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⑦ 犬、猿、雉







 三十分後。


 クロガネが恭介達を連れてきたのは有楽天の東側。シャッターに閉じられたとあるボーリング場の中だった。


 談話や食事用の丸テーブルには電気ランタンが置かれ、それを囲む様に、頭に穴を空けた一団が腰かけていた。


 穿頭教の信者達である。若い、おそらく恭介と同年代の男女が五人、そして三体のキョンシーが居た。


――ヤマダさんと交戦した連中か。


 人数と風貌が一致している。十中八九そうだろうと恭介は結論付けた。


「……クロガネさん、そいつは?」


 真ん中に座っていた男がクロガネへと問い掛けた。


「残念ながら見つかってしまいましてね。こちらは木下恭介とそのお仲間です。あなた達が探している第六課の職員ですよ」


 ザワ! 穿頭教の信者達がにわかに騒ぎ出した。


 その顔には怒りを露わにされ、今にも恭介達へ飛び掛かってきそうだった。


「言っておくわ。一歩でも、そこからこっちに動いたら、燃やす」


 恭介のすぐ後ろでココミと手を繋いだ状態のホムラが宣言する。その言葉には虚偽が一切含まれていない。


 それを恭介は止める気は無かった。


 坂口が恭介へと耳打ちする。


「恭介君、私が話そうか?」


「いえ、ここは自分が言います。坂口さんは退路の確保を」


 ありがたい申し出だった。穿頭教と恭介は話したくない。だが、適材適所という言葉がある。今、坂口がするべき仕事は、最終的な逃走経路の確保だ。


 数歩、恭介はホムラとココミを連れてクロガネの隣まで進んだ。


「……第六課の木下恭介だ。話があるというのはどいつだ?」


「俺だ」


 手を上げたのはクロガネへと問い掛けていた真ん中の男だった。中肉中背で、複数の穴が空いた頭皮には荒く染めた金髪が生えている。


「名前を聞こうか」


「ケンジ。ここに居る奴らのリーダーをやっている」


 恭介は胸が震えない様にゆっくりと息を吐く。


「なるほど、で、要件は?」


「先生を返せって言ってんのよ!」


 もう我慢できない、とでも言う様に、ケンジの横に座っていた手足の長い女が立ち上がった。


「エンジュ、座れ、ここはケンジに任せろ」


「チサトは黙ってて! ここでこいつを拷問でも何でもして先生の居場所を吐かせてやる!」


 エンジュと呼ばれた女をケンジの逆隣に座っていたチサトと呼ばれた線の細い男が椅子へと押さえつける。


 ドタバタドタバタ。騒がしい音が響く。


「僕だって暇じゃない。話をする気が無いなら帰るぞ?」


「すまん。すぐに黙らせる」


 ケンジは音も無く立ち上がり、自分の目の前でガタガタと騒ぐエンジュの頬を殴りつけた。


「がっ」


 バキッ。相手が女と言うことを欠片も考慮していない打撃。エンジュの体はガタンと丸テーブルへ倒れ、電気ランタンが床へと落ちた。


 痛みが酷いのだろう。エンジュは殴られた左頬を押させて蹲った。奥歯が折れたのかもしれない。


「チサト、こいつを後ろに下げろ。話の邪魔だ。後、俺が代表して話す。他の奴らも後ろで待ってろ」


「ああ、分かった」


 床に転がったエンジュをチサトがズリズリと後方へ引き摺っていき、それに他の穿頭教徒も付いて行った。


「……暴力的だな」


「聞き分けの無い猿には殴った方が早い。ほら、木下と言ったか、席も空いた座ってくれ」


 ケンジは何処か気さくに対面への着席を恭介に勧めて来た。


――どうする?


 クロガネの誓いがあるとはいえ、ここは敵地のど真ん中だ。一つ一つ行動が死へと直結し得る。


 少しだけ考え、恭介は座ることにした。ここまで来たのだ。立っているか座っているかで生存率は大して変わらない。


 ギギ、ギィ。音を立てて椅子へと座り、そして、自分のすぐ後ろにホムラとココミが並んで立たせておいた。


「もう一度、聞こう。要件は何だ?」


「今、お前達第六課は俺達の先生、桃島 真を匿っているよな。その居場所を教えてくれないか?」


「……何の話だ?」


「裏は取れている。ダイカクが先生を攫って、第二課と第六課に匿われているんだろう?」


――とぼけるのは無理だな。


 何処から情報が漏れたのかは分からない。しかし、このケンジが率いる穿頭教徒達が様々な情報を仕入れているのは確かである様だ。


「確かに僕は桃島の居場所を知っている。それは認めよう。だけど、はいそうですかとお前達に教える筈が無いだろう?」


「まあ、そうだよな。俺も期待してなかったさ」


 ケンジはその金髪をガシガシと引っ掻き、自分の頭に空いた穴へ指を入れた。


 人差し指が第二関節程度まで入り、グチュという肉を掻き分ける音が鳴った。


「木下、俺達はお前達第六課と争いたいんじゃないんだ。お前達の所には、あの清金京香と霊幻が居る。戦おうなんて狂人がすることさ」


「なら、さっさと、この町から出て行け」


「それは無理だ。先生を取り返すために俺達はこの町に来たんだ。言っておくがここに居る奴らだけじゃないぜ。穿頭教が送り込めるだけの戦闘員が今この町で先生を血眼に成って探しているのさ」


