⑨ カーチェイス
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『キョウスケ、速やかに私達の所へ合流してください』
「はぁ? アリシアさん、何言ってるんですか? 外で実行部と穿頭教が戦ってるんですよ? 僕達も加勢に行くべきです」
『認めません。キョウカは一番戦闘の激しい北区へ加勢に行ってしまいました。今、私達の所には護衛役として霊幻しか居ません。キョウスケ達の戦力も必要なのです。速やかに合流しなさい。これは第二課主任としての命令です』
アリシアの言葉は有無を言わせぬ物だった。断れば、何をしてくるのか分からない。
――今、コイツの近くには優花が居る。
必要であれば、アリシアは優花を人質に取るだろう。
「……了解です」
『よろしい。マイケルのノートパソコンとキョウスケのスマートフォンへこちらの位置情報をリアルタイムに送ります。私達もすぐにここから出発するので追いかけてください。出来る限り早く合流するように』
ピッ。言うだけ言ってアリシアは通話を打ち切った。直後、恭介のスマートフォンへ彼女らの現在位置情報を表示した地図と交通データが送られてくる。
――まだ、人恵会病院に居るのか。
人恵会病院はシカバネ町中央区と東区の間。恭介達が今居る西区とは離れている。
舌先を軽く噛み、恭介はガラス越しに外の光景を見る。戦闘音と住民達の悲鳴が聞こえていた。
「あらあら、見て見てココミ。煙が上がっているわ。物騒ね」
「……」
西区の至る所で煙が上がっている。その近くでは穿頭教が住民達を襲っているのだ。
恭介達が、正確にはホムラがあの場に居ればパイロキネシスで敵を即座に鎮圧できるだろう。
しかし、命を賭して戦っている仲間、今まさに命を奪われようとしている住民達、彼らをある意味で見捨て、恭介はアクセルを踏んでいる。
「……ホムラ、この距離からでもパイロキネシスで敵を狙えないか」
「無理ね。見えないもの。座標が分からないんだからPSIを設置できるはずが無いでしょう? 一々分かっている事を聞かないでくれるかしら? 面倒な返事はしたくないのよ」
ホムラのあまりにいつも通りな態度。その姿に恭介は幾分の冷静さを取り戻した。
「マイケルさん、ノートパソコンに僕のスマートフォンと同じ画面出てますか?」
「おお、出てるぜ! こっちの方がスペックが上だ。ラグ無しにあいつらの居場所が分かってる!」
「地図を見ながら運転はまだ僕にはできません。道案内頼めますか?」
「任せろ! 俺も早く生体サイキッカーに会いたいからな! 全力でアシストしてやるぜ!」
――良し。
恭介は左手の人差し指で眼鏡を整え、気合を入れ直す。
「さあ、アクセルを踏みな! 大丈夫、しばらく周囲には車とかねえ! 対向車線に飛び出しても事故らないさ!」
「信じますからね!」
ギュルルン! シルバーの軽自動車は急激な加速を見せ、あっという間に制限速度をオーバーした。
「この速度なら人恵会病院まで十五分! 大丈夫、問題ない! 何事も無く着くさ!」
「止めてください! そういうのをフラグって言うんですよ!」
***
「霊幻、早く、乗ってください」
「ハハハハハ! 焦らせるなアリシアよ!」
霊幻達は大型救急車に偽装した特殊車両へと乗り込んだ。
京香から桃島達の護衛を命じられている。わざわざ眼を見ての音声直接命令。霊幻の体には強制力が働き、護衛に最適な動きを選択していく。
救急車を模した特殊車両には運転手を除き、処置台に寝かされた桃島、その右手を握る大角、桃島をモニタリングする第二課の九条と二名のスタッフ、そして、アリシアと霊幻が乗り込んでいた。
「良し、出発して」
特殊救急車は速やかに道路に出て、目的地へと車輪を回していく。
「アリシア、吾輩達は何処に向かっているのだ?」
「南区の工場にカモフラージュした隠れ家に向かいます。無理なら他の隠れ場所に」
アリシアらしい周到さだ。どうやら、隠れ家は複数用意してあるらしい。
「おい、一体何が起きてんだよ! 良い加減、俺と先生にも教えてくれよ!」
大角はもう我慢できなかったのだろう。今、この男に霊幻達は何も知らせていないのだ。
同胞達で出来た血みどろのオブジェが見つかり、程なくしてシカバネ町全体へ大規模なテロ行為を起こした。その事実を誰も大角へ伝えようとしなかった。
「黙って先生とやらの手を握っているが良い。お前に出来る事はそれくらいだ」
もしも、大角が元穿頭教徒等では無く、祈りを享受すべき人間であったのなら、霊幻は親身に成って質問に答えただろう。
「バカな俺にだって分かる。俺の家族達が何かしたんだろ!? なあ、頼むよ教えてくれ! 今、ケンジ達は一体何をしてんだよ!?」
ハハハハハハハハハハハ! 霊幻の狂笑が車両に響いた。
「ハハハハハ! 頼む、頼むと言ったか? 良いか、お前は本来、呼吸するのも許されない人間なのだ。お前達は祈りを凌辱し、人の尊厳を貶めてきた畜生共だ。そんなお前が頼むだと? ああ、これは面白い! 腐った声で祈りの言葉を喚いている!」
ハハハハハハハハハハ! この男達を撲滅したいという想いをより強固にしていく。
「で、でもよ――」
「おお! 良いアイディアを思い付いたぞ! アリシア、この男の喉を潰してしまおう! お前が必要なのは寝ている肉人形だけなのだろう?」
霊幻は名案を口にする。そうだ、この大男はうるさ過ぎる。喉でも潰して床に転がしておくのが建設的だ。
京香から護衛の命令を受けているが、必要行為だと拡大解釈もできなくはない。
「止めておきなさい、霊幻。喋れた方が便利です。情報取得がスムーズなんですから」
「ふむ。お前がそう言うのであれば従おう」
名案を却下され、残念に思うが。霊幻は思考を切り替えて、車両の窓ガラスから外を見た。
大角がまだ何かを言いたそうにしているが、その言葉に答えてくれる人間とキョンシーは今この車両に誰も居なかった。
合計して二度の左折と三度の右折をし、三車線の広い公道へ出た。ここを直線に十五分も行けば南区に到着である。
その直後、運転席の男が後部の霊幻達へと緊急事態を知らせた。
「アリシアさん! 後方から不審な車両が二台! 猛スピードで接近して来ます!」
即座に霊幻とアリシアは自分達の背後から近づいて来る車両を見た。
約二百メートル後方。黒と白の二台のファミリーカーが猛スピードでこちらへと近づいて来ている。
「サイレン! そしてスピードを上げて!」
「はい!」
ピイイイィィイイィィポオオオォォオオォォピイイイィィイイィィポオオオォォオオォォ!
偽装サイレンがけたたましく周囲へと鳴り響き、車両が法定速度を無視して強烈に加速する。
直後、背後の車達の速度も上がり、それぞれの後部座席のドアが開き、二体のキョンシーが現れる。
「霊幻!」
「ああ、任せろ!」
後部ドアを開け、霊幻は特殊救急車の屋根へと飛び乗り、戦闘態勢を取った。
「来るが良い! 吾輩の紫電で撲滅してくれる!」
バチバチバチバチバチバチ!




