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⑰ 改竄




***




 恭介達が南区の隠れ家に到着したのは、アリシア達が到着してから二十分後だった。


 隠れ家は南区の廃倉庫にカモフラージュされていた。傍目には赤錆が見えてきたシャッターが目立つ倉庫であったが、中は清潔さが保たれ、急ピッチで用意したのであろう研究設備も整っている。


 第二課の研究員達が忙しなく歩き回り、桃島の体へ計測機器を取り付けていた。


「フウウウウウツウ! そいつが生体サイキッカーか! 俺にも近くで見せてくれ!」


「マイケル、私達の準備が終わるまで待ってください。素人で無くとも、部外者が近寄られると邪魔なんです」


「おいおいおい! 止めるなよアリシア! 大丈夫見るだけだって! お前達の作業の邪魔なんてしないって! この綺麗な曇りなき瞳を信じてくれよ!」


「あなたの巨体でうろつかれるだけで迷惑なんですよ。悔しかったらダイエットをしなさいな」


「この腹は幸せが詰まってんだぜ? それくらい勘弁しくれよ」


 桃島に近寄ろうとするマイケルの歩みをアリシアが体で遮っている。


「作業はいつ頃終わるんだ? 俺はあんまり待てないぜ?」


 ポンと腹太鼓を打ってマイケルはアリシアへじろりと睨む。今にも桃島の元へ向かってしまいそうな気配があった。


――いや、マイケルさんはやる気だな。


 恭介には、いや、この場所に居る全員が理解していただろう。このまま放っておけば、マイケルはアリシアの制止を無視して桃島を勝手に研究するに違いない。


「だから、あなたはここへ来て欲しくなかったんですけどね。……イチマサ、どれくらい掛かりますか?」


 嘆息しながらアリシアがイチマサ、つまり、九条へ声を掛けた。


 他の部下達へ指示を出していた九条は試算する様に片眉を上げる。


「一時間ですかね」


「おいおいおいおい! 長いぜ長過ぎるぜ! お前一時間がどれくらいか知っているか!? 三千六百秒! これだけあれば論文を三本四本読めちまうよ!」


「読んでれば良いじゃないですか」


「俺は学会帰りだぜ? 最新の研究内容はあそこで大体聞いちまったよ」


「うだうだとうるさい男ですね。分かりました。今まで測定した桃島のデータは上げますから、隅っこで大人しく読んでなさい」


 スススとアリシアが九条から取ったタブレットを操作して、ピコンとマイケルのノートパソコンが鳴った、どうやら、データのやり取りをしたらしい。


「これは生データだろうな?」


「ええ、平均化も平滑化もノイズキャンセルもフィッテングも何もしていませんとも、バックグラウンドありありの生データですよ」


「オッケー、了解だ。これで一時間は我慢してやるさ」


 重い体をどこかコミカルに動かしてマイケルが部屋の隅へと行き、地べたにノートパソコンを置いてカタカタとデータを読み始めた。


「……自由な人だな」


「キョウスケは研究者としてのマイケルを見たのは初めてですか? これでも今日はまだマシな方ですよ。どうやら機嫌が良いみたいですね」


「ええー」


 傍若無人とも言える振る舞いについ漏らしてしまった恭介のぼやきにアリシアが返事をする。


 恭介には信じられなかったが、この場でわざわざ嘘を言う理由も無い。アリシアの言う通り、研究者としてのマイケルはもっと酷い人間らしい。


――まあ、良いか。


 運転の疲れがジワリと肩から腰へ降りてきた。幸いにして途中で襲撃に会わなかったが、久しぶりの運転でアクセルを全開に走り抜けたのだ。レンタカーの自動アシスト機能無ければ、今頃恭介の体はミンチに成っていただろう。


 技術の進歩に感謝しながら恭介も休憩の体勢を取った。マイケルが座る地べたのすぐ近くには三人掛けベージュのソファが二つ置いてあり、既に奥側の一つにはホムラとココミが腰かけ、いつもの様な一方的なおしゃべりをしていた。


