③ 離れ座敷でヨダカは眠る
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京香がスズメと風呂に入り、寝床に入った頃。
霊幻は葉隠邸の離れ座敷にて胡坐をかいていた。夜のパトロールに出かけたかったのだが、京香にこの屋敷に居る様に言い付けられてしまったのだ。
「ハハハハハハハハハハハハ! お前とこうして向かい合うのも久しぶりだなヨダカ」
「霊幻様、霊幻様、もう少しお静かに。それ以上声を大きくしてしまいますとスズメ様のお耳に届いてしまいます」
八畳程度の広さの離れ座敷だった。聞けばヨダカは普段ここに隠れているらしい。
薄暗いLEDで照らされた八畳にて、前方2メートルの位置で正座するヨダカの左手には大太刀の白鞘が握られている。
「ヨダカよ、吾輩はここでお前と戦う気は無いぞ? お前は撲滅対象ではない。勿論、お前が戦いたいというのなら話は別だがな」
「大太刀はお気になさらず、霊幻様へ刃を向ける気はございません」
「ハハハハハ。ならば良い。お前はスズメにとって良いキョンシーだ」
霊幻は視線を京香達が居る母屋へと向ける。左眼の赤外線ディテクターの感度を上げ、邸内の情報を入手した。
「……ふむ。どうやら吾輩の相棒とお前の主は眠った様だ。二人仲良く同じ布団に居るぞ」
「重畳重畳。把握しております。スズメ様は本日とても穏やかでした。体調も良好。このまま何事も無く過ごしていただきたいものです」
そして、沈黙が流れた。
ヨダカと言うキョンシーを霊幻は好ましいと思っていたが、このキョンシーへ向けるべき話題が今は無く、話さなかったからと言って気まずくなる様な思考回路をしていない。
特に何も話さないでいると、ヨダカが母屋へ――おそらく、主であるスズメへ――目を向けたまま、話題を振ってきた。
「霊幻様、霊幻様。京香様をこの葉隠邸に住まわせることは不可能なのでしょうか?」
「無理だろう。京香にはその気が無い」
「霊幻様がおっしゃれば、京香様は耳を傾けてくださるとワタクシは愚考いたします」
「吾輩にもその気が無い。ここを箱庭としてしまったら、清金京香は吾輩の相棒では無くなってしまうからな」
霊幻は理解していた。清金京香が今こうして自分の相棒を務められているのは、一重に清金京香が気を張り、無理をしているからだ。
無理をして無理をして、彼女の中にある祈りと呪いを支えに立ち続けているから、清金京香は第六課の主任をやれているのだ。
一度でもこの無理を止めてしまえば、清金京香はもう霊幻の隣には立てなくなるだろう。
ヨダカが残念そうに眼を伏せた。
「スズメ様は京香様と共に暮らす日々をいつも夢想しておいでです」
「であろうな。スズメは残り少ない時間を京香と過ごしたいのだろう」
「ワタクシはそれを叶えてさしあげたいのですが、どうやら、難しいようでございますね」
「京香が決めるのなら吾輩は止めんよ。話はここまでだ」
撲滅に繋がらないのだから、霊幻がヨダカの要求を手伝うことはあり得ない。この話はここで打ち止めだった。
「ワタクシが聞くべきことは終わりました」
「そうか」
「……では、ここからはプライベートなお話です」
ヨダカがその切れ長の瞳を霊幻へ向けた。僅かに口元が緩み、そこから、ほうっと熱を帯びた息が吐かれる。
ゴトン。ヨダカが白鞘の大太刀を畳に置いた。
パチ、パチ。そして、空いた両手で胸元のボダンを外していく。
真っ黒なブラウスの全ての枷が外され、ヨダカの血の気が失せた白い肌が外気に晒された。
「ん」
ほうっと、ヨダカの口元から熱が漏れる。空調設備などが無い離れ屋敷でそこだけが明確な熱を持っていた。
蘇生符の奥。ヨダカの瞳は淫靡と称される色をしていた。
「ヨダカ。吾輩はお前の客ではない」
霊幻の言葉を聞いているのかいないのか、ヨダカの手は自身の下半身へと伸び、スカートのフックを外した。
トン、とヨダカは立ち上がり、スカートが畳へと落ちる。
白鞘の様な二本の脚をヨダカは青白い手で撫でた。
「さあ、霊幻様。ワタクシを汚してくださいませ」
霊幻は視線を上げてヨダカの眼を見た。
「これはお前の悪癖だな」
そう言って霊幻は立ち上がる。
京香よりは高いとはいえ、ヨダカの眼は霊幻の肩程までしかない。
ヨダカが顎を上げ、熱を持った吐息が霊幻へと流れる。
そして、離れ座敷の明かりが消えた。