 恭介は小さく目を見開いた。予想よりも多くの敵が今桃島を狙っているのだ。


「先生をこちらへ引き渡してくれれば、俺達はすぐに手を引こう。お前は戦闘員じゃないんだろう? 怪我をしたくないはずだ」


「関係ない。僕は第六課で、今回の仕事は桃島の護衛だ。そんな要求を飲む訳には行かない。逆にお前達の投降を提案しよう。命だけは助けてやるさ」


「面白れぇ! 完全に平行線じゃねえか!」


 犬歯を剥き出しにしてケンジは笑った。今にもこちらへと跳び掛かってきそうな猟奇的な笑みだ。


「話が終わりなら僕は帰るぞ。もうこんな時間だ。眠らせてくれ」


「悪い悪い。それじゃあ交渉しよう。先生の場所を教えてくれとは言わない。大角が第二課に先生へ何をさせているのかを教えてくれ。代わりに俺はこのシカバネ町に送り込んだ人間とキョンシーの数を教えよう」


 魅力的な提案だった。今、シカバネ町に来ている穿頭教の人数とキョンシー数が分かれば、恭介達は対策を立てられる。


「信じられないな」


「何ならお前の後ろのテレパシストに俺の脳を漁って貰っても良い。そうすれば真偽が分かるだろ」


――ココミ、こいつの思考を読み取れるか?


 恭介は心中でココミへと問い掛けた。


 しかし、ココミからのレスポンスは無い。


――どうする?


 恭介は考え、そして要求した。


「半分。お前達がこの町に送り込んだ人間とキョンシー、その半分をこの町から出て行かせろ。それが条件だ」


「ハッ! 強欲だな、お前は! 良いだろう。俺はお前から先生が何をされているのかを聞く。そして、俺はお前にこの町に連れてきた穿頭教の人数とキョンシーの数を教え、その半分を帰らせる。これで契約成立だな!」


 頭の穴に突っ込んでいた指を抜き、ケンジが粘液の付着した人差し指を舐めた。


 恭介はフレームレス眼鏡をクイッと上げてピントを合わせる。


――これで良かったのか?


 それは分からない。だが、口に出してしまった言葉を撤回できる場では無かった。


「どちらから話す?」


「俺から話そう。それくらいの礼儀は尽くすさ。この町に連れて来た人間の数は四十八。キョンシーは三十三体だ。約束通り、半分を明日までに出て行かせよう。キョンシーの方は十六体で良いか?」


「ああ、構わない」


 かなりの数だ。三十体を超える――おそらく戦闘用の――キョンシーをどうやってシカバネ町に連れて来たというのか。


 自らの犬歯を撫でながら、ケンジは恭介へと指を向けた。


「さ、俺は正直に答えたぜ。お前の番だ。先生は何をされている?」


「第二課は今、桃島のPSIについて調査している。それが終わったらダイカクの要求通り、桃島を只の人間に戻すための処置を始めるつもりだ」


「クソがああああああああああああああああああぁ!」


 ガンッ! 恭介の言葉を聞いた瞬間、ケンジが丸テーブルへ自身の拳を叩き付けた。


「あの恥知らずがぁ! 俺達の理想にやっと手が届いたって言うのに! 先生が望んだ姿に成れたって言うのに! それを全部台無しにする気か! お前はもう仲間じゃない! 同士じゃない! キョウダイじゃない! 殺してやる殺してやる殺してやる! 頭から潰して、犬の餌にしてやるよ!」


 ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ!


 何度も何度もケンジは丸テーブルを叩き付けた。急激な態度の変化に恭介は付いて行けない。


「もう良いな。僕達はこれで失礼する。約束は守れよ」


「クソがックソがックソがックソがックソがックソがックソがックソがックソがッ!」


 ケンジはこちらへ聞く耳を持っていない様で、恭介は反応を待たず立ち上がった。


「こうなったケンジはしばらく元に戻らないわ。お話をしてくれてありがとうね。もう帰るのかしら?」


 背後でこちらをずっと見ていたクロガネの問いかけに恭介は頷いた。


「はい、僕達を安全に解放してくれるんでしょうね?」


「ええ、そう誓ったもの。それじゃあ、穿頭教の皆さん、私は恭介くん達を送って来るわね」

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