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⑮ ライトニングブレイク




***




 霊幻の腕の中、京香は眼前の女を唖然と見つめていた。


「京香とは本当に仲良くしてもらったね。ミチルはとてもとても楽しいって思ってたよ。良く一緒に行ったファミレスのハンバーグは美味しかったねぇ」


 カケルと名乗る充と同じ顔をした女が楽しそうに京香を見た。


「あんたは誰?」


「さっき名乗ったとおり。カケルって言うんだ。まあミチルの何だろうね、正体みたいな物だねぇ」


 何を言っているのか京香には分からなかった。だが、今、この女は自分達を攻撃したのだ。


 それが意味することは一つしかない。


「裏切った、のね」


「ちょっと違うよ京香。ミチルは裏切ってない。私が、カケルが裏切り者なんだ。ミチルはずっと京香の仲間だったよ。それは安心して。ミチルの名誉の為に言っておくからぁ」


「わっけわかんないわ」


「うーん。ちゃんと説明したいんだけど、時間が無いねぇ。ほら、クロガネがすっごい怒ってこっちに来ちゃってるからぁ」


 その通りだった。背後からジャリジャリジャリジャリ! 凄まじい砂鉄の音が近づいて来ている。


 前方にカケルとPSIキョンシー。後方にクロガネ。


――どうしよう? どうすれば全員で生き残れる?


 尚も状況は悪化する。


 ヒュウ。


 頭上から僅かな風が吹いた。


「キョウカ、ひさしぶり、です」


 聞こえる筈が無い頭上から、ひどくたどたどしい声が聞こえた。


 声がした方向へ京香は視線を向ける。


 頭上、二十メートル。レインコートを着た褐色の美しいキョンシーとそれを後ろから抱き締めるブロンドの女がこちらを見下ろしていた。


「……セリア、アネモイ」


 そこに居たのは、一か月半前、フランスのモルグ島から逃亡したセリア・マリエーヌとアネモイの姿だった。


 十字路の前、後、そして、上、三方向から京香達は囲まれた。


 最早、勝ち目は無い。


 後数秒でクロガネは京香達へ追い付くだろう。


 真っ先に反応したのは恭介だった。


「ホムラ! 敵を燃やせ!」


「ちっ!」


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ホムラが視線を回し、クロガネ、カケルとそのキョンシー、そして頭上のセリアとアネモイへ火柱を生んだ。


「素晴らしい! 逃げるぞ!」


 一瞬できた隙、すぐさま霊幻は疾走を再開する。


 既にホムラはココミを抱えて走り出し、霊幻の前方に居た。


「アネモイ、」&%“#JP!」


 ヒュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ホムラの炎は敵の表皮すら焼く事なく、アネモイが生んだ風に掻き消される。


「ガリレオ、投げて」


 カケルの声が聞こえた。瞬間、ガリレオと呼ばれたキョンシーの周囲に漂っていた瓦礫が高速で回転し、京香達へと投げ放たれる。


 グオオオオグオオオオグオオオオ!


 放たれた人間の頭大の瓦礫は真っ直ぐに霊幻の左肩へと突き刺さった。


 肩の骨格は粉砕し、霊幻は右腕だけで京香と恭介を抱えた。


「ハハハハハハ!」


「っ!」


 霊幻が笑い、腕の中で京香が息を呑んだ。


「京香ぁ!」


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 とうとうクロガネが京香達の後方十メートルまで追い付いた。


