⑯ バタフライトルネード
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ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
何度目かの爆発音が響き、霊幻の乗る改造救急車が車輪を僅かに浮き上がらせた。
「ハハハハハハハ! いよいよ後が無いな!」
自分達の車両と敵の白と黒のファミリーカーとの距離がとうとう三十メートルを切った。次の攻撃を受ければ霊幻達の車両は爆風に耐えきれず、横転してしまうだろう。
――いよいよ、突貫するか?
最終手段としての突撃を霊幻は本格的に検討する。この距離まで詰められたのだ。自分と言う護衛が剥がされるのはあまりに痛いが、もはやそうしなければ桃島達を守れない。
――吾輩が消えれば間違いなく、新手が現れるだろうな。
霊幻と言う守護を失えば、桃島達は丸裸だ。その瞬間を敵は待っているに違いない。
桃島と大角だけならば、どの様に死のうと一向に構わない。しかし、この車両にはアリシア達も居る。何とかして彼女達は救う必要があった。
――賭けに出るしかあるまい。
霊幻は思考の方向性を固める。今この場で死なすか、後で死なすかの違いだ。迅速に敵を撲滅し、すぐにこの改造救急車に戻って来るしかない。
ボオオオ! ボオオオ! ボオオオ! ボオオオ! ボオオオ! ボオオオ! ボオオオ! ボオオオ! ボオオオ! ボオオオ! ボオオオ! ボオオオ! ボオオオ! ボオオオ!
白のファミリーカー上のキョンシーがパイロキネシスを発動し、周囲へ炎の槍を作り出した。
敵の弾丸は用意され、次に起こるのは装填だ。
ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
黒のファミリーカー上のキョンシーがエアロキネシスを発動する、渦を巻いた風が炎の槍を束ねていく。
先程から繰り返し行われたPSI作業。装填が終わるまで後三秒程度だ。
「ハハハハハハハハハ! では、行くか!」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
霊幻は紫電を纏い、突撃体勢を取る。敵が巨大化した炎槍を放つ前にこのカーチェイスを終わらせるのだ。
けれど、霊幻が右足に力を込めた瞬間、その背後から一陣の風が吹いた。
「どいてろイカレキョンシー!」
「関口か!」
ビュン! 凄まじい影が霊幻の脇を通り過ぎた。
そこに居たのは大型バイクに跨り、サングラスを付け臨戦態勢を取った関口、そして、彼の後ろで直立したコチョウだった。
「コチョウ! あの炎を散らせ!」
「……」
コクリ。コチョウが小さく頷き、トンと体重を感じさせない軽やかな跳躍を見せる。
コチョウが空中に投げ出された瞬間、関口がブレーキを掛けた。
相対速度に従い、コチョウは刹那の時間で関口達の前に出た。
今にも放たれようとする巨大な炎の槍へ華奢な体が飛んで行く。
ハタハタハタハタ! とコチョウが着物の袖を羽ばたかせた。
気体分子の運動量増加と制御。コチョウのエアロキネシスは自身への気体分子の相対速度によってその威力が跳ね上がる。
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
コチョウが空気中の気体分子に対して持つ現在の相対速度は凡そ時速百キロ。
それに見合った激烈な暴風を纏ってコチョウの体が砲弾と成った。
敵もただ見ている訳ではない。エアロキネシスにはエアロキネシス。即座にPSI力場が展開され、コチョウの侵攻を止める様に螺旋状の風が生み出された。
ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
コチョウの蘇生符が黄緑色に輝く。気体分子の奪い合いが始まったのだ。
エアロキネシスト同士の攻防は互いの操作性によって勝敗が着く。そして、コチョウは特に操作性に長けたキョンシーだった。
自身へ牙を剥いた気体分子をそのまま制御下へ置き、コチョウの纏う暴風が勢いを増す。
小規模な台風が眼前の巨大な炎槍を貫いた。
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
膨れ上がった炎槍が爆ぜ、敵の車体が後方へと吹き飛ばされる。
「素晴らしい! 捕縛と撲滅は任せたぞ関口!」
「うるせえ! 後でお前らが何してるのか説明させるからな!」
霊幻が乗る特殊救急車は車輪の回転を止めていない。見る見ると関口達の体は小さく成っていく。
関口はこちらへチラッと顔を向けるが、霊幻達を追わなかった。乱暴な口調だが、彼は職務に忠実な男だ。吹き飛ばした敵を捕まえに行く。
数秒、霊幻は敵の追撃が無いことを確認して特殊救急車の内部へと戻った。
車両に戻ると、アリシアがうっとりとした顔をしていた。
「ああ、何ということでしょう。ミナトが私を助けに来てくれました」
「いや、そうではないだろう。お前がこの車両に居たことを関口は知らないからな」
「ロマンが分かっていませんね霊幻。ミナトはきっと私がここに居たと知っていたのです。そして、身一つで助けに来てくれたに違いありません」
「いや、身一つでは無いだろう、コチョウが居たのだから」
「コチョウはキョンシー。ただの道具ですよ」
うっとりとした表情をアリシアは止めない。わざわざ訂正することでもないので霊幻は放っておいた。
車両を良く見ると、大角がとても複雑そうな顔で、後部ドアを見つめている。爆発で吹き飛ばされた穿頭教徒達へ何か思う所があるのだろうか。
――まあ、どうでも良い。吾輩はこれらを届けるだけだ。
すると、ピピピピピ。懐に入れていた霊幻専用のスマートフォン(絶縁機能付き)がアラーム音を鳴らした。このスマートフォンが鳴るのは第六課の関係者からの連絡が来た時だけだ。
見ると、第六課のグループトークへ通知があり、ヤマダからの連絡が来ていた。
スライドし、メッセージを確認すると、どうやら、関口の増援はヤマダからの物であったらしい。
メッセージはこう続いていた。
[京香、霊幻、助けは要りますか? 私とセバスは今南区に居ます]
[霊幻、あなたを見付けました]
[関口をそちらへ送ります。私は今からハイドロキネシストと交戦します]
[続報があれば連絡してください。余裕があれば返答します]
ヤマダらしい文面だった。彼女のおかげで助けられたのは明白で、霊幻は感謝のメッセージを打ち込む。
[ありがとうヤマダくん! おかげ吾輩達は助かったぞ!]
メッセージに既読は付かない。ヤマダは未だに交戦中の様だ。
スマートフォンを懐へ戻し、霊幻はアリシアへと口を開いた。
「今の内に隠れ家へと行くべきだ。アリシア、どれ程の時間が掛かる?」
「後十分もすれば着きますよ」
「了解」
カーチェイスは一先ず終わり、霊幻達の車両は既にシカバネ町南区へと到達していた。




