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⑥ 逃げろ




***




 ピピピピピピピピピピピピ!


 恭介のスマートフォンへヤマダからの着信が来たのは突然だった。


――何だ?


 ヤマダ達は清金救出作戦に行っている筈だ。わざわざ恭介へ電話をかける理由がパッとは思いつかなかった。


――まさか、増援が必要だから来いって言う気か?


 忌避と期待が同時に恭介の胸に上がってきた。もしも、来いと言われたら恭介はホムラとココミを連れて清金京香奪還作戦に加わるだろう。命令された方が楽な事もあるのだ。


 ない交ぜに成った気持ちを抱えたまま、恭介は着信音が鳴り続けるスマートフォンを耳に当てた。


「はい、木下です、ど――」


『今すぐそこから逃げてくだサイ』


――うしましたか?


 恭介の言葉を遮ってヤマダが早口で言った。声はいつも通り淡々としていたが、焦っている印象を受けた。


「え? どうしたんですかヤマダさん?」


 戸惑いながらも恭介は立ち上がり、身振りでホムラとココミも立たせていた。


『隠れ家の場所が敵にバレまシタ。そこは一番危険な場所デス。うだうだ言わずに早ク。ハリーアップ』


「全員立て! 逃げるぞ!」


 状況を理解した瞬間、恭介は自分を見上げていた全員へ指示を出した。


 ドタドタドタ。ガラガラガラ。


「ホムラ、ココミ! 周囲を警戒! PSI発動を許可する! 敵が来たら迎撃しろ!」


「うるっさいわね。分かったわよ」


「……」


 入口のシャッターを押し上げ、恭介はホムラとココミを外に出させる。


 そして、テーブル席に呆けたままこちらを見ていた大角へ叫んだ。


「早く来い! 死にたいのか!」


 え? と大角が声を出した。恭介の言葉の意味が分からない様だ。当然だろう。大角は恭介がヤマダから聞いた内容を知らないのだから。


「ここの居場所が敵にバレた! すぐにでも追手が来る! さっさとここから逃げるんだよ!」


「それは、先生も連れて行って良いのか?」


 桃島の肩を大角が抱いた。ガラス細工を持つような繊細な動きだ。


 一秒でも時間が惜しい今、その動きが恭介にはひどく緩慢で苛立たしい。


「ごたごたうるせえよ! 早くそいつを持ってこっちに来い!」


「あ、ああ!」


 ドカドカドカ! 桃島を抱えた大角と共に恭介も外に出る。


 一歩先に外に出ていたホムラとココミは手を繋いでゆっくりと周囲を見渡していた。


――まだ敵は来てないか!


 少しばかりの安堵を恭介が覚えた瞬間、ホムラがキッと左方向を向き、額の蘇生符が赤く輝いた!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 強烈な火柱が広範囲に渡って生まれ、隠れ家隣の倉庫を燃やす!


「来たわ。急いで」


「……」


「クソ!」


 今の高出力な炎は足止めだろう。最早そうでなければ追い付かれる距離に敵は居るのだ。


 全力で走り、恭介は隠れ家の脇に置いていたレンタカーへと乗り込み、後部座席へ大角が桃島を抱えて座った。


 エンジンを掛け、アクセルを踏みながら恭介は窓を開けてホムラとココミへ叫んだ。


「ホムラ、ココミ! 来い!」


「ちっ!」


「……」


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 新たな火柱を別方向へと生み、ホムラがココミを抱えて走ってくる。


 恭介は右手近くのスイッチを押し、助手席側のドアを開けた。


 緩やかな加速を見せるシルバーの軽自動車。時速六十キロメートルまでならばホムラでも追いつける。


 ホムラはココミを抱えたまま、すぐに恭介の運転する車へ追いつき、助手席へと飛び乗った。


「何で助手席なのよ? こんなに狭い場所にわたしとココミを乗せるなんて。いや、ココミ勘違いしないでね。あなたをこうして膝の上に載せるのは大好きよ、愛してる。ただ、こいつに対して不満があるだけなのよ。だってそうでしょう? こんな狭苦しい場所で、ココミを不自由にさせるんだから」


「……」


「後にしろ!」


 右足を踏み込ませ、一気にシルバーのレンタカーは加速する。


 危険運転を感知したAI機能がアラートを鳴らした。




***




 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 巨大な火柱がシカバネ町南区に上がった。


――ホムラのパイロキネシス!


