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⑨ 白と黒のキョンシー




***




 前方凡そ十キロメートル先、強烈なPSI反応をラプラスの瞳が感知した。


「あそこデスカ」


 後部座席にヤマダとセバスチャンを乗せたピンクのワゴン車は中央区へと突入し、南区へと驀進していた。


 今、ラプラスの瞳が感知したPSI反応にはデータがある。コチョウのエアロキネシスだ。


 スマートフォンに表示した恭介の位置情報とも一致している。


「あそこヘ。急いデ」


「御意」


 アクセルが更に深く踏み締められ、より一層ピンクのワゴン車は加速する。この速度ならば一分もせず、恭介の場所に着くだろう。


――最優先目的は京香の奪還。恭介達を、いえ、ココミを奪われたら交渉の余地が無い。


 今、敵が何を目的にして恭介達を襲っているのかをヤマダは理解していた。


 敵の狙いは桃島ではない。ココミだ。ココミと京香、両方を奪う事が今回の目的なのだ。


 桃島達はその真の狙いを隠すための単なる餌。それにまんまと釣られたのが、今回の図式だ。


――敵はそして京香は必ず恭介達の近くに居る。


 確信があった。クロガネが居なければ京香は拘束できない。そして、現在の状況でクロガネの様なキョンシーがシカバネ町を出て行ったという知らせは無い。


 敵は未だココミも狙っているのだ。


 そして、何処かすぐ近くで、ココミを攫わんと息を潜めているはずだ。


――これが最後のチャンス。これを逃せば、京香は奪われる。


 それは避けたかった。ヤマダにとって京香は年上だが、可愛い後輩で、できることなら取り返したい相手なのだ。


 急速に近づいていく戦闘地点。ラプラスの瞳のダイヤルを回し、戦闘態勢を取った正にその時、


 ヤマダの視界前方五十メートル先に強烈なPSI力場が生まれた。


「ブレーキ!」


「ッ!」


 即座に運転手はブレーキを踏み、ハンドルを回した。


 ワゴン車はキキキキー! と不快なブレーキ音を立て、タイヤがアスファルトに削られて火を噴いた。


 運転技術の賜物だろう。スピンに近い軌道を描きながらもワゴン車はギリギリで横転しない。


 だが、トップスピードを停止させるのにかかる制動距離は百メートルを超える。五十メートル先のPSI力場へと突っ込む形に成った。


 回転する視界の中でヤマダはセバスの手を握り命令する。


「ワタシ達を外ヘ!」


「承知いたしました」


 セバスは左腕でヤマダの体を抱き、右手で運転手の首根っこを掴み、後部座席のドアを蹴破り、外に出た。


 地面に落ちれば只では済まない速度で体が飛ぶ。その中で、ヤマダはPSI力場に突っ込んだワゴン車の末路を見た。


 その末路は〝串刺し〟だった。透明な支柱の様な物が正面から槍の様にワゴン車を幾重にも突き刺し、原型を失わせたのだ。


 ドオオオオオオオオオオオオオオン! と赤黄色い爆発を起き、たった今まで乗っていたワゴン車の存在がこの世から消える。


 セバスは体を回転させながら着地し、両腕の人間への負荷をできる限り最小限にした。


 だが、強烈なGが体に掛かり、ヤマダはともかく、運転手が気絶する。


 道路脇に寝かせるまでで、看護する余裕はヤマダには無かった。


 なぜなら、爆発の煙の向こうからキョンシーが現れたからだ。


「素晴らしいです。あなたがヤマダさんですね。ネエサマが信頼する部下の一人」


 白いワンピースを来た、白髪の、ヨダカが持って来た映像にあったキョンシーの姿だ。


「あなたハ?」


「あ、これはこれは失礼をいたしました。ボクの名前はシロガネ。京香ネエサマの弟です。以後お見知りおきを」


 ワンピースの裾を掴み、可愛らしく、そのキョンシー、シロガネが挨拶をして来た。


「なるほド。シロガネ、ここを通してくだサイ。ワタシはその先に用があるのデス」


「ごめんなさい。カアサマからあなた達の足止めをお願いされてしまって。場合によっては殺しても良いとまで。だから、ごめんなさい、ヤマダさん。ここでボクと踊っていただけないでしょうか」


 シャルウィーダンス? とでも言うかの様にシロガネが右手をヤマダへと差し出した。


 直後である。


 シロガネの周囲の空間が幾重にも歪んだ。


 キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


「SET」


 ラプラスの瞳が急激なPSI力場を感知する!


「セバス、PSI発動を許可しマス。血を飲みなサイ」


「承知いたしました」


 ブツリとセバスの牙がヤマダの首元に突き刺さったのとシロガネのPSIが放たれたのは同時だった。


「SHOT」


 ギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 ギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 ギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 ギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 透明な何かが槍と成ってヤマダとセバスチャンへ射出される。その勢いは音速の一歩手前だ。


「可能であれば死なないでください。ネエサマが悲しんでしまいますので」


 どこまでも本心の口調で真っ白なキョンシーは美しく笑った。




***




「巻き起こせ!」


 入り組んだ工業地帯、大型バイクに跨り、湊斗は後部座席のキョンシー、コチョウへ命令する。


 コチョウは即座に命令に従い、ハタハタハタハタ! 着物の袖で風を起こした。


 気体分子の運動量増加と制御。エアロキネシスのある意味での基本形。


 コチョウによって増幅され指向性を持った風は小規模な竜巻と成って敵へと放たれる。


 ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 走りながらでは耐えられるない風圧の前に、三組のキョンシーとキョンシー使いは足を掬われ、一気に減速した。


