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⑧ 蓮の裏に潜むモノ







「それじゃあ、恭介くん、またね。京香によろしく伝えておいて」


「僕はもう会いたくないです」


「そう言わないで。あなたとはまた会う気がするの」


 フフフ。ヴェールの向こうで微笑みを上げながら、砂鉄に包まれた喪服姿のキョンシーは闇へと消えて行く。


 恭介と坂口達はその背をジッと見つめ、ジャリジャリという音が完全に消えるまで体を動かさなかった。


 そして、音が完全に聞こえなくなって初めて、恭介は膝を曲げ、「はぁー」と息を吐いた。


「やっばい! マジで死ぬかと思った! え、あれが噂に聞いてた清金カナエを素体にしたキョンシー? 完全に殺しに来てる性能じゃん。やっばいやばい。ダイゴロウ達だけじゃ生き残る目すらないよ」


 頭上で坂口の声が聞こえる。安堵と言う表現がピッタリの声で、恭介も同感だった。


 バクバクバクバク。今更、心臓が震え出す。今、自分が五体満足で生存していることが恭介には信じられなかった。


「はー、はあ、はああああああああ」


 息をゆっくりと整え、膝の震えが収まった頃、恭介は立ち上がった。


 東の空がうっすらと白み始めていた。


「坂口さん、今何時ですか?」


「え? ああ、もう、五時過ぎてるよ。しまったなぁ、桑原主任に連絡しとかないと」


 タハハと坂口が白いヘアバンドを叩いた。その顔には疲労が色濃く出ている。


「僕も帰りますね。追手が来ない内にここを離れたいです」


「賛成賛成。途中まで一緒に行こうよ」




 有楽天から離れ、シカバネ町の中央区を目指していると、坂口が問い掛けた。


「ところで、何? 第二課と第六課で穿頭教徒を匿ってんの?」


「できればオフレコにして欲しいですけど、無理ですよね?」


「まあねー。あんだけはっきりと聞いちゃうとねー。私は対策局に帰ったらそのまま桑原主任に伝えるつもりだよ。さっきの恭介君の交渉も含めてね」


「しょうがないですね、それは」


 恭介は肩を落とし、清金とアリシアに何と伝えるのかを考え始めた。


 ともあれ、一度、人恵会病院に戻らなければならない。追手は今の所無く、今の内に先程の顛末を第六課と第二課で共有する必要があるからだ。


「いや、しかし、我ながら良く生き残れましたね」


「本当にねー。今度ばかりは死を覚悟したよー」


 中央区の対策局のビルに着くまで、他愛のない表面だけの会話をし続けた。


 下手なことを言って、大角と桃島の居場所が坂口へ漏れてしまうのはまずい。


 坂口も恭介の心情は分かっている様で、わざわざ踏み込んで質問してくることが無かったのは幸いだった。


「良し、着いた。それじゃあね、恭介君。今日を生き残れたことを感謝しよう」


「はい。それじゃあ、また」


 坂口がビルに入るのを見届け、恭介はホムラとココミへ振り替える。


「ココミ、答えろ。ケンジの言っていたことは本当か? 違うなら横に、合っているなら縦に首を振れ。分からないなら何もしなくて良い」


 ココミの隻眼へ恭介は真っ直ぐに眼を向け、先程の交渉にてケンジの発言の真偽を問う。


「……」


 コクリとココミは頷いた。どうやら、ケンジの発言自体は本気であるらしい。


――それだけでも上々か。


 ショボショボと寝不足故に視界が霞む。


 眠気と疲れが凄まじい。恭介は動ける内に人恵会病院に戻ることにした。




 午前六時前。夜明けが今か今かと訪れようとしている頃。


 恭介は人恵会病院の六階へと帰って来ていた。


――ねっむい。


「ホムラとココミは先に605号室へ帰ってて」


「やっと休めるのね。疲れたわ。とても疲れたわ。ココミもとっても疲れてしまったじゃない。ねえ、ココミ、今日も一緒に手を結んで眠りましょうね」


「……」


 すぐに605号室へ戻り、清金が来るまで仮眠を取りたかったが、恭介にはまずするべきことがあった。


「入りますよ」


 返事を待たずに、扉を開け、恭介は桃島と大角が眠っている604号室へと入った。


 その桃島の周囲では、第二課の九条が脳波の計測機器とにらめっこをしている。


 九条は、不可解だと言わんばかりに頭を捻っていた。


