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④ 火照り




***




「こちらでございます」


 ヨダカが霊幻、ヤマダ、セバスチャンを連れて来たのはシカバネ町西区だった。


 つい数時間前、穿頭教徒が現れたばかりだと言うのに西区の雰囲気はいつも通りに戻っていた。


 公園では子供が遊び、夕食の材料を買い込んだ大人達が喋りながら帰路に付いている。


 霊幻はそんな日常の光景を眺め、素晴らしいと頷いた。やはり、罪なき者がいつもの様に過ごせると言うのは何物にも代えがたい素晴らしい光景だった。


「ヨダカよ、スズメはどうやって京香の居場所を突き止めたのだ? 監視カメラは無効化されていたのだろう? まさかツバメをひたすら尾行させたのか?」


「スズメ様はシカバネ町全ての監視カメラをハッキングし、不可解なノイズで一時的な動作不良を起こしていた監視カメラをピックアップし、京香様が囚われている場所の目途を立てたのでございます」


「なるほど。流石スズメだ。京香の事に成るとあいつの覚醒具合はすさまじい物に成るな」


 間違いなくスズメは鬼気迫る表情でキーボードを叩き、京香の姿を探したのだろう。葉隠スズメにとって清金京香はほぼ生きる意味だ。京香の為ならば残り少ない寿秒を削ってでもあのハッカーは死力を尽くす筈だ。


「皆様、お見えになりますか? 前方二十五メートル先の一軒家。そこに京香様が捉えられている筈です」


 ヨダカが指差したのはこのキョンシーの言う通り何の変哲も無い一軒家だった。駐車場にはシルバーのファミリーカーが置かれ、庭付き二階建ての家である。


 シカバネ町の西区において一軒家を持つという事には一つの意味を持っていた。


「マイケル、あの家の住民データはあるか?」


 霊幻は通話モードにしておいたスマートフォンへ話しかける。グループトーク画面が開かれており、その中にはこの場に居る者達だけでなくマイケルのアイコンがあった。


『ちょっと待ってろ今調べる。……あったあった。加藤って苗字の五人家族が暮らしている。内訳は父、母、次男、長男、長女』


「素体ランクは?」


『平均でC+。長男はB-だってよ。すげえな、優秀な一家じゃねえか』


 画面の向こうでヒュウ! とマイケルが口笛を吹いた。


 どうやら、あの家の住民達はとても優秀な素体であるらしい。


「生きてはおるまい」


『だろうな』


 霊幻の脳内では既に予想が立っていた。あの家屋の中に本来の住民は既に存在していないだろう。死んだか攫われたかバラされたか。どれが答えであるかは分からない。


 シカバネ町において住民登録は厳格であるが、死亡登録は曖昧である。居る筈の住民が居る筈の住居に一人も居ないこの事態。統計的に五人家族全員が無事である可能性は無視できる程に低かった。


「まあ、死んでしまった物は仕方がない。対価はいつか何処かで必ず支払わせるぞ。今は京香の事だ。誰か何か作戦はあるか?」


 霊幻はヨダカとヤマダへ眼を向けた。


「ワタクシか霊幻様が突撃。残る一方とヤマダ様が迅速に京香様を救出するのが良いと思考いたします」


「異議ナシ」


「よかろう、吾輩の予測でもそれが成功率の高い良い作戦だ。突撃役は吾輩がやろう。この中で一番丈夫だ」


 ヤマダがラプラスの瞳を装着し、セバスチャンに抱えられるのを霊幻は待った。


「お待たセしまシタ。霊幻、後はゴ自由ニ」


「素晴らしい! では、行ってくるぞ!」


 バチバチバチバチィ!


 紫電を纏い、霊幻は全速力で駆け出した。


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


 穏やかだった住宅街に狂笑が響き渡る!


 僅か一秒の時間で霊幻の巨体は京香が囚われているという一軒家へ到達した!


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 バァン!