――何か安心する様に成ってきたな。


 ホムラとココミのいつも通りの行動に恭介はある種の安心感を覚えてきた。それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。


 もう一方のソファに座る直前、ハハハハハハと笑いながら霊幻が恭介へ近づいて来た。どうやら体の軽い調整は終わったらしい。


「恭介、ご苦労だったな! いち早く合流でき吾輩は嬉しいぞ!」


「霊幻、そっちも無事で良かった。……清金先輩は? 一緒じゃないの?」


「京香なら北区の方へ応援に行ったぞ。もうそろそろ戦いも終わった頃かもしれんな」


「なるほど」


 確かに北区に現れた穿頭教徒の数が最も多かった。清金が応援に行ったのも頷ける。


「清金先輩はこの場所って知ってる?」


「先程から電話しているのだが連絡が付かん。まだ戦闘中なのかもしれん。もしくは不注意でスマートフォンを壊したか。あいつは良くやるのだ。素晴らしい相棒だが、あれで結構なおっちょこちょいだからな」


 珍しい口調だと恭介は思い、それと同時に、清金が居ない場で霊幻とこうしてまともに話したのは初めてだと気づいた。


「そうなの? あんまり僕の眼にはそういう風には見えないけど、まあ、結構テキトーな人だなって思う時はあるけどさ」


「京香はお前の前では見栄を張っているからな。後輩の前でカッコ悪い自分は見せたくないのだよ」


 霊幻はハハハハハハと笑う。蘇生符の奥の瞳から感情を伺い知ることは恭介にはできなかった。


「そう言えば、ヤマダさんは? 第六課全体へメッセージが来てたよね? この近くで交戦してるんだっけ?」


「ヤマダくんなら問題無い。先程離脱したとハカモリ全体へ連絡が来ていた。敵のハイドロキネシストは取り逃がしてしまったようだがな。ヤマダくんには既にこの場所を伝えてある遠からず合流するだろう」


「なるほど。なら良かった」


「取り逃がしたと言えば、吾輩達とカーチェイスを繰り広げた敵のパイロキネシストとキョンシー使い一組も逃がしたと関口から連絡が来ている。エアロキネシストと他の人間は撲滅できたようだがな」


 恭介はまだ対策局全体へ来ていた連絡を確認しておらず、霊幻の言葉にスマートフォンをスワイプし、シカバネ町全体での現状を確認した。


「……穿頭教徒は大体捕まったみたいだ」


「三体のキョンシーと三人のキョンシー使いを除けばな。恭介の言葉を信じ、穿頭教徒達の頭数が吾輩達の知っている物の通りならばという仮定が付くが」


 ケンジの言葉を信じるのなら、今回のテロ行為に関わった穿頭教の頭数は、人間が二十四、キョンシーが十五。その中の内、三人と三体を除いて、捕縛または殺害または破壊の連絡がハカモリ全体へ届いていた。


「まあ、何はともあれしばらくは休憩だ。恭介、しっかりと休んでおくが良い」


「了解、お言葉に甘えるよ」


 ハハハハハハハハハ! 話したいことは話したのか、霊幻はマントを翻して、部屋の入口へと向かう。おそらく門番や監視をするつもりなのだろう。


――今は休むべきだな。


 改めて疲労を自覚する。今日はこれと言って戦闘をしたわけではない。しかし、気を張りながらの運転を我が物顔でするのには恭介はまだまだドライビングテクニックが足りていなかった。


