⑦ 団子に惹かれてお供は踊る
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恭介が眼を丸くした時とほぼ同じ同時刻。
「……はぁ?」
京香も恭介と同じ顔をしていた。
605号室のベッドに転がり、スマートフォンに表示されたメッセージを京香は読み返す、
「本日の十一時、シカバネ町北区、有楽天近くにて、数十の死体と、十数のキョンシーの残骸を発見。これらの死体と残骸は有楽天近くの空きテナントから転がってきた模様。いずれも頭に複数の穴を開けていることから穿頭教の信徒達だと思われる。死体の損傷は激しく、死後一日は経過している。現在死亡時刻の詳細などを第三課が調査中。続報などは分かり次第連絡予定」
メッセージには添付写真があった。
「……うわぁ」
思わず、声を漏らした。添付された写真は有楽天で発見された死体と残骸の山を写した物だ。
死体ならば見慣れている。京香が声を漏らしたのは、その死体の有様からだ。
その写真に写った人間とキョンシーの体が文字通り一つに成っていた。
全ての死体と残骸の肩から下がぐちゃぐちゃに成っていた。そして、そのギリギリ硬さを保った数十の体は団子の様に練り固められ、巨大な肉団子に成っている。何故か肩から上は無事での様で、骨と内臓が絡まり合った肉団子の周りから、穴の開いた頭がまるでウニのトゲの様に生えていた。
おおよそ、人間の殺し方ではない。
――転がってきた?
この肉団子はつい先ほどまで空きテナントの中に隠されており、ゴロゴロと人目が着く場所まで転がってきたらしい。
ピピピ、早速、続報が飛んで来た。
「死体の数は二十四。キョンシーの残骸は十六」
この数字には覚えがある。三日前、恭介が交渉によってシカバネ町から出て行かせることにした穿頭教の人間とキョンシー達の数だ。
「一体、何が起きてんの?」
穿頭教は内輪揉めをしていたと聞いている。それが高じて、肉団子オブジェを生んだのだろうか?
――いやいや、穿頭教はそういう方向に狂ってるわけじゃないし。
人間の頭に穴を開け、超能力に開花することが穿頭教の目的だ。
このオブジェには明確な意図があった。それがどんな物かは分からないが、〝殺す〟ことが目的ではない。この肉団子を今発見させたことには何かしらの意味があるはずだ。
何かの陽動だろうか? 京香は考えたが、曖昧な結論までしか出なかった。
ただでさえ、徹夜続きだ。まともな思考ができる状態ではない。
――霊幻……は今パトロール中か
「んしょ、っと」
勢いを付けてベッドから起き上がり、京香は604号室へと向かった。
今、あの部屋でアリシアが大角と桃島の移動の準備をしている。この女にもメッセージは行っているはずだ。
左手でシャルロット持ち、スマートフォンを持ったままの右手で京香は604号室の扉を開けた。
「アリシア、居る?」
「ええ、居ますよ京香? 何の用です? 見ての通り私は忙しいのですが? ああ、それはそっちの箱に」
狭くは無いが決して広いとは言えない病室の内部で第二課の研究員達がやんややんやと動き回っている。
彼らはアリシアの指示で次の隠れ家へと運ぶ予定の電子機器の梱包作業を行っている様だった。
部屋の中央では今日も桃島が寝かされ、その手を大角が握っている。
「〝これの〟話なんだけど?」
ヒラヒラと右手のスマートフォンを京香は見せ、すぐさまアリシアはその意図を理解した。
「ああ、その話ですか。私達が今気にすることじゃないでしょう。まずは、安全に迅速にこれらを次の隠れ場所へ運ばなくては」
「……結局、隠れ場所って何処なのよ?」
「まだ、ヒ・ミ・ツです」
「そ」
自分ではアリシアに口を割らせられない。京香は割り切って話題を変えた。
「そろそろ恭介がマイケルを連れて来る予定なんだけど、そこの男を調べる時間ってある?」
「ああ、言ってましたね。今すぐには無理ですね。というか、あんまり他の研究者に触らせたくないんですけど」
「それ、うちのキョンシー技師が聞くと思う?」
「いえ、思いませんよ。マイケルは話を聞く様な研究者じゃありませんから」
やれやれとアリシアが肩を竦めた。女狐の困り姿は少しだけ気味が良い。
「ふわぁああ、あぁ」
強烈な欠伸が京香の口から漏れた。少しでも口を閉じていると瞼が落ちてしまいそうだ。
「……ダメだ、ねっむい」
「頑張ってください京香。あなたが眠ってしまうと戦闘員が消えてしまうんですから」
「分かってるわよ。恭介達が来るまでは頑張るから」
体中の関節が痛みの様な重さを持ち、腕を上げるのも億劫だった。
だが、後少しだ。恭介達が来れば、休憩できる、
――もうひと踏ん張りね。
ふう、と京香は息を吐く。肋骨の部分が引きつる様にピリリと痛んだ。
「んじゃ、アタシは隣の部屋に戻――」
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!
京香の言葉は右手にのスマートフォンのアラーム音で遮られた。
「続報の様ですね」
「そうね」
アリシアの言う通り、アラームは、シカバネ町北区で発見されたオブジェについての続報だった。
京香はメッセージへ視線を落とし、そして眼を丸くした。
液晶画面には、シカバネ町北区に複数の穿頭教がキョンシーを連れて出現したこと、そして、娯楽施設へ無差別攻撃を始めたことが書かれていた。
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!
なおも続報は終わらない。
曰く、南区で穿頭教が出現。工業施設への破壊を始めた。
曰く、東区で穿頭教が出現。小学校を占拠。
曰く、西区で穿頭教が出現。住民達への攻撃を始めた。
京香がそれら全てのメッセージを確認した同時にスマートフォンが再びアラームを鳴らした。
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
強烈で不快なアラーム音だ。これは戦闘員としての京香を召集する物である。
ピッ。
「清金です」
『状況は分かるな?』
「はい」
電話口の相手は水瀬だった。普段ならば、第一課のオペレータが居るはずである。
――緊急事態か。
『お前は今何処に居る?』
「スマートフォンのGPSで分かりませんか?」
『アリシアが何かしたようでな。場所が特定できん。北区へ向かえ。もう第五課と第一課が向かっている。お前も増援だ』
「何をしに?」
答えの分かった問いを京香は確認する。定義は大事だった。今、自分が第六課の主任として何をしに行くのか。
『簒奪者達の撃退だ』
「了解。すぐに向かいます」
ピッ。
通話を打ち切り、京香はアリシアへと眼を向けた。
「アタシ行って来るわ」
「待ちなさい。護衛はどうするつもりです?」
「ごめんね、優先順位はあっち側だわ。大丈夫、霊幻見つけて、護衛しとけって命令しとくから」
部屋の奥、こちらへ聞き耳を立てていた大角が不安そうに顔を向けた
「それなら許しましょう。私達は霊幻がこの部屋に戻り次第、次の隠れ家への移動を始めます。京香、あなたへは別途何かしらの方法で場所を伝えますよ」
「ええ。恭介にも連絡しといて」




