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⑪ 鉄屑とシャボン玉




***




――清金先輩!


 バックミラーに映る清金の姿に恭介は眼を見開いた。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 開け放った運転席側の窓からは砂鉄が擦れる強烈な音が届いている。


 ジャリと鉄球を操る磁力使い、クロガネが突如として空から現れた、その背に清金を背負っているのだ。


「――! ――!」


 清金が何かを言おうとしているが、口元を砂鉄で覆われているせいでその声は恭介達に届かない。


「木下! ホムラは近接戦できるか!?」


「無理です! ココミから離せません!」


「なら、穿頭教徒共を燃やせ! こっちに近づかせんな!」


「了解! ホムラ! 関口主任と僕達へ近づく穿頭教徒達を燃やせ!」


 並走する関口の指示に従い、恭介がホムラへ命令する。


「ちっ!」


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ホムラの炎がクロガネのすぐ後ろまで近づいていた穿頭教徒達の体を包み込む。


 先程までの繰り返しの様に、穿頭教徒達の距離がまた恭介の運転するシルバーカーから離れた。


――さっきよりも引き離せなくなってる。


 しかし、肌を焼かれることに慣れたのだろう。穿頭教徒達はハイドロキネシスですぐさま消火し、すぐに距離を詰めてきた。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 清金を背負ったクロガネが、鉄球と砂鉄を磁力で振り回して関口へ突進する。


 リニアモーターカーの様に磁力を使ったその移動には重さを感じさせない。だが、清金を彷彿とさせる鉄の暴風雨は人間の柔らかい体くらい簡単に挽き肉にしてしまえるだろう。


「許さない許さない許さない許さない許さない! 京香に攻撃を向けた。私の家族を傷つけようとした。謝って謝りなさい謝れ!」


 清金ごと爆破しようしたことが逆鱗に触れ、クロガネが怒りの声を上げる。ヴェールの向こうでは眼を見開いているのだろうか。


 実際、先程の爆発は危なかった。クロガネが砂鉄で守らなければ、京香の体はどうなっていたか分からなかった。


「うるせえな! コチョウ!」


 ハタハタハタハタ!


 ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 コチョウの生んだ竜巻が壁の様にクロガネへと迫る。


「邪魔よ!」


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 だが、クロガネはそれこそ風を払うかの様に砂鉄を格子状に組んで、竜巻を振り払った。


 固められた砂鉄の重さをコチョウの風では吹き飛ばせない。


 即座に関口はエアロボムを()()()()へと投げた。


「コチョウ!」


 コチョウがコクリと頷く。瞬間、エアロボムが爆発した。


 バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 超高密度に圧縮された空気が一挙に解放され、コチョウの体へと爆風が届く。


 直後、コチョウの蘇生符が強く緑色に輝いた。


 ハタハタハタハタハタハタハタハタ!


 コチョウの体を破壊しようとした爆風が一瞬にして前方へと練り上げられ、強烈な風の砲弾へと進化する!


「大砲を喰らえ!」


 ゴオオオオオオオオオオォォォォオオオオオオオオオオオォォォォオオオオオオオォォォォォオオオオォォォォォォォォオオオオオオオオオォォォォォォォォオォォォォオオオオオオ!


 高密度な風の砲弾は真っ直ぐにクロガネへと放たれる。


「京香! 衝撃に気を付けて!」


 背中の京香へとクロガネが注意を先ながら、前方へ砂鉄と鉄球を展開する。


 先程までとは比べ物にならない程の超高密度な空気の塊。クロガネは砂鉄と鉄球でその砲弾を斜めに受けた。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 固めていた筈の砂鉄はあまりの砲弾の威力に砕けて擦れて酸化鉄へと変化する。


 それと同時にクロガネはその場に踏ん張り、砂鉄と鉄球を盾の様にして振り回した。


 風の砲弾はギリギリで受け流され、アスファルトへと着弾する。


 ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 立ち止まった事で一気にクロガネと距離が開いた。


 その距離は凡そ三十メートル!


「今だ! アクセル全開!」


「はい!」


 恭介はさらに強くアクセルを踏み込み、シルバーカーのエンジンが急速回転する。


「また、京香を傷つけようとしたわね! 許さないもう許せない! あなたは泣いて謝ったて許してあげないわ! 全身の骨をバラバラにしてやる!」


「ハッ! 怖えな! じゃあ、俺はお前を挽き肉にしてやるよ!」


 キョンシーに抱えられた穿頭教徒達がクロガネに追いつき、四体のキョンシーと四人の人間が加速して恭介達へ近づいて来る。


 だが、軽自動車とは言えほとんど最大速度で走るシルバーカー相手に速度で優っていたのはクロガネだけだった。


 ジワリジワリとケンジ達、穿頭教徒の距離が恭介達から離されていく。


――良し!


 ピピピピピ! ピピピピピ! 危険運転を感知した車両AIがアラートを発する。恭介は重いハンドルを強く握った。


「あなた達! 乗りなさい!」


 クロガネが即座に砂鉄をケンジ達へ伸ばし、その体を巻き取った。


 そして、ヴェールの向こうで蘇生符が鈍色に輝く!


 ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


「ハァ!?」


 クロガネが今までに無い程の急加速を見せ、一気にシルバーカーとの距離を詰めていく。


「どんな出力だよ!」


 恭介は確信する。クロガネのマグネトロキネシスは京香のソレよりも格上にあるのだ。




***




「SET、SET、SET」


 キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン! キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン! キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン! キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン! キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン! キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 ヤマダの前方十五メートル。シロガネの周囲に無数のPSI力場が生まれた。


 ラプラスの瞳が感知する。PSI力場の形は二次元の正方形。シロガネの周囲五メートルを中心に空中で固定された正方形の力場がヤマダとセバスチャンへ向いている。


――設置型のテレキネシス。形状と条件は?


Whip(薙ぎ払え)


 セバスの方から深紅の触手が無数に生え、鞭と成ってシロガネへと放たれる。


 ヤマダの血が混ざった液体を操る、セバスのハイドロキネシス。血の燕尾服を着たセバスに抱えられたヤマダは脳内で高速に思考していた。


 スズメの予想通り、シロガネのPSIは設置型のテレキネシスだろう。


 設置型のPSIには〝形状〟や〝設置場所〟の条件があるのが常だ。たとえばホムラのパイロキネシスは〝柱状〟で〝物質上〟にしか炎を生やせない。


 シロガネのPSIの束縛条件が分かれば、攻略の糸口に成るはずだった。


「SHOT、SHOT、SHOT」


 ギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン! ギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン! ギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン! ギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン! ギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン! ギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 指揮者の様に人差し指をシロガネが振り、宙に縫い留められていたPSI力場が解放された。


 正方形のPSI力場が亜音速で直方体へと成長する。硬度は凄まじく、セバスの放った血の鞭は一瞬にして破壊された。


 血の槍を破壊した亜音速の不可視の槍は勢いをそのままにヤマダ達を狙う。


――セバスのハイドロキネシスでは防御不可能ですね。


Arch(跳べ)


 セバスの全身から噴き出した血液がアーチ状の台を作り出し、その台に乗ってヤマダ達の体が後方五メートル跳躍する。


 眼下に通り過ぎるテレキネシスへヤマダが連続して命令した。


Entangle(絡め捕れ)


 血のアーチは形を触手へと変化させ、直方体状の槍の側面へと絡み付く。


 バシャアアア! しかし、槍の側面に絡み付いた血の触手は、まるで撥水加工でも受けたかのように弾けた。


 ラプラスの瞳は感知する。今、このテレキネシスは、表面のスカラーベクトルが最大値に成った瞬間に弾ける様に消失した。


 まるで、直方体の形を無理やり形成するシャボン玉の様だ。


――持続時間はそこまで長くない。


「お嬢様、表面に斥力が働いています」


「エクセレント、セバス、良く気づきまシタ」


 ストンと大きな音もたてずに着地し、ヤマダはある程度シロガネのPSIの条件に当たりを付ける。


「先程から良くボクのPSIを避ける物です。手を抜いている訳では無いのですが」


 ワンピースの裾を撫でながらシロガネが感心した様に頷く。


 それに対する返答というわけでは無かったが、ヤマダは一つの確信を口にした。


「あなたのPSI〝シャボン玉〟デスネ?」


 ピタリとシロガネが動きを止める。それにヤマダは現状でのシロガネのPSIに対する仮説を話した。


「そもそも形状は設置時の二次元正方形、ただ、設置条件が三次元直方体。初めてみまシタ。二次元から三次元に引き伸ばされるテレキネシス。ただし、これは歪な変形デス。形状条件と設置条件が矛盾していマス。故に変形が完了した瞬間、シャボン玉の様にPSI力場が消失スル。どうデス? 当たっていマスカ?」


「素晴らしいです、人間の身で良くぞそこまでの洞察を。さすがネエサマの部下。ボクは今感動しています」


――嘘を付いているかもしれませんが、ある程度は正解の様ですね。


 ヤマダは脳内で戦略を練る。そして、勝率がかなり低いという結論が出た。


「あなた相手では、負けない勝負はできマスガ、勝てませんネ」


「素晴らしい判断です。セバスチャンのハイドロキネシスではボクのPSIを突破は不可能です。唯一の勝機は本体を狙うことですが、それにはセバスチャンの運動能力が足りません」


 シロガネの身体改造はセバスチャンよりも上。逃げ切ることは不可能だろう。


――本部から援軍が来るまで後五分は掛かりますね。


「しょうがありまセン。シロガネ、あなたの足止めに付き合ってあげマス」


「ありがとうございます、ヤマダさん。あなたの様な人間と戦えて、ボクはとても嬉しいです」


 今、ここで自分ができる最適解はシロガネに殺されないことだ。


――任せましたよ、正義バカ。


 ヤマダは京香の救出は他の人員に任せることにした。

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