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③ 救出隊




***




「おお! 恭介戻ったのか! そちらでも問題が発生したようだな!」


 ハハハハハハハハハハ!


 元の部屋に戻った恭介へ霊幻が笑った。声はいつもの様にやかましく、恭介は耳を塞ぎたくなる情動にかられた。


 清金京香の誘拐、桃島のPSIの改竄。突発的に湧いた二つの大き過ぎる問題を前にして、恭介の中でいくつかもの言葉が浮かんでは消えていく。


 ハハハハハハハハハハ!


 霊幻以外の部屋に居る全員が口を閉じていた。互いの問題を共有できていないのだ。そして、双方の問題を知っているのはこの場において恭介しかいない。


――どうするのがこの場の最善だ?


 何故、自分がこんなことを考えなければならないのか。新人には新人らしく簡単な仕事を回すべきだ。そう愚痴りたくとも相手がいない。


 ジッと、部屋にいる全員がこちらを見つめていた。


 恭介はフレームレス眼鏡を整え、意識を切り替える様に口を開く。


「まず、互いの状況を整理しましょう」


「では、マイケル達の方から頼む。吾輩達の方は恭介が去った時から話が進んでいないからな」







 マイケルとアリシアからの状況報告に霊幻がゆっくりと頷いた。


「……つまりあれだな? あそこの部屋に要る者達を撲滅しても構わないのだな?」


 バチ、バチバチ。霊幻の体が僅かに帯電する。今すぐにでも隣の部屋へ駆け出し、大角達を殺しに行かんばかりだ。


「待って霊幻。今はそんな場合じゃない。少しでも状況をまとめたいんだ。大人しくしてて」


「ふむ。まあ良い。あいつらくらいならばいつでも撲滅できる。まずは京香の話をしなければな。ヨダカ、待たせたな、お前が持って来た情報を話せ」


 全員の視線が隠れ家の入口付近で直立していたヨダカへと向けられた。


「承知いたしました。マイケル様とアリシア様もいらっしゃるので、初めからお話いたします。本日の午後二時頃、京香様が敵キョンシーに敗北し、攫われてしまいました。スズメ様の命により、ワタクシは京香様の奪還を申し付けられております。皆様、どうか協力をしてくださいませ」


 しずしずと言われたヨダカの言葉にマイケルがブッと噴き出した。


「おいおいマジかよ! 京香が攫われただって!? 人類最強のサイキッカーのあいつが!? どんな相手と戦ったんだよ!」


「既に把握しております。恭介様へ先日接触したマグネトロキネシスト、クロガネと京香様は会敵いたしました。その場には白いワンピースを着た未知の白髪のキョンシーも居ました。京香様は充様と一緒に居りましたが、勝つことが出来ずに攫われてしまったのです」


――あいつか。


 恭介の脳裏に先日会った喪服姿のキョンシーの姿が浮かぶ。清金京香の母、清金カナエの体を素体にしたというマグネトロキネシストだ。


「確かにマグネトロキネシスト相手では吾輩の相棒でも荷が重いだろう。だが、そう簡単に京香が負けるとも思えん。ヨダカ、その白髪のキョンシーはPSI持ちか?」


「ええ、間違いなくそうでございます。我が主はおそらく設置型のテレキネシストだと推測しておりますが、詳細は不明でございます」


「……なるほど。マグネトロキネシスト相手にPSIは無力化され、テレキネシスト相手にトドメを刺されたか。逃げれば良い物を。京香は冷静さを欠いていたのか?」


「霊幻様の言う通り、京香様の動きに精細さは欠けておりました。激昂し、砂鉄と鉄球を振り乱しながらの突撃。とても冷静であったとは思えません。ただ、京香様と充様はシカバネ町北区の関所近くに居りました。退路はクロガネ達に塞がれておりましたので、正面突破以外に道は無かったと思われます」


 痛ましそうにヨダカが首を振る。蘇生符の奥の表情は悲しげで色気があった。


「まるで見てきたように言うんですね」


 ヨダカの物言いに恭介は引っ掛かるところがあった。あまりにも状況説明が詳し過ぎる。


「ええ、見てきたのでございます。ワタクシではありませんが。葉隠スズメがキョンシーの内の一体、ツバメがこの数日京香様を尾行しておりました。ああ、ツバメの視覚データならば後ほどお渡しいたしますのでご安心ください」


「尾行? 清金先輩を?」


「我らが主なりの愛でございます」


 サラリとヨダカは言い、恭介は唖然と口を開いた。霊幻達は殊更特別な反応はしていない。どうやら葉隠スズメが清金をストーキングするのはいつものことらしい。


 一度うやうやしくヨダカは頭を下げ、そして全員を見渡した。


「スズメ様は全身全霊を賭けて京香様を捜索しております。我が主の腕ならば日の出ている内にでも京香様の居場所を見つけ出すでしょう。いかがでございましょう? ワタクシの京香様奪還作戦に加わっていただけないでしょうか?」