 勢いを一切緩める事なく、霊幻は玄関ドアを肩から突き破った。


 紫電を纏った霊幻の突進が持つ破壊力は全速力の乗用車がもたらす正面衝突に等しい。


「京香、居るか! 吾輩の相棒よ! お前のキョンシーが助けに来たぞ!」


 玄関ドアを破壊した霊幻の体は勢いを殺さず、そのままリビングへと到達する。


 そこで一度立ち止まり、霊幻は左右へ首を振った。


――京香は何処だ?


 人、もしくはキョンシーが居た形跡はある。しかし、少なくともこのリビングに京香の姿は無かった。


 霊幻は聴覚へ意識を向ける。人間の気配は今居る一階はおろか二階にさえ無かった。


――逃げられたのか?


 真っ先に霊幻が立てた予想は、救出作戦が一歩遅かったという物だ。わざわざ一か所に敵が留まる理由は無い。


 続いて立てた予想は、スズメが京香の監禁場所を間違えたという物だ。しかし、これを霊幻は否定する。あの葉隠スズメが清金京香の一大事にそんな単純ミスをする筈が無かった。


「そうなると」


 最後に立てた予想は、ほとんど確信を持った物だった。


 ト、ト、トトトトトトトトトトトトトトトトトト!


 重さを感じさせない軽やかな音が霊幻の耳に届く。


 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!


 霊幻は紫電の出力を上げて背後へと振り向いた。


 先程破壊した玄関の向こう、腰の白鞘の大太刀に手を掛けたヨダカがこちらへと突撃していた。


 ヨダカの視線は真っ直ぐに霊幻を捉えている。そこには戦闘の意思があった。


 何とヨダカは戦おうとしている? この加藤家には今、霊幻しか居ないと言うのに。


 一つしか答えは無かった。


「ハハハハハハハハハハハハハハ!」


 チャキ! 大太刀が抜かれ、白刃が一度夕日を浴びて煌めいた。


 トトトトトトトトトトトトトトトトトト!


 重さを感じさせない足運びでヨダカが加藤家へと突入する。


 そして、瞬きの間、一足一刀まで霊幻とヨダカの距離が縮まった。


「シッ!」


 ブォン!


 息を吐く音。上段から大太刀が霊幻へと振り下ろされた。


 切先が力任せに天井を破壊する。


 研ぎ澄まされ、重く、硬い鋼鉄の刃。改造キョンシーの膂力で振るわれたソレを霊幻の四肢では受け止める事が出来ない。


 霊幻は一足左前に踏み出す事で白刃を避け、紫電を纏った右拳をヨダカの顔面へと放った。


 だが、ヨダカの反応は早い。振り下ろし切った筈の大太刀をまるで小枝かのように軽く振り上げ、大太刀の持ち手で霊幻の拳を受け止める。


 ガァン! 踏ん張らずに衝撃を殺して、ヨダカは回転しながら三歩ステップを踏んだ。


 狭いリビングの中で霊幻とヨダカは向かい合う。


「ヨダカよ、何のつもりだ?」


 両拳を構えて、霊幻は白刃を晒す黒服のメイドのキョンシーへ問い掛ける。


 明確な敵対行動。つまり、霊幻の撲滅対象と言う事だ。


 ヨダカは恭しく頭を下げ、大太刀を構える。


「ワタクシとスズメ様に霊幻様達への敵対の意思はございません。けれども、ここで霊幻様を足止めする様にスズメ様からご指示を承ったのでございます」


 そう言った瞬間、ヨダカの額の蘇生符が赤褐色に淡く輝いた。


「ハハハハハ! PSIを使うのか! もはや、言い逃れはできんぞ!」


 シュウウウウウウウウウウウウ。


「ああ、でも、良かった。誘いを断られたあの夜から、ワタクシの体は火照ったままだったのです」


 ヨダカの周囲の景色が僅かに歪む。急速にその身体の温度が上昇し、熱せられた空気の屈折率が変化しているのだ。


 設置型のサーマルキネシス。自身の体温を調整するのがヨダカのPSIだった。


「霊幻様、この火照りが収まるまで、しばし、ワタクシと遊んでくださいませ」


 そして、大太刀が霊幻へと振り下ろされた。

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