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⑧ 切り札を切らされる







 イダテン三号のアクセルを全開にして京香は北区へと爆走する。


 対向車線には北区から逃げてきたのであろう乗用車が幾つか走っていた。


 きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!


 北区。有楽天に近づくにつれて、悲鳴と破砕音が耳に届く。


――敵の数は?


 有楽天一帯の複数の地点から破砕音が響く。少なく見積もって四組はキョンシー使いとキョンシーが居た。


「京香ー! こっちこっちー!」


 左前前方。京香はゲームセンター近くに充の姿を見付けた。彼女の周りには大中小サイズの違う三体のキョンシー、ダイゴロウ、チュウスケ、コウメが立っている。


 京香はブレーキを掛け、充のすぐ隣で停車する。


「充、状況は?」


「見ての通り。穿頭教が施設を破壊して回ってる。住民達も避難中かな。第一課と第五課のキョンシー使いで交戦してるけど、相手のキョンシーがPSI使いだから苦戦してる」


「了解。アタシも行くわ。何処の敵が一番強い?」


「付いて来て。私も一緒に戦うから」


 すぐさま、京香達は走り出した。


「ダイゴロウ達に前衛、アタシが中距離で攻撃、充には後方で指示を出して貰う感じで良い?」


「了解!」


 全力疾走の一歩手前で、京香は今ある戦力で戦術を組み立てて行く。


「ねえ、京香、霊幻は?」


「連れて来てない。事情があってね」


「あらら、それは残念。こういう時こそ霊幻が居て欲しいのに」


「ごめんね」


 足が踏み締める度、耳に届く破砕音が大きく成る。それと同じ様に住民達の悲鳴もはっきりとしてきた。


「……ちっ」


 アクティブマグネットを発動すれば自動車並みの速度で飛んで行ける。しかし、これは京香の切り札だ。状況も分からずに使うわけにはいかない。


――遅いな。


 振り回す手足の遠心力が嫌になるほどに重い。まるで鉛を括り付けた様だ。


「ああ、もう! ねっむいのに!」


 貧血気味の頭。締め付けられた心臓。節々が痛む関節。コンディションはとても低い。


「京香、後少しだよ!」


 走る、走る、走る。二人と三体の足音が三分かそこら響き、破砕音が今までに無い程強くなった。


 そして、十字路を右に曲がり、京香はやっと目的地に着いた。


「あそこだよ!」


 充が指差した先。第一課と第五課のキョンシー使いが穿頭教徒と戦っていた。


「坂口、来たか!」


「はい、京香も連れて来ましたよ!」


 充に声を掛けた男は、彼女と同じ様に、大中小、三体のキョンシーへ指示を出し、前方の敵と戦っていた。


 そして、そこから十数歩離れた場所には、小柄なキョンシー六体へ指示を出す第五課の姿があった。


 第一課と第五課のキョンシー使いはどちらも課全体で規格化されたキョンシーを複数使うという点で似ている。しかし、異なる点もあった。第一課は大中小三体の、第五課はスペックが同一のキョンシーを指揮できる数だけ指揮するのだ。


 組織された戦闘力。第一課と第五課は第四課と第六課とは対極にある組織と言えた。


――ボロボロに成ってる。


 しかし、第一課と第五課のキョンシー達はどれも破損が酷かった。腕が不自然に曲がり、首が折れているキョンシーも居る。


 ハカモリのキョンシー達の前方二十メートル、二人と二体の穿頭教徒が居た。


 穿頭教のキョンシー達には傷一つ無い。


「「ああ、我らが神の使徒よ! その力で敵を磨り潰せ!」」


 穿頭教のキョンシー使いの命令に二体のキョンシーが第一課と第五課へ突撃する。


 キイイイいいいいいイイイイイイイイイイイイイいいいいイイイイイン!


 キイイイイイイいいいいいイイイイイイイいいいいイイイイイイイイン!


 釘を金属に擦り付けた様な高い音が鳴る。


 京香のコンタクトレンズがPSI力場を察知した。


 力場はキョンシー達の体を這う様にして生えている。このPSI力場はヤマダからの報告にあった。


――鎧型のテレキネシスか。


「エス、転ばせろ! エル、投げ飛ばせ! エムはキョンシー使いを狙え!」


「二号、五号、受け止めろ!」


 ハカモリと穿頭教のキョンシー同士が激突した。


 乗用車同士が正面衝突したかのような音が響き、ハカモリのキョンシー達の四肢が大きく曲がり、腕が引き千切れた。


 第一課と第五課のキョンシーではテレキネシスの鎧を突破できない。


 バンバンバンバンバンバン! 


 すぐさま第一課と第五課が右手の拳銃で敵のキョンシー使いを狙うが、動き回る穿頭教徒相手に弾丸は届かなかった。


「「くそっ!」」


 敵キョンシーのPSIがパイロキネシスやエアロキネシスであれば、もしくは一般的な放出型のテレキネシスであれば、第一課と第五課のキョンシーでも問題が無かっただろう。


 しかし、鎧のテレキネシスを突破するのは、規格化されたキョンシーでは困難だ。


「清金京香! お前が倒してくれ!」


「分かった! 二十秒待って!」


 京香は躊躇わず懐から〝PSI力場増幅制御蘇生符〟を取り出し、額へと押し当てた。


――いきなり切り札を切らされるなんてね!


 アクティブマグネットの出力でなければこのテレキネシスト達を突破できない。


 ジュウウウウウウウウウウウウ!


 蘇生符が額に完全に接着するまで五秒、そして起動に十秒をかかる。


 十秒。蘇生符が仮想脳細胞を生み出し、キョンシー専用の電気信号を京香の脳へと走らせる。


 五秒。強く京香の体が痙攣する。強烈に回転するコーヒーカップに乗っている様だ。


 三秒。京香の視界が変わり、味覚が消失する。


 二秒。京香の思考が変質する。


 一秒。ズキズキズキズキ!


 刺す様な頭痛と共に京香の世界が書き換わった。


「起動完了」


 蘇生符で中央が遮られた視界。キーンとした、小さな耳鳴り響く聴覚。鉄の匂いに敏感に成った嗅覚。消失した味覚。


 慣れ親しんだ、京香にしか分からない人間とキョンシーの狭間の世界。


――いや、桃島もそうかもしれないのか。


 考えるのは面倒だ。京香は頭を振り、自分のPSIの名を口にした。


「アクティブマグネット」


 バァン! ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 トレンチコートが弾け、京香の周囲を砂鉄の雲が覆い尽し、八つの鉄球の星が螺旋軌道を描いて周回した。


「充! 前衛はお願い!」


「はいはい! ダイゴロウ、突撃!」


 充の号令にダイゴロウがその巨体を広げてテレキネシストへと突撃する。


「飛べ!」


 砂鉄と鉄球を纏い、一つの災害と成って京香は敵へと突撃した。

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