 ヨダカの視線が部屋の全員へと向けられる。


 真っ先に手を上げたのは恭介の予想通り霊幻だった。


「吾輩は行こう。京香の危機なのだ。吾輩が動かない理由は無い」


 続いて、ヤマダとマイケルが手を上げた。


「ワタシも行きマス」


「俺も行くぜー」


 一部の迷いも無く、彼らは清金を助けに行くと宣言した。清金が負けた様な相手だ。命の危険は十分に考えられる。そのリスクを理解していないはずが無いのにだ。


 逆に真っ先に引いたのはアリシアだった。


「私は止めておきます。リスクが高過ぎますから。それに今回の私のやらかしの後始末をしないといけません。ああ、皆さんの行動を邪魔する気はありません。依頼していた穿頭教徒の護衛は今をもって撤回します。勿論、報酬は初めの約束通り支払いますよ」


 アリシアが肩を竦める。彼女にしては珍しく、ばつは罰が悪そうな顔をしていた。


――一体、桃島達に何があったんだ?


 現時点で恭介が把握できたのは、桃島が生体サイキッカーであるというそもそも前提が噓っぱちであったということだけだ。この様な状況でなければ、恭介は桃島達について詳細をマイケルやアリシアに問い掛けただろう。


 ヨダカの言葉に答えていないのは恭介だけに成っていた。


 部屋の脇のソファに座っているホムラとココミを恭介は見る。二体のキョンシーは全く持って外界に興味が無い様で、こちらへと視線すら向けなかった。


 恭介は考える。助けられるならば、清金を助けに行くべきだろう。しかし、この救出作戦には間違いなく危険が伴う。クロガネと言うキョンシーはココミを狙う高原の一味だ。警戒が必要であり、リスクを冒すべきではない。


 何より、死にたくは無かった。


 攫われたのが優花であったのなら、恭介は迷わず救出作戦に乗っただろう。そこに迷う余地は無い。木下優花は木下恭介にとってそういう対象だ。


 だが、清金京香はどうであろうか。彼女に対して能動的に命を賭けることを木下恭介はするのだろうか。


「恭介様、ゆっくりとお考えございませ。スズメ様が京香様の居場所を見つけ出すまで今しばらくの時間がございます」


 悩む恭介へヨダカがしっとりと話しかける。


 時間はまだもう少し余裕がある様だ。けれど、恭介は直ぐに回答を出す気でいた。


「……僕は――」


 そして、恭介は選択を口にした。







 一時間後。


 ソファに座り込み、恭介は深く息を吐いていた。


 結局、恭介は清金京香の奪還作戦に参加しないことを選んだ。


 つい先ほど、清金が運ばれた場所が突き止められ、霊幻達は現場へと向かっている。


 恭介は一人――正確にはホムラとココミも含めて一人と二体――南区の隠れ家に残されたのだ。


「……なあ、恭介、先生はこれからどうなるんだ?」


「知らないよ」


 残ったのには理由があった。大角と桃島の監視である。


 もはや、恭介達が守る価値を桃島は欠片も持っておらず、このままハカモリへ引き渡す手筈に成っていた。


 霊幻はこの場で大角と桃島を撲滅するべきだと主張した。アリシアもそれに反論しなかった。


 しかし、それを恭介が止めた。


 桃島を庇って霊幻の前に立ち、自分達を撲滅しようとする紫電からどうにか逃れようとしていた大角の姿につい恭介の口から言葉が漏れてしまった。




『穿頭教徒達は桃島を取り返しに来たんだ。この二人は交渉材料に成る。殺す判断はまだ早過ぎる』




 恭介の言葉に一理あると認め、霊幻は紫電を収めた。大角達の命は皮一枚で繋がったのだ。


 だが、アリシアはもう塵芥程の興味も桃島へ向けておらず、足早に部下達を引き連れて撤収した。『後は任せますね』という身勝手な捨て台詞を残してだ。


 無論、大角と桃島関係の雑事を霊幻達がやる理由も義理も無い。彼らは清金の奪還作戦にのみ意識を傾けていた。


 結果、恭介は京香を取り戻す、又は取り返す算段が立つまで大角と桃島を見張ることに成ったのである。


 倉庫を模した隠れ家に居るハカモリの捜査官は今、恭介だけだ。


 恭介の視界の少し先のテーブル席では桃島と大角が寄り添う様に座っている。


「どうしてこんなことに成っちまったんだ。俺は先生を元に戻したかっただけなのに。先生は生きているんだ。死んでない。キョンシーに成ってないんだ」


 物言わぬ桃島を抱き締めて、お揃いのニットキャップを被った大角がぶつぶつと呟いている。


 聞いているだけで滅入ってくるBGMだった。


 たとえ、これから先どうなったとしても、大角と桃島には未来が無い。唯一の後ろ盾であったハカモリは梯子を外した。元居た仲間達を裏切った。拠り所としていた〝先生〟は穴の空いた肉人形。


――自業自得だ。


 そう恭介は思った。今までの対価を支払う時が来たのだ。


「……はぁ」


 恭介はソファ前のガラステーブルに置いた自身のスマートフォンを見つめる。これへ連絡が来るまで大角と桃島を見張りながらこの場で待機するのが今の業務だ。


――早く終わってくれ。


 気が滅入っている。恭介はこの重苦しい空気を早く終わりにして欲しかった。

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