「まあまあ、見つかったわ。あそこに居るみたいね」


「カアサマ、前に出過ぎです。見つかったら面倒な事に成ります」


 京香、クロガネ、そしてシロガネが居たのは火柱から四十メートル程離れていた家具工場の屋根の上。京香は四肢をビニール紐で拘束されたまま、クロガネの砂鉄で宙に浮かされていた。


 身じろぎに反応してジャリ、ジャリと砂鉄が擦れるが、京香の肌に傷を付けることは無かった。どうやら、クロガネのマグネトロキネシスの操作性は京香のソレよりも優れているらしい。


「クロガネ、離して」


「だぁめ。だって離したら京香は逃げちゃうでしょ? 折角親子が再会できたんですもの。一緒に仲良く暮らしましょう?」


「あそこにはアタシの大事な後輩が居るのよ」


「家族の方が大事でしょう? 赤の他人なのですもの、また作れば良いわ」


――通じない。


 先程から試してはいたが、クロガネは京香の言葉を全く取り合わなかった。母を、清金カナエを素体としていたとしても、その思考回路はキョンシーとして変質してしまっているようだ。


――どうにか逃げ出さないと。


 何度も京香は脱走を試みたが、両手両足を縛られ、脳は茹ったままであり、なおかつ、自分の上位互換と呼べるマグネトロキネシストの前ではあらゆる策が思考の段階で露と消えた。


 結果、京香にはこうして恭介達が襲われているのをただ見る事しかできなかった。


 数度の火柱が生まれ、京香の視線の先で、恭介がホムラとココミ、そして大角と桃島を乗り込ませ、軽自動車を出した。


――桃島を見捨てて!


 そう言いたかったが、この距離では京香の声は届かない。


 敵の、残る穿頭教徒達の目的は明白だ。桃島さえ奪還できれば奴らは恭介達へ手を出さないだろう。


 だが、恭介は桃島達を見捨てなかった。恭介の身の上は京香もある程度知っている。両親はバラされ、妹は壊されて人恵会病院で今も眠っている。その悲劇の引き金を引いた組織の中に穿頭教は関わっているのだ。


 素体狩りを行う犯罪組織。それに関わる様な者は全員が全員死んでしまえば良いのに、そう、恭介も考えているだろうに、何故、見捨てても誰も糾弾しないこの状況でわざわざ重荷を背負うのか。その思考を京香には理解できなかった。


 恭介が運転する車が丁度京香達が居る方向へと走ってくる。


 その後ろからはキョンシーに抱えられたキョンシー使いが追走していた。数は三組。どのキョンシーも身体機能は改造されたPSI持ちだ。


――ハイドロキネシスにエアロキネシス、そしてテレキネシスか。ホムラとココミじゃ倒せない相手。


 入り組んだ工場地帯ではスピードを出せない。恭介達の軽自動車と敵の距離は直ぐにゼロに成った。


 その時、軽自動車の助手席側の屋根へ引き裂かれる様に穴が開き、そこからホムラの頭が飛び出した。


 ホムラもまた改造キョンシー只の自動車の屋根くらいならば腕力で破壊できる。


 第六課のパイロキネシストは視線を迫り来る穿頭教徒達へ向けていた。


 夕日と共にホムラの蘇生符が赤く輝く!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 三つの火柱が的確に迫り来る穿頭教徒達を包んだ。


 体に火が付いた穿頭教徒達の速度は減速し、恭介達から距離が生まれた。


――このまま逃げ切って!


 しかし、敵にはハイドロキネシストが居る。まず、生み出された水塊が自身とそのキョンシー使いの火を消し、放たれた水流が残る二組の物も消した。


 すぐさま、敵の追走速度は加速し、再び恭介達とは距離が縮まっていく。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ホムラが連続してパイロキネシスを発動するが、水浸しと成った敵相手では威力が半減している。発動の度に一時的に距離は離せているが、逃げ切るのには至らなかった。


 京香達が立つ工場を正面に恭介達の車が右へ曲がる。意図は京香にも分かった。大通りへ入り、キョンシー犯罪対策局実行部のある中央区へ行くつもりなのだ。


「あら早い早い。京香、シロガネ、私達も追いましょう」


「ええ、カアサマ。ボク達の目的を果たしましょう。これ以上は欲張りかもしれませんが」


 クスクスクス。黒と白のキョンシーは笑い合い、そして、その場から一気に加速した。


 砂鉄に縛られた京香の体にジェットコースターに乗った時の様な慣性が働く。


 追うのは前方の逃走車。


 三組のキョンシー使いに加え、一級品のマグネトロキネシストと未知のPSI使い。


 このままでは、恭介達が逃げ切れる可能性は万に一つも無かった。

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