 ボスッ。恭介はソファへと深く座り込み、眼鏡も外して、しばしの間眼を閉じた。







「マイケル、こちらの準備は終わりました。あなたも見て良いですよ」


「おお! 待ってましただぜ!」


 恭介は元気良いマイケルの返事によってうたた寝から目覚めた。時刻を確認すると午後三時を回ろうとしている。


 どかどかと部屋の奥へ向かうマイケルの背を見ながら、恭介は軽く欠伸をした。


「あら? キョウスケ。眼を覚ましまシタカ」


「……ヤマダさん、来てたんですか」


「ええ、ついさっキ。まだ眠そうデスネ? セバス、紅茶をふるまってあげなサイ」


「承知いたしました、お嬢様」


 恭介から少し離れた場所でヤマダが優雅に紅茶を飲んでいた。この匂いはアールグレイだろう。


「恭介様。よろしければ、どうぞ」


「あ、うん。ありがとう」


 セバスチャンからティーカップを受け取り、ゆっくりと中の液体を口に含んだ。


 恭介には紅茶の良し悪しはあまり分からない。けれど、セバスチャンの淹れる紅茶が美味しいと知っていた。


 喉を紅茶の熱さが通過する。時間を掛けずに中身を飲み干し、恭介はセバスへティーカップを返した。


 意識がクリアと成り、恭介はヤマダへと問い掛ける。


「おかげで完全に目が覚めました。今、どんな状況ですか?」


「とりあえず穿頭教のテロはほぼ終息しまシタ。今は被害状況を確認中だそうデス」


「なるほど。僕達の状況は?」


「桃島への機器の取り付けがやっと終わったみたいデス。今から調査再開でしょうネ。ほら、部屋の奥からマイケルの声が聞こえてきマシタ。これは興奮してマスネ、やかましイ」


「ハハハ」


 恭介は苦笑する、確かに部屋の奥の扉から「ふおおおおおおおおおお、こいつが生体サイキッカーか!」とマイケルの声が漏れ出ている。


 ぐるりと恭介は周囲を見渡した。ホムラとココミは変わらず隣のソファに腰かけ、何かおしゃべりをし、霊幻が隠れ家の入口シャッター近くで仁王立ちしている。


「……霊幻、清金先輩は? まだ連絡が付いてないの?」


「そうだな。吾輩達も電話を掛けたりしているのだが連絡が付かん。あいつはどこに行っていることやら」


 霊幻がやれやれと肩を竦めている。


――何かあったのか?


 どことなく嫌な予感が恭介の首筋を撫でた。京香の戦闘スタイルは知っている。自身へのダメージも厭わない突撃戦。支給された特殊スマートフォンとはいえ、あんな戦い方をしていたら壊れてしまっても無理はない。


「他の課で清金先輩を確認した人は?」


「報告は無い。今は事後状況を確認中だからな。もう少ししたら連絡が着くだろう。おそらくだがな」


 恭介は眼鏡を整えて立ち上がった。ソファに座った事でやや固まってしまった体をほぐす。


 その時だった。


「全員、警戒態勢を取れ。何かが近づいて来る。これはキョンシーだ」


「ホムラ、ココミ、立て!」


 ザワッ。恭介はすぐさま命令し、二体は素直に従った。いや、ホムラの顔は不満げでココミの顔はいつもの様な無表情だ。そこに何か特別な感情の色は無い。


 音も無くヤマダは立ち上がり、セバスの背後でラプラスの瞳を付けていた。


 第六課(恭介達)以外に居た第二課の人員達が慌てて奥の部屋のアリシアへと駆けて行く。


 ガシャンガシャンガシャンガシャンと隠れ家の入口のシャッターを叩く音が鳴った。


――ノック?


 規則正しい音で、敵であるのならわざわざ鳴らす必要が無い。


 恭介は眉を顰め、相手の反応を待つ。


 そして、シャッターの向こうから女の声が響いた。


「霊幻様、霊幻様。聞こえていらっしゃいますか。ワタクシです。ヨダカでございます。葉隠スズメが筆頭キョンシー、ヨダカでございます。ここを開けてくださいませ。主より緊急の言伝を届けに参りました」


「……ヨダカか。周囲に追手は?」


「居りません。ここへ来るのに人目はできうる限り避けました。ご安心くださいませ。我が主へ誓います」


「……良いだろう。吾輩の判断でお前を通そう」


 アリシアの判断を待たず、霊幻はシャッターのロックを外し、ガラガラと人一人が通れる分だけ上げた。


 ぬるりとそのシャッターの隙間から真っ黒なメイド服を着て白い大太刀を左腰に吊るしたキョンシーが現れた。ヤマダの様ななんちゃってメイド服とは違う、スカート丈が長く、肌の露出を控えた本場の物だ。


