① 強情
「最後にもう一度だけ教えて。クロガネ……、あのキョンシーは、そういう名前なのね」
「はい」
「ハハハハハハハ! なるほど! クロガネか! 敵個体の名前が分かったのは僥倖だ! 一々、撲滅対象と呼ばなくて良いのだからな!」
朝、午前八時半。人恵会病院、605号室にて京香は恭介からの報告を聞いた。
京香が葉隠邸でスズメと眠っていた頃、木下恭介が坂口充と共に穿頭教と会敵した情報は既にハカモリ全体に共有されていた。
「恭介、上手くやったわね。敵の数が分かっただけじゃなく、その半分を撤退させる約束を取り付けたんだもの」
「まあ、本当に撤退しているかは分かりませんけどね」
「いやいや、すごいわ。アタシじゃ無理だもの。絶対、戦ってるわ。偉い偉い、天晴だわ」
恭介をできるだけ柔らかく褒めながらも、京香の心は硬くなっていた。叩き付ければ割れてしまうダイヤモンドの様に余裕を失った心を無視しなければ、まともに動くことが出来そうになかった。
――母さんが、来ている。
事実は異なる。今、シカバネ町に来ているのは、清金カナエと全く同じ顔をしたキョンシーだ。生前の記憶を記録として保持しているらしいが、その在り方は全く異なっているはずだ。
ならば、今、シカバネ町に来ているのは只の異端のキョンシーであり、京香にとって撲滅対象に過ぎない。そう思うことが最善の策だと京香にも分かっていた。
「……で、恭介、アリシアが言うには、あんたがアタシの代わりに本部に行くんだっけ?」
「そう聞いてます。僕は一回帰って軽く寝たら本部に行く予定です」
朝、起きた時、胸と腰に抱き着いて来るスズメを剥がしながら確認したスマートフォンにアリシアからの連絡が入っていた。
京香のスマートフォンには水瀬からの招集命令が来ていた。大角達を匿っていることがバレたのだろう。アリシアからの連絡はそれについての物だった。
曰く、水瀬からの招集には京香では無く、代わりに恭介を参加させること。そちらの方が話がスムーズに済みそうだということ。京香はそのまま護衛として人恵会病院に居ること。それらの指示が書かれていた。
「アタシも行くわ」
自分でも驚くほど、頑なな声が京香の喉から溢れた。冷静な判断ではない。アリシアの言う通りにした方が上手く行く可能性が高いのは分かっている。
「いや、それは」
「アタシも、行く。アリシアの言うことをわざわざ聞くのは癪に障るわ」
文句を言わせない強い口調だった。恭介が困った顔をしている。
「ハハハハハハハハハハハハ! 諦めろ恭介! 吾輩の相棒はこうなったらてこでも動かん」
「……まあ、分かりました。僕も一人で行くのは気が進まなかったんです」
――悪い事をしたわね。
恭介は何も悪くない。アリシアに言われ、それに従おうとしたに過ぎない。自分がもっと〝先輩〟の様であれば、もっと雰囲気良く話が出来ただろうか。
頭を振り、京香は我関せずとハードカバーの本を読んでいたヤマダへと話しかけた。
「ヤマダ、もう少し護衛をお願い。アタシ達は本部に呼ばれてるから行って来るわ」
「早く帰ってきてくだサイネ。そろそろ眠りたいのデ」
本から顔を上げてヤマダが京香へと手を振った。
「恭介、アリシアはいつ本部に来るんだっけ?」
「昼前って言ってましたね。」
「じゃあ、アタシ達も朝ごはん食べてから行きましょう。ファミレスで良い? 奢るわ」
「ご馳走に成ります。ホムラ、ココミ、行くよ」
京香は苦笑で返し、恭介を連れて605号室を出た。




