⑬ 一か八か
***
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
シルバーの軽自動車の後部座席。大角の耳の激しい戦闘音が届く。
「先生! 先生! 先生!」
巨体をできるだけ小さくした大角はひたすらに腕の中の桃島を呼んでいた。
「どうすりゃ良い? 俺は一体どうすりゃ良いんだ? 先生、教えてくれ! 馬鹿な俺にいつもみたいに教えてくれよ!」
おそろいの青いニットキャップ。大角が過去に桃島へプレゼントした物だ。
それを被っているのに、桃島の瞳は大角へ向けられず、あーうー、と言葉に成らない声を出すだけだ。
外に鳴り響く轟音。それは自分達の死を強く大角へ意識させた。
「燃やせ!」
「ちっ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
すぐ近く、車両の外に出た恭介がホムラに命令して敵を攻撃していた。その表情には決して余裕が無い。先程から幾つもの鉄球がこの車に突き刺さり、既に走行不能に成っていた。
このままでは死んでしまう。桃島が死んでしまうのだ。
それを強く意識した時、大角のどうしようもない程の恐怖を覚えた。
今この腕にある温もりが失われ、この世から桃島 真が消えてしまう。
そんな世界で大角は生きたくなかった。
恐怖は思考を鈍らせる。けれど、恐怖から人は思考を始める。
初めて大角は自分からまともに考えた。誰かに助けてもらうのではない。どう行動すれば、桃島と自分が生きられる?
ガァン! ガンガンガンガンバリン!
また鉄球が車両に刺さり、鉄板が歪み、ガラスが割れた。
時間は無い。頭も足りない。自分が気付いている情報があまりにも少なかった。
「くそ! くそくそくそ! 何で俺はこんなに頭が悪いんだ!」
何で他人の様にまともな策を思いつけない。桃島がそれで良いと言ってくれた自分の頭の悪さが今は憎かった。
頭に開いた穴に指を入れる勢いで大角は必死に考えた。
何か無いか。何か自分達が生き残れる最善の策は無いのか。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
外は死地。だが、この車両は棺桶だろう。
「……賭けるしかねえのか」
そして、大角は気付いた。最早自分達にはまともに生き残れる選択肢など残っていないのだ。
どうしてこうなった。自分が馬鹿だったからだ。
自分達の未来を、他人の手に委ね、それを良しとしてしまったからだ。
これから先、大角と桃島を匿ってくれる人間など何処にも居ないだろう。桃島を元に戻すことなど夢のまた夢だ。
失敗した。自分は失敗したのだ。もっと本気で桃島が手術を受けるのを止めれば良かった。そうすればきっと優しい桃島は大角の言うことを聞いてくれただろう。
だが、あの時の自分達リトルロータスの出身者達は栄光へと突き進む桃島に喜ぶばかりで、反対だとかそういう気持ちは全く無かった。
「……先生、俺と一緒にもう一回逃げてくれねえか?」
大角は桃島を抱く力を強くする。
確実に自分達が生き残れる選択肢はもう存在しない。
ならば、一か八か、桃島を抱えてこの場から逃げるしかなかった。
バン!
大角は後部右座席のドアを蹴る様に開け放ち、桃島を抱えて外へその巨体で飛び出した。
「大角!? 何やってんだ!?」
ギョッとした木下と目が合う。思えば、この男は自分達へ恨みを持っているはずなのに、ここまで良く助けてくれた。
「恭介! 色々とありがとうな! 妹さん早く治ると良いな! 俺が言えることじゃねえけどよ!」
「はぁ!? 待てよオイ!」
木下の制止を待たず、大角は桃島を両腕でしっかりと抱えて、戦場から走り出す。
目指す場所は分かっていない。だが、何処かに自分達が穏やかに暮らせる場所がある筈だ。
「先生先生先生! 大丈夫だ! 俺が先生を助けるから! 絶対に助けるから!」
離れていくキョンシー達の戦場。そこから「くそ!」と木下の悪態が聞こえた。
***
クロガネとの戦闘が始まり、二分が経過していた。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ホムラの炎が霊幻に放たれたクロガネの砂鉄を燃やす。しかし、コンパクトな螺旋軌道を描いた砂鉄はほとんど剥がせなかった。
――対応が早い。
霊幻は判断する。クロガネはPSIの出力も操作性も一線級だ。
「まあまあまあ、霊幻が下がった方が良いわ。あなたの腕が剥がれてしまうわ」
「それでお前を撲滅できるのなら構わん!」
盾にしていた霊幻の左腕はクロガネの言う通り、確かに剥がれていた。超高速に砂鉄の嵐を受け続けているからだろう。既に合成肉はゴッソリと剥げ落ち、その奥の金属パーツさえも内部回路が覗きつつあった。
思考回路は計算する。このまま戦闘を続行した場合、霊幻の体は致命的に破壊される確率は九割を超えていた。
ハハハハハハハハハハハハハハ!
