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⑭ 出力比べ







黒衣のキョンシー、クロガネへ向け、京香は鉄球を二発放った。


 拳大の鉄球はクロガネの頭と胴、二か所を狙う。


「荒っぽいわ、京香」


 クスクスクス。クロガネは焦らない。まるで、鉄球など当たるはずがないと言った様に。


――ッ!?


 京香は見た。直線軌道を描いていた京香の鉄球が急激に左右へと曲がり、拳一個分の隙間を空けて外れてしまう。


 ガンガン!


 背後のビルの壁へ二つの鉄球はめり込み、そのままフヨフヨと浮かび、クロガネの手の平に乗った。


「ダメよ京香、マグネトロキネシスト相手に考え無しで金属を放っちゃ」


 クスクスクス。楽しそうな笑い声が耳障りだった。


 京香と同じマグネトロキネシス。それもおそらくその特徴さえほとんど類似した物。


 マグネトロキネシスは世界でも発現数が少ないPSIだ。戦闘用キョンシーならばその数は更に減る。


 マグネトロキネシストと戦うのは京香にも初めてだった。


――ミスった。鉄球を二つ無駄にした。


 いつもならば、磁場によって帰って来る鉄球が京香の元へ帰って来ない。クロガネの磁場に邪魔をされているのだ。


「ほら、京香、鉄球(これ)を返すわ。次はもっと考えて攻めてね」


 クロガネが手の平の鉄球を幼子へ渡す様に京香へと投げた。


 咄嗟のことで戸惑ったが、PSI磁場が半ば自動的に鉄球を補足し、京香の体を中心とした螺旋軌道に乗らせる。


――舐められてるな。


 もしかしたら、本当にこのキョンシーは遊んでいるつもりなのかもしれない。久しぶりに話せた娘の成長を見たいのかもしれなかった。


「京香、一度下がって!」


 背後から充の声が聞こえる。彼女は冷静だ。岡目八目。外からの方がより状況を冷静に見れるのだろう。


 京香は磁場を操作して、背後へと飛ぶ。


「京香、私から離れてしまうの? オカアサンはとっても悲しいわ。ねえ、一緒に遊びましょうよ。折角おそろいのマグネトロキネシスなのよ。あなたがどれくらいPSIの扱いが上手くなったのかオカアサンに見せて頂戴」


 オカアサン、この五文字はカッとした激情とコールタールの様な憎悪を京香へと生み出した。


 音の響きは在りし日と〝全く〟同じ。脳裏に在りし日の箱庭の頃の記憶をリフレインさせる。


――感傷は後。


 ズキズキズキズキ。


 感情は、ストレスは体調を操作する。頭痛がまた一段階強くなった。


 ジジャリ。京香が纏う砂鉄へノイズが走る。


「あら? 京香、大丈夫? 出力も制御も安定していないみたいね。ゆっくりと息を吐いて。昔教えたでしょう? 首と頭の付け根、そこに入った針をゆっくりとかき回して。そして、針先をゆっくりと眼の裏へと向けるの。ゆっくりとゆっくりとよ」


 本当に穏やかな声。娘を慈しみ、導き、そして巣立ちを待つ母親の声だ。


 京香はクロガネの言葉を聞く気は無かった。けれど、彼女に染み付いたPSI制御のための意識の動きは、結局として眼前のキョンシーの言葉に従う物だった。


「京香、作戦を立てよう」


「アタシが突撃。充はダイゴロウ達を指揮してサポート」


「了解」


 充が首肯した気配を受け、京香は息を整えた。


――調子は最悪。相手は同系統のサイキッカー。相性勝負には持ち込めない。持久戦はジリ貧。勝ち目は無い。


 同系統のPSI戦。しかも互いが互いを阻害する。


――砂鉄の量も、鉄球の数も相手が上か。


 パッと見ただけでもクロガネが纏う砂鉄の量が京香の二倍あり、鉄球の数も十二個見られた。


 ならば、どうするか。取れる選択肢は少なかった。


「最初から出力勝負で行くわ。速攻よ」


「オッケー」


 京香はシャルロットを薔薇の盾へ変形させ、その花を開かせた。


 続いて、トレーシーの銃口を再びクロガネへ向けた。


「行くわよ」


 宣言は自分のため。


 PSIの全力発動。京香の蘇生符が白銀に輝いた。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル!


