⑦ 後輩を救え
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「ハハハハハハハハハハハハ! やはりお前は強いな!」
「光栄でございます」
狭い室内の中でヨダカの大太刀が暴れ狂っていた。熱を帯び、赤く変色した刀身が軌跡を描いて霊幻の四肢を狙って行く。
ヨダカの脳にインストールされた技術が、屋内と言う、大太刀での戦闘に不向きな場所での局所戦闘を可能にしている。
しかし、それだけではない。切っ先の進路には天井、柱、床、様々な障害物があったが、それら全てをヨダカは力技で突破しているのだ。
「膂力ならば吾輩よりも上なことはある!」
「シッ!」
ブォン! 霊幻が蹴り上げたソファをバターの様にヨダカが力任せに両断する。
「充電!」
一瞬、遮られた視界。その隙に霊幻は左手へ紫電を帯電させた。
「放電!」
バリバリバリバリ!
解放された紫電は短距離の落雷と成ってヨダカの左肩へと落ちる。
超精密電子デバイスである蘇生符によってその存在が保たれているキョンシーにとってエレクトロキネシスは大敵だ。体の何処に落ちたとしても電流は蘇生符にまで伸びその機能を破壊する。
対キョンシーに対して必殺の威力を持っている紫電。ヨダカはそれを左肩にもろに受けた。
だが、ヨダカの眼には意思の光が強く残っていた。
「シッ!」
返す刀で大太刀を振り上げ、ヨダカは霊幻を追撃する。
それを捌きながら霊幻は笑い声を上げた。
「ハハハハハハ! お前には吾輩の紫電が上手く効かんからな! 全くやり難い相手だ!」
改造キョンシーであるヨダカの体は無数の金属パーツで構成されている。通常、強烈な電撃を浴びれば一発でアウトだ。
しかし、ヨダカのPSIはサーマルキネシス。高温において金属の電気伝導性は著しく損なわれる。霊幻の左眼の赤外線ディテクターはヨダカの表面体温が今五百℃まで上昇していると見抜いていた。
熱せられた今のヨダカは巨大な絶縁体だ。頭部に直接紫電を浴びせなければ撲滅できない。
紫電を最小限に纏いながら、霊幻は白刃を避け続ける。
ヨダカの膂力で振るわれる刃を霊幻の体では止められない。
近接戦闘での攻撃力においてヨダカは霊幻よりも一段階上のステージに居た。
――持久戦ならば撲滅は可能なのだが。
時間を掛ければ、霊幻はヨダカを撲滅できるだろう。ヨダカのサーマルキネシスの最大持続時間は十分程度。その時間であれば大太刀から逃げ回るのは容易い。
加えて、今のヨダカの攻撃には霊幻を撲滅しようという意図は感じられなかった。
「ハハハハハハハハ! 本当に足止めだけをやるつもりなのだなお前は!?」
「ええ、ワタクシが命じられた遊技はそれでございますから」
ブォン! ブォン! ブォン!
付かず離れず、この住宅内から出さない様に。ヨダカの真っ赤な刃はそれだけの為に振るわれていた。
これでヨダカが攻めて来るのであれば、霊幻は片腕を犠牲にしてカウンターを仕掛けられた。だが、ギリギリの距離でヨダカは立ち回っているのだ。
「吾輩は京香を奪還しに行かなければならんのだ。そこをどけヨダカ! ハハハハハハハハ!」
「我が主も同じ気持ちでございます。もうしばらくワタクシと遊んでくださいませ」
***
「マイケル、四課、五課からの救援ハ?」
『掛け合ってみたが大人数は無理だった。どっちも事後処理に追われてる。ただ、関口が来てくれる。何処に行けばいいのか聞かれてるぜ』
「キョウスケの位置情報ハ?」
『もう送ってある』
「スマート」
セバスチャンに抱えられ、ヤマダはシカバネ町西区を疾駆する。目指すのは南区から中央区に向かっているらしき恭介の所だ。
何処かでタクシーでも拾えれば良かったのだが、テロ騒ぎの所為で一台も見当たらなかった。
ヨダカが、いやスズメが裏切るとは思わなかった。いや、ヨダカの言葉を受けるのなら、裏切ったわけでは無いだろう。スズメが京香の身の安全を出しに脅されたのだ。
霊幻が西区の住宅街へ突撃した直後、ヨダカからヤマダはスズメへ来た脅迫について聞いた。
それは同時に裏切り者の情報を示す物だった。
――まさか、あの人が裏切っていたなんて。
スズメを脅したという人間。それはハカモリの捜査官であり、ヤマダにとって予想外の人間だった。
「一体、いつから計画されていたんでしょう」
おぼろげながらヤマダは今回の真相が見えてきた。
「まんまと釣られまシタ」
無論、全てが全て相手の想定通りだったわけではあるまい。
だが、そもそもの始まりから罠だったのだ。
「穿頭教の生体サイキッカー、なるほど、魅力的な餌でしたネ」
ヤマダは京香の姿を思い浮かべる。年上で、でも、自分よりも遥かに脆い、後輩で上司の細い背中。
敵は清金京香を熟知している。場合によっては自分達以上にだろう。
故にこんな作戦を立てたのだ。
「セバス、急ぎなサイ」
「承知しておりますお嬢様。既に全速力です」
セバスチャンの身体への改造は人工筋肉への置き換えが主で、霊幻の様な機械化はされていない。人間では出せない速度で走っているが、今必要な速さは無かった。
――運び屋と早く合流しないといけませんね。
既にヤマダは対策局に運び屋を申請している。今、ヤマダのスマートフォンのGPS機能を辿って車が走ってきているはずだ。
二分半後、ヤマダの視界にピンクのワゴン車が見えた。
あれは対策局の運び屋達のトレードカラーだ。
「セバス!」
「はい」
ドリフトする様に停車したピンクの車へ最小限の動きでヤマダとセバスは入り込む。
運転席の専門ドライバーがヤマダへと行き先を聞いた。
「場所は?」
「ここニ」
スマートフォンをスワイプし、カーナビゲーションに恭介の現在位置を表示する。
今、彼は南区の道路を右に左に逃げ回りながら中央区を目指している様だ。