「私の娘を返せ! 殺してやるううううううううううううううううう!」


 そして高速でクロガネの砂鉄が槍と成って霊幻へ放たれる。


 グサグサグサグサ! 絶縁マントを貫いて、槍が霊幻の胸や腹を突き刺さった。


 鉄槍は刺さった直後に鉄の砂へと形を崩し、霊幻の背からブシュウウと人工血液が噴き出す。


「ハハハハハハ!」


 霊幻は笑い続ける。体が壊れながらも、その足は止まらなかった。


「%$&」”)‘&)(!」


 ヒュンヒュンヒュンヒュン! 次に来たのはアネモイの風刃だった。


 ボロボロに成った防刃マントを貫いて無数の風刃が霊幻を包丁で挽き肉を作る様に叩く。


 ガチャグチャ。霊幻の金属と肉片が混ざり合って空へと落ちた。


 敵の追跡は止まらない。


 敵の攻撃は止まらない。


 その全ての攻撃を霊幻は一身に受け、そして京香と恭介を運び続けた。


 霊幻が壊れていく。


 霊幻が壊れていく。


 霊幻が壊れていく。


「や、だ」


 京香は震える様に首を振る。その声は普段では考えられない程に幼い響きを持っていた。


「霊幻、アタシをはなして。アタシを放って逃げて良いから」


「ハハハハハハハハ! 聞けんなその願いは! 吾輩の行動原理に反している!」


 狂笑は高らかに。壊されながら霊幻は笑う。


 カアッと頭が熱くなっていく。ピキピキと体が冷たくなっていく。


「やだよ、霊幻、こわれないで」


 京香は痛みを忘れて霊幻の頬へと手を伸ばした。


「ハハハハハハハハ!」


 霊幻は笑う。笑うだけで京香の願いに頷いてはくれなかった。


「おねがい、霊幻、こわれないで」


 罅が生まれる。それは京香の心臓から生まれ、首や額までバキバキと広がっていく。


「見えたぞ! 長谷川だ!」


 京香は霊幻から顔を逸らさない。霊幻の言葉が耳に入っていない。ただ、思うのはこのキョンシーが壊れないで居て欲しいというたった一つの願いだけ。


 霊幻が壊れていく。


 霊幻が壊れていく。


 霊幻が壊れていく。


 外界の音が聞こえない。京香が感じるのは霊幻が壊れていく(さま)だけだ。


「こわれないで、こわれないでよ、霊幻」


 霊幻との思い出が京香の中に駆け巡る。それはまるで走馬灯だった。


 思い出は軋みとなり、罅がどんどん深くなっていく。


――やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ。


 最早、京香はまともな思考ができないでいる。頭の中にあるのは〝嫌だ〟という純粋な感情だけだ。


 京香が霊幻の頬を押す。自分を離して霊幻に逃げて欲しかった。


 勅令を使えば、霊幻はきっと京香を見捨てて逃げてくれるだろう。けれど、それはできない。霊幻と言うキョンシーの祈りを否定する事に成ってしまう。その様な願いを清金京香だけは口にしては成らないのだ。


 だから、京香は自分にとって最も大切なキョンシーが壊れて行くのをただ見ていることしかできないのだ。


 霊幻の顔は変わらない。何度も何度も間近で見た狂笑のまま。その顔に〝何か〟が重なった。


 心が軋む。精神が割れる。そんな感覚と予感が京香の背筋を撫でる。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 霊幻が壊れていく。左腕が飛んだ。


 霊幻が壊れていく。首が半分切れた。


 霊幻が壊れていく。機械と内臓がまろび出た。


 そして、京香の右手が霊幻の頬を撫でたその時、


「霊幻」


 清金京香のキョンシーが壊れた。


「京香を返せえええええええええええええええええええええ!」


 きっと、多分、クロガネだ。クロガネの操る砂鉄が霊幻の胸から下を削り切ったのだ。


「ハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 ジャバラジャバラと機械と肉片がまき散らされ、霊幻が京香達を右腕で抱えたまま前方へと倒れた。


 墜落の中、京香の脳に思い出の走馬灯が何度も何度も繰り返される。霊幻と過ごした日々。霊幻と過ごした時間。それは過去へと遡り、シカバネ町での思い出全てが京香の中でタイムマシンと成ってリフレインした。


 ドチュ! 肉片と歯車がアスファルトに落ちる。


――あ


「――」




 そして、京香の心は〝壊れた〟。

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