「はっは! ざまあ見やがれ!」


 背後へと指を突き立てながら、今日はこのバイクに乗ってばっかりだと湊斗は思った。


 突如として発生した穿頭教の同時多発テロ、霊幻が乗った救急車の援護、そして、第六課の新人が運転する車への加勢。湊斗は第四課主任として町中を走り回った。


 第四課は第一課や第五課と対極にある課だ。戦闘員としてのキョンシー使いは湊斗を含めて五人しかおらず、それぞれが自分専用のキョンシーを保有している。そして、それ以外の人員は全て五人のキョンシー使いのサポーターである。


 〝個〟としての強さを重視する。第四課の特徴は第六課に近い。


 第四課に求められる役割は強襲または拠点防衛。複数の地点を跨る敵の攻撃に対して対処する部署では無いのだ。


 今回のテロ行為、元を正せば、第二課が穿頭教からの逃亡者を匿ったことが原因だと言う。


 アリシアを湊斗は良く分かっていないが、あの硬い口調で話す褐色の女が何かやらかしたらしい。


 ゴンゴンゴン! コチョウの風によって一瞬空いた隙間の時間の間に、湊斗はシルバーの軽自動車に並走し、運転席のドアを叩いた。


「おい。状況はどうなってる? 清金は見つかったか?」


「来てくれて感謝します! 清金主任が敵に誘拐! 僕は今中央区の対策局へ向かってます! 現状認識できた敵は先程の三組! 清金先輩は見つけてません! 後はすいません分かりません!」


「良し分かった! 対策局まで護衛してやる!」


 ヤマダから聞いた以上の情報は無い。どうやら事態は未だ変わっていない様だ。


 そう関口が思った瞬間である。


 バイクに嵌めたスマートフォンから音声メッセージが届いた。


『こちらヤマダ。中央区と南区への大通りにテ、シロガネと名乗るキョンシーと交戦開始。そちらへの増援には向かえまセン』


 どうやらヤマダ側へ敵の戦力が向かった様だ。通信は木下にも届いていた様で、ギョッと眼を開いている。


 意図は明白。木下への援護の妨害だ。


――どうする?


 湊斗は思考する。今の速度なら七分もすれば中央区に着くだろう。その途中でヤマダも見つかるはずだ。


 だが、仮にヤマダがこのシロガネというキョンシーに負けた場合、起きる未来は挟み撃ちだ。


「木下! 進路変更だ! 大通りに入ったら西区に向かえ! 西区経由で中央区へ行くぞ!」


「了解です!」


 その言葉と同時に湊達の車両が大通りに入った。


「待ちやがれえええええええええええええええええええええええ!」


 コチョウが吹き飛ばした敵が帰って来る。この三組くらいならば、湊斗とコチョウ一組で問題なく対処できる。このまま西区経由で中央区に向かうのが最も安全だった。


 西区には第一課の連中が集まっている。最悪、西区で防衛ラインを気付いても良い。


「コチョウ!」


 ハタハタハタハタ! ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 再び竜巻を生み、三組のキョンシー使いを吹き飛ばす。先程よりの距離は離せなかったが、十分だ。これをひたすら繰り返していけば良い。


――終わったらアリシアに損害でも要求してやらねえとな。


 そう湊斗が思った瞬間だった。




 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!




 金属を擦り合わせた様な音が上方から聞こえ、その瞬間、関口は躊躇いなく懐に右手を入れ、音が聞こえた方向へとエアロボムとフレアボムを投げた。


 湊斗は首を上へ振り向かせ、二色爆弾を――すなわち、声と音が聞こえた方向を――見た


 黒い何かが、喪服姿で砂鉄を纏ったキョンシーがこちらへと落ちて来ていた。


 更に、湊斗は気付く。キョンシーの背後に砂鉄でグルグル巻きにされた清金の姿があった。


 しかし、湊斗は二色爆弾の起動を躊躇わなかった。


「爆ぜろ!」


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 爆炎と爆風が混ざり合い、強烈な爆発にキョンシーと清金が飲み込まれる。


 至近距離での二色爆弾の複合爆発。生身で受ければ原型すら残らない。


 しかし、


「京香も居るのよ!」


 爆風の向こう。怒りの声が聞こえ、砂鉄で出来た鉄の槍が湊斗へと放たれた。


 槍は真っ直ぐに湊斗の脳天を狙っている。


「ちっ!」


 ギュルン! アクセルを回し、大型バイクをウィリーギリギリまで急加速させる。


 砂鉄の槍はギリギリで外れ、地面へと激突した瞬間その硬度を失わせた。


 背後へ遠くなっていくキョンシーの姿には爆発を受けた様な形跡は無い。それは背負われている清金もだ。


――あの一瞬で砂鉄を盾にしたのか?


 清金からの情報にあった。あれはマグネトロキネシストのクロガネだろう。スペックは一級品で間違い無い。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 シームレスにクロガネはこちらへの追跡を開始する。磁力を使った高速移動。大通りに入り、スピードを上げた湊斗達でも降り切れない速度だ。


 その背後からは穿頭教徒達も追って来ている。


「待ちなさい! 私の娘へ爆弾を投げたことを謝りなさい!」


「なら持って来るんじゃねえ!」


 懐に手を入れ、二色爆弾を右手に補充する。


――こいつ相手に片手でどこまで行ける?


 至近距離での複合爆発を対処できるような金属使い。片手を運転に使った状態で止められるとも思えなかった。

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