 砂鉄の雲と鉄球の星が高速に周回軌道し、京香は母の姿をしたキョンシーへ再び飛んだ。




 まるで頭蓋骨が魔法瓶だ。引力と斥力を操り、生身では不可能な速度で京香はクロガネへと接近する。


 五メートルまで近づいた地点で京香は左手を振って砂鉄の雲へと命令した。


「槍!」


 ジャリジャリジャリジャリ。生み出したのは刺だらけの鉄の槍。最大出力のマグネトロキネシスで固められた鉄塊が太陽光に当たり、鈍色に輝いた。


「喰らえ!」


 PSI磁場で突き出される鉄槍。時速百五十キロメートル弱。今、この場で出せる最速。瞬きの間にクロガネへと接近する。


「あらすごい出力。これは(ほぐ)せないわ」


 クスクスクス。クロガネは瞬時に対応した。


 ヒュンヒュンヒュン! クロガネの周囲を漂っていた鉄球の内、三つが主を守る様に動き出し、鉄槍の側面を叩いた。


 ガンガンガン!


――砕けるな!


 PSI磁場を通して槍への衝撃が伝わる。槍が砕ければ砕けた分だけ、砂鉄の制御権がクロガネへ奪われてしまう。


「放て!」


 攻撃を止めない。京香は鉄球四つを連続でクロガネへと射出した。


 頭、心臓、腹、足。四か所を狙った攻撃。その全てにクロガネは対応する。


 足と腹を狙った鉄球は、クロガネの鉄球に弾かれる。心臓を狙った鉄球は拳大に固められた砂鉄が盾となって阻む。そして、頭を狙った鉄球は首を傾げる事で簡単に避けられた。


「くそっ」


 即座に京香は後方へと下がる。グググとクロガネの磁場の影響を受けた砂鉄と鉄球を戻すのにはいつも以上の力が要る。


 ズキズキズキズキ。痛みと熱さが頭を襲う。最大出力を連続して発動など京香にもほとんど経験が無い。


 クスクスクス。楽しそうにクロガネは笑う。娘の成長が嬉しいのだろうか。


「良いわ京香。今のは惜しかった。後少しで私の頭は砕けていたわ」


「うるさい!」


――中途半端な攻撃じゃダメ。敵の守りを突破できない。


 扱える砂鉄も鉄球も数は相手の方が上。生半可な攻撃はいたずらに体力を消費するだけだ。


――逃げるのは……やっぱり無理か。


 位置取りが悪い。京香達が居るのはシカバネ町の最北端。中央区への逃亡ルートはクロガネに塞がれている。


「シャルロット、閉じて」


 京香は広げた薔薇の花を閉じ、そして、「回れ」と命じた。


 瞬間、周囲に強烈な回転磁場が生まれた。今注げる全力のPSI磁場を展開したのだ。


 砂鉄と鉄球は命令に従い、高速回転を始める。


 ジャアアアリジャリジャリジャリジャアアアリジャリジャリジャリジャアアアリジャリジャリジャリジャアアアリジャリジャリジャリジャアアアリジャリジャリジャリジャアアアリジャリジャリジャリジャアアアリジャリジャリジャリジャアアアリジャリジャリジャリ!


 二秒程度で遠心力と磁場による中心力の釣り合いが生まれた。八つの鉄球と砂鉄の雲は黒い暴風雨と成って、京香の全員を覆い隠す。


 ガガガ、ガガガガガガ、ガガガガガガガ、ガガガガガガガガガガガガ、ガガガガガガガガガ!


