② 腐った桃
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「これは〝改竄〟だ!」
言葉の意味を大角は理解できなかった。
でっぷりと膨らんだ腹を持つこの男、マイケルは研究者らしい。新しい隠れ家にて合流したこの男は我が物顔でペタペタと桃島の事を触り始めたのだ。
それ自体は良かった。大角としては無遠慮に触って欲しくは無かったけれど、それが必要だと理解できる。
事態が変わったのは突然だった。桃島の頭の中を覗き込んでいたマイケルが急に「アリシア、そこの大男を押さえ付けてろ」と言ったのだ。
何か言う暇も無く大角は複数人の男に床に押さえ付けられた。
大角は暴れ、抵抗したが、多勢に無勢、床から顔が上がる事は無かった。
そして、二分か三分の時間をかけて、マイケルは二三アリシアとやり取りをした後、叫び散らしたのだ。
大角には訳が分からなかった。頭上で聞こえる怒号は、桃島は人の身で神の力を宿らせたのではなく、その身がキョンシーに成っていると言っていた。
それはつまり、大角が最も愛する桃島が、もう死んでしまっているということだ。
「そんな筈ねえよ! 先生は生きている! キョンシーじゃない! だって、蘇生符が頭に付いてねえじゃねえか!」
認められるはずの無い暴言に大角は床に押さえつけられたまま叫んだ。
そうだ。桃島が死んでいるはずが無い。だって、息をして心臓が動いている。頭に蘇生符を付けてないのにだ。それはまさしく生の証明だ。
「あ? うるせえよ! 心臓が動いてようが息をしてようが! 脳が死んでりゃキョンシーなんだよ! お前には分からねえかもしれねえが、こいつの脳にはナノデバイスがびっしりとカビみてえに埋め込まれてやがる! 腐った桃みてえにな! これは蘇生符を分解したもんだ。つい最近理論化されたばかりのな。俺も昨日までの学会で何度も発表を見たぜ」
「そんなの知らねえよ! とにかく先生は生きてんだよ! お前が言ってることは嘘っぱちだ! そうに決まってるんだ! 急に出てきて何なんだよお前はよ!」
大角は声を出す。けれど、それが反論に成っていないと分かっていた。違うから違う。嫌だから違う。嫌だから嫌。駄々をこねる子供の様な反論だ。
マイケルはドシンと床を踏み締め、頭を振りながら大角を見下ろした。
「この新技術は脳へ直接デバイスを埋め込む。少しでもずれたら脳細胞が電極で焼き切れておじゃんだけどな。ああ確かに穿頭教はピッタリだ。何せ初めから頭に穴が開いてんだからな。脳にデバイスを埋め込むなんて簡単だ。はっきりと言ってやるお前らは利用されたんだよ!」
「違う! 違う違う違う! そんなはずない! 確かに先生が神の力を手に入れるのに外部の力を借りた! でも、先生は生きている! 生きたまま神の力を手に入れたんだ! そのために先生はそんな姿に成ったんだよ!」
「うるせえよ。お前はあれだろ? 俺が何をどう懇切丁寧に説明しても理解できないしする気も無いんだろ? もう良いよお前は。俺はお前らにもう何の興味もねえ。おい、恭介! そっちで何かあったのか? 俺もそっちに行くぜ。こっちよりもマシそうだ」
マイケルの足が大角を跨ぎ、部屋の入口に居た恭介へと近づいていく。もう、この風船の様な男は大角へ何か話す気は無い様だ。
「マイケル、私も行きます」
そして、それは大角達をこの町へ引き込んだアリシアも同様だった。心底興味を失った様な声を出し、アリシアもまた大角を跨いで恭介達と共に部屋を出ようとする。
「お、おい! 待てよ! 話はまだ終わってねえだろ! 先生は死んでねえんだよ! 生きてるんだよ! キョンシーじゃねえんだよ!」
大角は部屋を出て行こうとするアリシアとマイケルを呼び止めた。四肢に力を込め、どうにか拘束を抜け出し、この研究者達を部屋に留めようとした。
しかし、アリシア達の足は止まらない。多少なりとも向いていた桃島への興味や感情が心底無くなってしまったかのようだ。
扉を閉める直前、アリシアが思い出したように口を開いた。
「ああ、九条、撤収の準備をしておいてください。もう、調べるだけ無駄ですから」
「了解です、アリシア主任」
そうして、手が空いていたアリシアの研究員達が動きを再開させる。
桃島へ取り付けられていたコードや電極が一つ一つ速やかに外され始めた。