 にもかかわらず、そのキョンシーからは艶めかしさ、淫靡な気配が漏れ出ていた。


「感謝いたします。霊幻様」


「要件は何だ?」


 ハハハハハハ。霊幻の笑い声が響く。いつもの様な笑い声であったが、いつもと何かが違う笑い声だった。


「お前が来るのだ。葉隠スズメがお前をよこしたのだ。吾輩の相棒に何があったのだ?」


 この淫靡なキョンシーの到来に霊幻は何かを確信した様だ。


 ヨダカはシンプルに要件を口にした。


「京香様が敵キョンシーに敗北し、攫われてしまいました。ワタクシはスズメ様の命により、京香様の奪還を申し付けられております。霊幻様、第六課の皆様、ワタクシに協力をしてくださいませ」


 信じられない言葉が飛び出し、恭介は言葉を失った。


 清金京香が負けた? あの人類最強の女が?


「何が――」


 起きたんだ? そう恭介は口を開こうとした。


 けれど、恭介の声は隠れ家の奥の部屋から響いたマイケルの声に掻き消された。




「ふっざけんじゃねええええええええええええええええええええええええええええええええ!」




 壁を一つ隔てていると言うのにその怒号は恭介の肺を揺らすほど大きかった。


「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなよ! 誰がこんなことをしやがった!? 許されねえことだ許しちゃいけねえことだ俺達という人種がぜってえやっちゃあいけねえことだ! くそくそくそくそ! お前らも気付けよ何で気付かないんだよああそうだなお前らはあんまり学会とかに参加してねえもんな!」


 マイケルの憤りの声は収まること無く、あまりにもうるさい声が響き渡り続ける。


――何だ一体今度は!?


 恭介はドタドタと奥の部屋へと向かう。今はともかく清金の話を聞かなければならない。マイケルの怒鳴り声を止めなくては成らなかった。


 ガチャ! 恭介はドアを開け放ち、部屋中央の桃島近くに居たマイケルへ口を開く。


「マイケルさん! 少し黙っててくれ!」


 恭介の言葉はマイケルの耳に入らなかった。


 アリシアの隣に居たマイケルの両手は桃島の頭をがっちりと掴み、その眼がほぼ零距離に成るまで桃島の頭の穴へと近付けられている。


「おい先生から離れろよ! 乱暴にするなあああああああああああああああ!」


 大角が第二課の連中から羽交い絞めにされ、床に転がっていた。


――こっちも何だこの状況は!?


「ああくそやっぱりだ間違いねえ! 珍しいぜ俺が見間違いであって欲しいなんて思うのはよ! おいアリシア良く見ろここにちゃんと手術痕があるだろうが! 百マイクロメートル単位にびっしりとあるじゃねえか! 実用化していたという点では驚きだが、理論化はされていただろうがよ!」


「……………………なるほど。確かにこれはワタシの不勉強ですね。マイケル、謝ります。ごめんなさい」


 マイケルの言葉にアリシアはタブレットと桃島の頭部内を交互に見比べ、そしてマイケルへと頭を下げた。あの傲岸な女狐がマイケルへと全面的に謝罪をしたのだ。


 異常事態が続いている。恭介には今この部屋で何が起きていたのか全くもって想像が付かなかった。


 確信と確証と証明を得たのだろう。マイケルは桃島の頭から手を離し「ああ、くそくそくそくそ大っ嫌いだこんなのは大っ嫌いだ!」とわなわな震え、その言葉を口にした。


「宣言してやる! こいつは生体サイキッカーでも何でもねえ! 只の()()()()()()()だ!」


 ダン! 重い巨体を揺らして、マイケルが地団駄を踏んだ。


「解釈を間違えるのは良い! 欲しい結果だとバイアスを掛けるのも良い! 盛りに盛ったせいでもはや訳の分からなく成ってんのも良い! 知識不足だって構わない! だけど、これは駄目だ! これだけは駄目だ! 俺達科学者がいっちばんしちゃあいけねえ事だ!」


 マイケルは肺の中の空気を全部吐き出す様に最後の言葉を叫んだ。


「これは〝改竄〟だ!」

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