 京香が生み出した鉄の暴風雨はコンクリート製の地面を削り、土煙を巻き起こす。


「まあまあまあまあ! 素晴らしいわ! さあ、京香! あなたの成長をオカアサンに見せて!」


 クスクスクスクス! クロガネが口を大きく開けて笑った。ヴェールと蘇生符で隠されているが京香には分かる。その瞳は今にっこりと細められている。


「それじゃあ、出力比べね!」


 ジャアアアアアリジアャリジャリジャリジャアアアアアリジアャリジャリジャリジャアアアアアリジアャリジャリジャリジャアアアアアリジアャリジャリジャリジャアアアアアリジアャリジャリジャリジャアアアアアリジアャリジャリジャリジャアアアアアリジアャリジャリジャリジャアアアアアリジアャリジャリジャリジャアアアアアリジアャリジャリジャリ!


 クロガネの周囲に京香と同じ、いや、それよりも大きな黒き暴風雨が生まれた。


 純粋な出力比べ。密度であれ範囲であれ、威力の高い方が勝つ。


「やってやるわ」


 三度突撃する。今度は引く気が無い。京香が単体で出せる最も破壊力のある攻撃がこれだ。敵は真正面から攻撃を受けようとしている。この攻撃が通らないのならば勝ち目は無い。


 二つの黒き暴風が激突する。


 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!


 ジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリイイイイイイイイイイイイイイ! 


 鉄球の星が弾け、砂鉄が擦れ、火花が散った。


 衝突の度に鉄球と砂鉄は砕け、どちらかのPSI磁場に飲み込まれ、再び黒の暴風へと形を変えていく。


「くっ!」


――おっもい!


 京香は歯を食いしばる。少しでも気を抜けば、磁場の支配権を奪われてしまう。


「すごい! すごいわ京香! ここまでキョンシーと張り合えるなんて!」


 クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス!


 体を強張らせる京香に対して、クロガネは笑い声を止めなかった。しかし、その声には先程まで以上に力が入り、このキョンシーも出力を上げているのは明白だった。


――破れない!


 砂鉄も鉄球も量は相手の方が上なのだ。同じ様な暴風では勝てる道理はない。


 ズキズキズキズキズキズキズキズキ。頭痛はどんどん強くなっていく。脳が沸騰している感覚。これ以上の発動はするべきでない。


「だから何よ!」


 要はここで限界を超えれば良いのだ。


 ピカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 京香の蘇生符が白銀に輝いた。


 PSIはその精神の在り様に大きく影響を受ける。


「回れ回れ回れ!」


 回転磁場の出力が上がる。けれど、黒鉄の暴風雨のサイズは変わらない。速度のみが上昇し、それは破壊力上昇という解を生み出した。


「すごいすごいすごいわ! まだ上がるのね!」


 少しずつ少しずつ京香の暴風雨がクロガネのソレを飲み込んで行く。


 軍配は京香へと上がっている。クロガネを包み込む黒の暴風はその厚さが薄くなり、後数秒もすれば全て消失するだろう。


――撲滅してやる! 今、ここで、撲滅してやる!


 頭の沸騰などもう無視している。このキョンシーを撲滅できれば、それで良い。後の事など知ったことか。


 清金京香がどんな表情をしているのか、黒き鉄に阻まれ観測できる物は居ない。


 だが、きっと今自分は酷い顔をしているのだろうと、京香は分かっていた。


 後少し。後少しで、このキョンシーを撲滅できる。


 母を解放できる。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 叫びに呼応して、黒き回転は速度を更に上げ、遂にクロガネの砂鉄と鉄球全てを奪い取った。


「天晴よ! 天晴よ京香!」


 クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス!


 その笑い声は母と全く同じ。京香は全ての膜が剥がれた黒衣のキョンシーへ自身の周囲の鉄全てをぶつけようとした。


 正にその瞬間である。




「遊び過ぎです。()()()()




 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 京香を包む黒き鉄の暴風へ〝何か〟が激突した。

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