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⑧ 聞く耳持たず




***




――俺は何を間違えたんだ?


「燃えろぉ!」


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 揺れる軽自動車の後部座席で大角は自問する。


 図体だけが大きくなった体で桃島の体を抱き締めていた。


 すっかり細くなった桃島の体躯。そこからは生者の熱が確かにあった。


 だというのに、あのマイケルと言う男は桃島がもうキョンシーに成っていると言うのだ。


 キョンシーということは死んでいるということだ。


 死んでいるということは生きていないということだ。


 生きていないということはもう微笑みかけてくれないということだ。


 認められなかった。そんなことがあるはずがない。桃島が死ぬなんて、死んでいるなんて、大角には信じられなかった。


 体温はある。呼吸もある。心臓の鼓動も感じる。ただ、その眼にいつもの様な意思が見えないだけ。それだけで死んでいると言われるなんて許せることではない。


 けれど、大角は自分の頭が良くないと分かっていた。自分以外のほぼ全員が自分よりも賢く、自分よりも正しい選択をし、正しい発言をするのだ。


 あのマイケルと言う男、そして、救いの手を差し伸べてくれたアリシア、自分等とは頭の出来が違う二人が下した言葉を、大角では否定できなかった。


――先生。先生は生きてるよな? ただ、しゃべれなくなっただけで、歩けなくなっただけで、先生はちゃんと生きて、俺のことが分かってるんだよな。


 だから、大角には桃島を抱くことしかできない。何をすれば良いのかどうすれば良いのか何が自分達に起きているのか、何も分からなかった。


「ちっ! うっとおしい!」


 助手席で立ち、首から上を引き裂いた屋根の穴から出したホムラと言うキョンシーが苛立ちを露わにしていた。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 背後に火柱が生まれ、追手を攻撃する。


 火が体に付く度に、チサトを抱えるキョンシーが水塊を放ち、それぞれの肌を舐める炎を消化する。そして、ケンジとエンジュを抱える二体のキョンシーが神の力たるテレキネシスとエアロキネシスを放っていた。


 今、自分達を追っているのは、物心付いた時から共に育ち、同じ夢を見て、同じ人を愛した、リトルロータスの家族達だ。


――あいつらは知ってるのか?


 大角が世界で二番目に大事な家族達。彼らは桃島がもうキョンシーに成っていると、少なくともそう主張する人間達が居ると知っているのだろうか。


 記憶を大角は掘り返す。桃島が神の力を宿したと聞いたあの時、大角を含めたリトルロータスの面々は歓喜の声を上げていた。


――ケンジとエンジュとチサトは泣いて喜んでたっけ?


 あの涙が嘘ではないと大角は確信している。ならば、今自分達を死に物狂いで追っている三人は桃島が神の力を宿した人間などではなく、ただのキョンシーであると、少なくともそう判断されていると知らないのだ。


――こんなの茶番じゃねえか。


 大角は桃島が生きていると信じている。信じたい。そうであるはずだ、そうでないなら自分がしてきたことの意味が全て消えてしまう。


 そして、ケンジ達もそうだ。桃島が生きている。生きたまま神の力を宿した、穿頭教の理想。故にそれを裏切った大角を許さないし、今、体中へ火傷を作りながら生身でキョンシーに抱えられ大角達が乗る軽自動車を追っているのだ。


『お前らは利用されたんだよ!』


 マイケルの言葉が大角の中で繰り返される。


 利用、そう利用なのだ。ことここに至って、大角は自分達、穿頭教が何かに利用されている事実に気付いた。


 何を目的としているのか不明だが、何が利用しているのかは明白だ。自分達へ共同研究を持ち掛け、桃島への処置を施したあの組織が黒幕なのだ。穿頭教の末端であった大角はその組織の名前を知らない。