霊幻は狂笑する。自分はキョンシー。いずれは壊れる身だ。それが今日でも構わない。
だが、
「京香は返してもらうぞ!」
「だーめ! 何度も言ってるでしょ? 京香は私達と幸せに暮らすの!」
ガリガリガリガリ!
砂鉄はまるで蛇の様だ。絡み付き、その鱗で霊幻のボディを削っていく。
時間が経つほどに霊幻の身体能力は損なわれていった。
――紫電を使えない戦いはこれほどまでに不便か!
敵は万全にPSIが使えるのに、こちらが使えば一瞬で詰みと成る。何とも理不尽な戦いだ。
思考回路は予測する。このまま戦闘を続ければ二百秒以内に霊幻は戦闘不能に成るだろう。
「くそ!」
背後から恭介の声が聞こえる。何かがあった様だ。
すぐに恭介から報告が来た。
「霊幻! 大角と桃島が逃げた!」
「放っておけ!」
そんな物に構っている余裕は無い。
「そうだな! ホムラ、右側を燃やせ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ホムラの炎が霊幻を包み込もうとしていた右側の砂鉄を燃やす。
その火柱を霊幻は潜り抜け、右のストレートをクロガネへ放った。
ガァン!
螺旋軌道を描く鉄球に阻まれ、この攻撃も防がれる。
「お返しよ」
「!」
ガガァン! カウンターの鉄球が霊幻の腹部へ放たれた。数は二つ。ジャイロ回転が加えられ威力が上がったそれらは、霊幻の両脇腹を砕き、そして貫通した。
「ハハハハハハハ!」
笑ってられない状況でも笑うのが霊幻だ。
また状況が悪化した。いよいよ持って後が無い。
――一か八か、賭けるしかあるまい。
砂鉄の嵐へ鉄拳を打ち出しながら、霊幻は京香へと眼を合わせる。
京香は霊幻の唯一無二の相棒だ。視線だけで霊幻が何をやろうとしているのかを察知する。
一瞬の逡巡を見せ、京香が小さく頷いた。
――流石だ京香! お前はやはり吾輩の相棒だ!
一つだけ、PSIを使って戦う方法が霊幻の頭の中にはあった。
それは霊幻だけでなく京香にも痛みが伴う。場合によっては不可逆的な怪我が残るだろう。
できればしたくない選択。生者に傷を付けるのは霊幻の好むことではない。それが京香ならば尚更だ。
しかし、霊幻は決断する。今、ここで最も大切な相棒を傷つけるのだ。
「恭介! 吾輩ごとこいつを燃やせ!」
「はぁ!?」
突然の暴言に困惑の声が上がる。だが、霊幻は木下恭介と言う男を信じていた。
「京香を傷つける気!?」
クロガネが恭介以上の声を出し、後方へとジャンプした。その音には恐怖が滲んでいる。
「ああ、傷つけるとも!」
だが、霊幻は逃がさない。真っ直ぐにクロガネを追い、足を踏み出す。
直後、恭介は霊幻の信頼に答えた。
「ッ! ホムラっ最大出力、燃やせ!」
「ちっ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
霊幻、クロガネ、そして京香を、直径三十メートルの超強烈な炎の柱が包み込んだ!
ホムラのパイロキネシス、最大出力ならば視界に入った全てを燃やすことが出来る。
そして、炎の中では磁力も電気も外へは流せない。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
内部が焼けるのもいとわずに狂笑し、霊幻がエレクトロキネシスを最大出力で発動する。
視界は炎で埋まっている。だが、京香の居場所は直ぐに分かった。
「京香ぁ!」
ジャリジャリ。
僅かな砂鉄の音とクロガネの悲鳴が聞こえる。母親の様な、娘を守ろうとする、そういう類の声だ。
「そこかああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
音の方向へ霊幻は突撃する。
急げ、急げ、急げ! 炎の中では生者は生きられない!
霊幻の視界に黒い影、クロガネが映る!
「返してもらうぞ!」
「っ!」
グワン! と大きく伸ばした霊幻の両腕が、クロガネの背の京香を抱き寄せ、そして砂鉄の拘束から奪い取った!




