の両腕にはラッピングが解かれた白くて大きいプレゼントボックスが持たれている。
中島はそのプレゼントボックスを会議室のテーブルの中央に置き、速やかにプロジェクターとスピーカーの準備をした。
会議室に似つかわしくないプレゼントボックス。それに主任達は全員が並行し、やはり口火を切ったのは最年長の桑原だった。
「……水瀬さん、これは?」
「開けてみろ。それが今日のお前達を呼んだ理由だ」
主任達は全員立ち上がり、桑原がプレゼントボックスの蓋を開いた。
そして、中身を五人の主任はほとんど同時に確認する。
「……これはこれは、素敵でこっちを舐めたクリスマスプレゼントだ」
「だろう?」
克則は桑原の感想に同意する。
舐めたクリスマスプレゼント。その通りだ。
プレゼント箱の中身。そこには二つの人間の頭が収められていた。
二体の頭には穴が開いている。
「水瀬さん、こいつらの名前は?」
克則ではなく、アリシアが答えを口にした。
「ダイカクとモモシマ、今回、私達がシカバネ町へ連れて来た元凶達です」
箱の中の頭は、第二課へ助けを求め、第六課が護衛した二人の穿頭教徒、大角と桃島の物だった。
防腐作業はされていない。その頭は腐敗を始めようとしており、甘いような酸っぱいような苦いような匂いが会議室に充満する。
顔を整える事すらされなかったのだろう。大角の顔は必死の形相で固定され、対して桃島の顔は穏やかだった。
死の瞬間の表情で固定された二人の穿頭教徒の頭がこの箱には入っていた。
「水瀬部長、準備ができました」
克則へ中島がプロジェクターの準備が完了した事を報告する。彼女の手元にはノートパソコンがあり、既に動画データのサムネイルが表示されていた。
それに頷き、克則は主任達へ向き直る。
「本日、午後四時頃、わざわざ俺宛へメッセージメールが届いた。差出人は不明、件名はメリークリスマス。本文は〝屋上にプレゼントがある〟。使いを出すと、確かに屋上でこの箱は発見された」
「どうやってこのビルの屋上に置いたんでしょうな? 階段、エレベーター、どれを使ってもこんな目立つブツ隠せません」
「空からだ」
「はい?」
桑原が眉根を上げ、それに克則は言葉を続ける。
「ご丁寧にわざわざ監視カメラに映像が残されていた。あのアネモイというキョンシーとそのキョンシー使いが空から現れ、この箱を屋上に置いて行った」
「……空からとは。こりゃ、監視カメラについて根本から新しくせんといけませんな」
腕を組んで桑原が大きく鼻息を立てた。
「箱の中には、そこにある二つの頭の他に、映像データが入ったレーザーディスクが入っていた。今から流す。見てくれ。これもふざけた内容だ」
克則が視線を送り、中島がノートパソコンを操作し、プロジェクターとスピーカーを起動した。
ジジジジジ。僅かなウォームアップ後、会議室の真っ白な壁へ中島のノートパソコンの映像が表示された。




