④ ラプラスの瞳
待ち人――正確には、待ちキョンシー――は二時間後に現れた。
「エクセレント。ワタシの仮説が当たりましタ。思ったよりも早かったデスネ」
「……ちっ」
一体のキョンシーだった。見た目の肉体年齢は十代後半。小柄な少女で、蘇生符から垣間見える眼光は鋭くきつい印象を与えた。情報に一致する。これが野良キョンシーだ。
「あらマア、あなたもうボロボロじゃないですカ。良く立っていられますネ」
「うるっさいわね。さっさとそこをどきなさい。わたしはジュースを買いに来ただけよ」
「他の自販機に行けば良いじゃないですカ? あ、それも無理ですネ。ここ以外の南区の自販機は全部撤去しましたかラ」
「ッ、お前か」
「ワタシは最初にシカバネ町南部全ての監視カメラの稼働時間データとその観測範囲に注目しまシタ。逆転の発想デス。必ず映像に残せないのであれバ、サウンドノイズ以外の不具合を残した監視カメラをマッピングすることで潜伏場所の大まかな場所は掴めマス。あなた達が潜伏しているのは南部のゴミ埋立地ですネ?」
必然として生まれるエラーは必ず消すことができる。ヤマダは逆算的に野良キョンシー達の居場所を導きだしたのだ。
「……」
野良キョンシーは何も答えない。ヤマダは構わず続けた。
「次にワタシが調べたのは食糧と飲料の自動販売機の売り上げデーダでしタ。昨年比の売リ上げの三十倍も記録した自販機が幾つもありまシタ。後は簡単です。次に何処にあなたが買いに来るのカ。それだけを限定すれば良イ」
ヤマダが出した指令は指定した自動販売機以外を全て撤去すること。突然の指示に第一課と第三課の連中は冷や汗を流していたが、ちゃんと仕事をこなした様だ。
「さて、あなたには二つの選択肢が有りマス」
「……言ってみなさい」
――思っていたよりも理性が出ていますね。
ヤマダは内心で驚いていた。少なくとも対話する意思を見せるとは。あの正義バカよりもよっぽど上等なキョンシーかもしれない。
「一つは、ここでワタシとセバスに壊されルこと。個人的にも遠慮したい選択肢デス。服が汚れますシ、キョウカにも怒られマス」
「わたしに勝てるって言いぶりね。ああ、むかつくわ。とってもむかつくわ。消し炭にしてやりたい」
そう言っておきながら野良キョンシーは話の続きをヤマダへと促した。
マイケルが此処に居たら興奮のあまり過呼吸に成るかもしれない。
ヤマダの脳裏にあのスキンヘッドが『マジかよ!? え? 検査して良い!? 大丈夫大丈夫! (メスの)先っぽしか入れないから!』と叫ぶ姿が過ぎった。
「もう一つは、このままワタシ達に投降することデス。今のところあなたは誰も殺していませんシ、ワタシの上司が取り計らってくれるかもしれまセン」
「仮にあなた達に投降したとして、わたし達は何をされるの?」
「まず検査デス。蘇生符を解析シ、問題があるバグは修正しマス。そしてあなた達が〝使える〟なら安全装置を埋め込みマス。ワタシ達に逆らったらいつでも壊せるようニ」
「〝使えない〟なら?」
「バラしてリサイクルですヨ」
瞬間、ヤマダの視界に強烈なゆらぎが起きた。
「セバス!」
掛け声と共にセバスがヤマダの体を掴み、後方へと跳んだ。
ゴウ! 火柱が一瞬前までヤマダが居た場所に上がった!
突如として上がった火柱は後方に跳ぶヤマダの髪の毛先を焼いた。
セバスはヤマダに一切の衝撃を与えること無く、アスファルトへと着地する。
「危なイ危なイ。火傷するところでしタ」
「ちっ」
ヤマダが見たゆらぎはPSI発動力場である。両目に着けたマイケル作の特殊コンタクトレンズが通常ならば見えないPSI反応を検出しているのだ。
「大人しくしてれば火傷で済ませてあげる。退きなさい」
「それは不可能デス。あなタは今ワタシに攻撃しまシタ。ワタシはやられたらやリかえす主義なのデス」
そう言いながらヤマダはミニバックを開き、中から無骨な黒いゴーグルを取り出した。
そのガジェットの左右には大小様々な目盛りが刻まれたダイヤルが付いている。
「あなたはラプラスの悪魔を知っていますカ?」
返事は求めずヤマダはゴーグルを眼窩に嵌めてダイヤルを回した。
瞬間、ヤマダの視界は0と1、デジタルな世界へと進化する。
このゴーグルの名前は〝ラプラスの瞳〟。ヤマダ専用のAIデバイスであり、これを使いこなせる事が、ヤマダが第六課に所属出来ている理由だった。
セバスに抱えられたまま、ヤマダは命令する。
「FD5HJ3TLAA」
――前方へ5メートル踏み出し3メートルジャンプした後左に体を回転させ攻撃せよ。
それは短く言語されたアルファベットと数字の羅列。
セバスがヤマダを抱えたまま、五メートル踏み出した。野良キョンシーはそこを狙って火柱を生む。火柱が生まれると全く同じタイミングでセバスが跳び上がり、火柱を乗り越えた。この未来をヤマダは既に知っている。
「ちっ!」
パイロキネシストは舌打ちを鳴らしながら自分へと向かってくるセバスへ左拳を放つ。
しかし、それも空中で既に左に体を回転させていたセバスに頬の薄皮一枚で避けられ、逆にカウンターの右足がパイロキネシストの腹部へと突き刺さった。
「かはっ!」
パイロキネシストの肺から押し出された空気が吐き出される。
ヤマダは視界からのデータでこのキョンシーの胃の破裂を判断する。更に体がひしゃげる角度からヤマダはこのキョンシーがどの程度の改造を受けているのかを理解した。
――内臓への改造は無し。金属もありますが、主に筋繊維を入れ替えている。まあ、普通の改造と言ったところでしょうね。
この程度の改造具合ならセバスチャンでも問題なく壊せる。
「TRAA」
――右に回転し、攻撃。
再びのヤマダの命令はやはり未来を先読みしたかの様だった。
内臓破裂を起こしながらもパイロキネシストは反撃の火柱を生む。
しかし、セバスは右に回転しながらそれを避け、カウンターで左の上段蹴りをパイロキネシストの顔面へと放った。
「くっ!」
鎌のごとく迫り来る蹴りへこのキョンシーはギリギリで左腕を入り込ませ、骨が折れる音と共に後方へと蹴り飛ばされた。そして、十メートル、アスファルトの道路を転がり、すぐさま少女の姿をしたキョンシーは立ち上がる。
「投降をオススメしますヨ? あなたの動きはもう予測えていマス」
視界に映るありとあらゆる力のスカラーとベクトルを数値化する
それがラプラスの瞳の機能である。それ以上でも以下でもない。
取得したこのデータを元にした高精度な未来予測を行えるのは一重にヤマダの頭脳あってのことだった。常人を越える演算能力がヤマダには有り、データの取捨選択に関して神懸り的第六感を持っていた。
脳細胞に誘起する数秒先の未来絵図へセバスを使い介入する。
これがラプラスの瞳を着けたヤマダの力だった。