 だが、真っ黒な服を着たキョンシーが率いたあの一団が、今自分達をこの様な状況に追い込んでいるのは間違いなかった。


 出来の悪い頭で大角は考える。


 もしも、もしも仮に、本当に、今大角の腕の中で息をしている桃島が本当にもう死んでいてキョンシーなのだとすれば。、ケンジ達が傷つく理由は何も無い。


 この事実を伝えれば、この戦いを止められるかもしれなかった。


 大角はバックドアの窓を開けた。


「!? 何やってんだ!? お前は!?」


 木下の怒号を浴びながら、大角は開けた窓から顔を出し、そして叫んだ。


「ケンジ、エンジュ、チサト! 聞いてくれ! 先生がキョンシーに成ってるらしいんだ!」


 振り向いたその先、ケンジと大角の眼があった。


 今だ、話をしようと、大角は再び喉を絞り上げる。


「なあ、お前達は何か知らないか!? 俺だって信じたくない! でも、先生がキョンシーだって――」


「殺せええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 大角の言葉を遮って、ケンジが叫んだ。眼を見開き、眉根を釣り上げて、その顔はまさしく怒りに満ちていた。


 キイいいいいイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 ケンジを抱えていたキョンシー達の蘇生符が光り、神の力が射出される。


 人間の頭ならばトマトの様に押しつぶせるような水塊、四肢をねじ切れる様な旋風、そして、身体を圧し潰す力球が、真っ直ぐに窓から出した大角の頭を狙った。


「バカかお前は!?」


 慌てて木下がハンドルを左に切り、ギリギリで神の力を回避する。


 眼前で通り過ぎた神の力。その意味は明白で、殺意と対話拒否を意味していた。


「くそ! 頼むから聞いてくれ! 俺達は全員騙されてるかもしれねえんだ! なあ! お前達は知らないか!? 先生が一体何をされたのか! 知らねえのかよ!?」


 それでも、と大角は首を出し、ケンジ達へ声を張り上げる。自分達はきっと騙され、利用されたのだ。こんな戦いなんてする意味が無かったのだ。


 それを伝えなければならない。もう、家族と呼んでくれないと分かっていても、世界で二番目に大事な家族がこれ以上傷を負わない様にしなければいけない。


 けれど、大角の言葉を受けたケンジ達の顔から憎悪と憤怒が一部たりとも消えず、それどころか増すばかりだった。


「うるせえ大角! お前はもう俺達の家族じゃねえ! お前は俺達から先生を奪った! 俺達がずっと追い求めた理想を穢そうとした背信者だ! お前の言葉は何も聞かない! お前の言葉なんて何も聞いてやらない! 俺達が求めるのは只二つ! 先生の奪還とお前の惨たらしい死に様だけだ! 死ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 聞く耳をケンジ達は持っていなかった。そして、ケンジ達に話を聞いてもらうことは未来永劫自分には無理なのだと、大角は悟った。


 恨まれれていると、憎まれていると、大角には分かっていた。自分がこれから先何をどうしようとも昔の様に話せないと分かってはいた。それが現実と成って今この場に現れたのだ。


「大角! 諦めろ! これはお前がした選択だ!」


 運転席から木下が叫ぶ。その言葉に慈悲は無く、慰める意図は何も無い。だが、改めて言葉にされ、大角は諦めが付いた。


「……クソ!」


 顔を引っ込め、窓を閉じ、大角は桃島を抱く力を強くした。


「ホムラ、出力を上げろ!」


「分かってるわ」


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 炎の柱が生まれ、ケンジ達の肌を焼き、再び距離を離す。


 その直後だった。


 ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 強烈な風の音が窓ガラス越しに鳴り、ケンジ達と大角達の乗る車を分断する様に小規模な一対の竜巻が生まれた。


「関口主任か!」


 恭介の言葉に希望の色が灯る。


 フロントガラスへと大角が目を向けると、空から大型バイクに乗った男とその後部座席に立ったキョンシーが降って来た。

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