「九条さん、今大丈夫ですか?」


「ん? ああ、大丈夫だ。何があった?」


「アリシアさんと連絡が取りたいです。電話を貸してくれませんか。僕のは先程壊されてしまって」


「了解。これを使え」


 放り投げられたスマートフォンを受け取り、恭介は604号室を出ようとした。


「おお、木下帰って来たのかぁ。何かあったのか?」


 元々浅い眠りだったのだろう。今のやり取りの音で大角が起き上がり、大あくびを上げながら恭介へと問い掛けた。


「丁度良い。大角、少しこっちに来い。アリシアさんも含めて話したいことがある」


「んん? おお、了解だ」




 そして、恭介は六階のレストスペースでアリシアと大角へ先程の顛末を伝えた。


「俺は良く分からないが、結局どういう状況に成っちまったんだ?」


『このままだと第一課がここに押し寄せ、あなた達が殺されるんですよ』


「やべえじゃねえか!」


 スピーカーモードのスマートフォンから響くアリシアの言葉に大角が愕然と眼を見開いた。


「どうしますか? 穿頭教であれ、第一課であれ、人恵会病院に匿っていることがバレるのも時間の問題です」


『困りました。まだ、調査も終わっていないのに』


「おいおい、そんな事言ってる場合じゃねえだろ! 先生を助けてくれよ!」


「僕に言うな」


 大角が恭介へ詰め寄るが、恭介に出来る事などほとんど無い。


『まあ、分かりました。上手く交渉して三日は持たせます。それまでに次の隠れ家を確保しておきましょう』


「現実的にはそんな所でしょうね。僕はどうしますか?」


『おそらく、明日、いえ、もう今日ですか。今日の昼にでも、私とキョウカがカツノリに呼ばれるでしょう。キョウスケ、あなたがキョウカの代わりに来てください。キョウカには私から伝えておきますから』


「分かりました」


『それではキョウスケ、また後で』


 ピッ。アリシアとの通話が打ち切られ、恭介は瞬きしながらスマートフォンをポケットに戻し、大角を見上げた。


「大角、それで良いな?」


「それで先生が助かるんだな?」


 大男は不安で押しつぶされそうだった。もしも、その頭に穴さえ開いていなければ、恭介は何か優しい言葉を掛けただろう。


「知らないよ。攻めてきたお前のお仲間に文句を言え」


「ケンジ達か……」


 苦々しく大角が顔を歪めた。


「あいつらはお前を殺すと言っていた」


「だろうな。俺はそれだけのことをした。ケンジ達が許してくれる筈ねえよ」


 大角は愛し気な視線を604号室へ向け、フゥっと息を吐く。


 何かを大角は恭介へ語りたいのだろう。それで胸を軽くしたいのだ。


「あいつら、ケンジ達と俺はリトルロータスの同期なんだ。一緒に育ち、一緒に学び、一緒に穿頭教の理想を追い求めていた」


「……それは桃島もか?」


「先生は俺達を育ててくれた人だ。リトルロータスの院長でな。先生の手で、何人ものキョウダイが頭に穴を開けて行ったよ」


 そこまで行って大角は一度口を閉じ、何かを待ってからもう一度口を開いた。


「先生が新技術の実験体になんて志願しなけば良かったのになぁ。無駄に大きくなった俺の体ならいくらでも弄って構わないのに」


 新技術という言葉に恭介は一つの疑問を覚えた。


 ケンジ達と共にあのクロガネが居た。それが何を意味するのだろうか。


「大角、その新技術を持って来たっていう研究団体のことで質問がある」


「ん? 何だ? 俺は詳しい事は全然知らないぞ?」


「その研究団体に、高原って男は居たか? もしくは喪服姿の女性体のキョンシーでも良い。キョンシーの方はクロガネって名乗っている」


 思い出す様に大角はニット帽越しに頭触り、そこに開いた穴の淵を撫でた。


「あ、ああ、確かに居た。真っ黒な服を着たキョンシーだろう? 名前までは覚えてないが、そいつが俺達の研究員や先生と何か話しているのを見たことがあるぜ」


 大角の言葉ではっきりとした。


 桃島に行われた新技術とやらに高原達が深く関わっている。


――どういうことだ?


 恭介はしょぼくれる視界の中で、唾を飲み込んだ。

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