⑫ 最適解を探して
***
――どうしましょうかね?
ピピピピピピピ。
ピピピピピピピ。
ピピピピピピピ。
スマートフォンのアラート画面にヤマダは頬へ手を当てていた。
シカバネ町南部。あたりからは工業施設を破壊する音が響き、それに紛れてハカモリの捜査官達と穿頭教徒達の戦闘音が聞こえている。
「お嬢様、どうしますかな?」
「ちょっと、考えマス」
ヤマダが南部に来ていたのは偶々だった。新しい家具工場が一つできたという話を聞き、どんな物かと見に来たのである。
ドおおオオオオオオオオオオオオオオオおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
ドオオオオオオオオおおおおオオオオオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオン!
ドオオオオオオオオオオオオオオオおおおオオオオオオオオオオオおおおオオオオオオン!
爆発音が鳴り響く。戦闘は苛烈さを極めている様だ。
――果たして、加勢に行くべきかどうか。
シカバネ町各地で穿頭教徒のテロ行為が報告されてから、ヤマダはまず初めに他の第六課メンバーの所在を調べた。
ヤマダのスマートフォンにはシカバネ町全体の地図が表示され、そこには三か所に赤い印が点滅していた。第六課専用の位置情報デバイスからの信号だ。
一つは西区、もう一つは東区、最後の一つは南区で点滅している。
――西区のマーカーの数は三つ、これは恭介達とマイケルですかね。なら、東区のは京香か霊幻でしょう。どちらがどちらか分かりませんが。
西区と東区のマーカーは高速で移動していた。おそらく、自動車か何かに乗っているのだ。
スマートフォンの画面を切り替え、第六課のグループトークを開く。
[京香、霊幻、助けは要りますか? 私とセバスは今南区に居ます]
既読はマイケルの物だけが付いた。肝心の京香と霊幻からの反応は無い。
再び、スマートフォンの画面を元の地図へと戻し、ヤマダは東区のアイコンへフォーカスする。
そして、数度、画面をタップし、第二課から拝借した監視プログラムを起動した。
――動き的に、このあたりの映像を映せば良いですかね?
東区の一部の監視カメラ映像に絞り、ヤマダは京香と霊幻の姿を探した。
「居た。正義バカでしたカ」
東区の道路、救急車の屋根に乗った霊幻の姿が一瞬だけ映った。
そして、それから一秒も立たず、二台の乗用車が高速で通り過ぎた。その屋根にもキョンシーが乗っていて、それらの上部に巨大な炎が生まれている。
「PSI持ちのキョンシーに追ワわれているんデスカ」
苦戦している。おそらく、救急車の中に護衛対象である桃島達が居るのだろう。でなければ、霊幻ならこの程度の相手とっくに倒しているはずだ。
「……さテ、どうしたものデスカネ」
改めてヤマダは繰り返す。どうするのが最適か。
こればかりはラプラスの瞳を掛けても分からない。
「……セバス、ワタシを抱えなサイ。あそこに向かいマス」
「仰せのままに」
ドおおオオオオオオオオオオオオオオオおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
ドオオオオオオオオおおおおオオオオオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオン!
ドオオオオオオオオオオオオオオオおおおオオオオオオオオオオオおおおオオオオオオン!
ヤマダが指差したのは先程から強烈な爆発音が鳴る一角だった。
「エクセレント。勘が当たりマシタ。流石ワタシ」
海に面した自動車工場の倉庫脇からヤマダはピョコンと顔を出す。視線の先、キョンシー使い同士の熾烈な戦いが繰り広げられていた。
そこに居たのは第四課主任の関口 湊斗と第四課のエースキョンシー、コチョウだった。
ヤマダ達へ背を向けている関口達が相対するのは一組のキョンシー使い。ニットキャップを被った朴訥とした男の手には拳銃が握られ、傍らのキョンシーは主ごと巨大な水球で自身達を守っていた。
「コチョウ! 抑え込め!」
「……」
関口の命令に彼の頭上で飛んでいるコチョウが大きく羽ばたいた。
ハタハタハタハタ!
コチョウのエアロキネシス。その特徴は気体分子の運動量増加とそのベクトル制御である。
まるで鱗粉が風を呼ぶ様に、その細い両腕が起こした気体分子の運動量はPSI力場によって瞬時に増幅され、強烈な一対の竜巻が生まれる。
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
立つことも難しい程の風圧があの一対の竜巻が指向性を持って地上の穿頭教徒へ放たれる。
普通のキョンシー使いならばどうしようも無い程の人工的な災害。竜巻は主の命令通り、水球に包まれた敵を風圧によって地面へと抑え込んだ。
水球が僅かに楕円型に歪む。そこへ即座に関口が両手の球体を投げ付けた。
「爆ぜろ!」
投げられた球体は四つ。関口専用の二色爆弾、フレアボムとエアロボムが二つずつ。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
強烈な爆炎と爆風は互いに相乗効果を生み出して、破壊力と成って穿頭教徒を襲った。
――私達が喰らったら一発でミンチですね。
モウモウと煙が生まれ、そして、晴れる直前、
ビュウウウン! 砲弾を高速で打ち出した様な音がヤマダの耳に届いた。
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
関口を囲む様に竜巻が生まれ、放たれた何かが後方へと逸らされる。
ヤマダの眼はその姿を捉えている。今、関口を狙ったのは時速二百キロメートルに届こうかと言うバスケットボールサイズの水球だ。
ザバアアアァアアァン! 関口の背後、すなわち、ヤマダが顔を出していた倉庫のシャッターへと水塊は着弾する。
破壊力に変換された水球のエネルギーは鉄製のシャッターをいとも簡単に突き破った。
「わーお、かなりのハイドロキネシスデスネ」
視線を戻すと既に二色爆弾が生んだ煙は晴れ、穿頭教徒とキョンシー使いの姿が再び現れていた。
水塊を撃ち出したと言うのに彼らを包み込む水球の大きさは萎む処か大きくなっている。
ハイドロキネシストが水を操る仕組みは多々ある。しかし、セバスチャンの様な特殊な例を除いて、基本的に水辺にてその出力が跳ね上がる傾向があった。
穿頭教徒達を包み込む水球からは良く見ると、複数の管の様な物が彼らの後方へ伸び、それが海へと続いていた。十中八九、あそこから水分を補給しているのだろう。
「面倒だな、オイ!」
「……」
関口は苛立ちを隠さない。敵は強く、状況は自分達の不利にあると分かっているのだろう。
だが、不利であっても負け戦ではない。双方ともに有効打が無いのだ。
関口の爆弾と風は敵の水を突破できず、逆も同様だった。
「千日手デスネ」
好都合だ。これならば交渉できる。
小物カバンから可愛げもないダイヤル付きの武骨なゴーグル、ラプラスの瞳を取り出し、ヤマダは装着した。
「セバス、イきマすヨ」
「仰せのままに」
セバスの首へ手を回し、ヤマダ達は戦闘現場へと足を踏み入れた。




