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① 人待ちスズメ

 次の日の午後七時頃。


「清金先輩、交代の時間です」


「ん、明日までよろしく」


 605号室へ入ってきた恭介とヤマダに、京香は遊んでいた携帯ゲーム機を置いた。


 大角と桃島の護衛を初めて早一日。今の所、穿頭教が人恵会病院を突き止めた気配は無い。


 シャルロットを左手に持って立ち上がり、セセラギ荘へと戻る準備を京香はした。


「……ふわぁ、ねむ」


「あら、大きなあくびデスネ」


 あくびと一緒に京香の眼に涙が出て来る。その眼は充血しており、貧血の時の様に体がややふらついていた。


「情けないぞ京香。一日程度の徹夜で音を上げるとは」


「はいはい」


 グラッと目眩と頭痛がして、京香は額を抑えた。そもそもとして彼女の基礎体温は低く、低血圧だ。先程からフラフラし、脳に栄養が行っていない。


 清金京香という戦力の運用を考えた場合、二日連続して徹夜は行えない。


 そのため、護衛のローテンションは京香と霊幻が二十四時間、恭介とヤマダ達が十二時間と成った。


 明日の午前七時までわずかな休息を取るため、京香と霊幻はセセラギ荘に帰るのである。


「あー、おっもいわね、このコート」


 着慣れたはずの砂鉄と鉄球入りトレンチコートがいつも以上に重く感じ、京香はダルそうにぼやく。何で自分の装備品はこう重苦しいのか。もっとこう軽く乙女の体に優しい材質にできないものか。


 そんな戯言を本気で考えながら京香は605号室を出た。


――一応、護衛交代の連絡しとかないと。


 気が進まないし、姿を見たくもないが、京香は604号室へ顔を出し、短く「護衛交代。明日の朝には帰って来るわ」と言って、すぐに部屋を出た。


「おう! ありがとう清金! ゆっくりと休んでくれ!」


 背を向け、エレベーターに向かう京香の背に、大角の大きな声が響く。


「っさいなぁ」


 苛立ちが頭痛を強くした。声も聞きたくない。認識すらしたくないのだ。


 リノリウムの床に荒い足音が鳴る。いつもならば霊幻と軽口を叩いているのだが、京香はそんな気にもならなかった。




「霊幻、北区に寄ってから帰るわ。ご飯を食べたいから」


「栄養補給だな! すばらしい! より効率的な撲滅のためだ!」


 そんなことを言って、人恵会病院のある東区から北区へ京香は足を向ける。この位置からなら三十分も歩けばハンバーガーショップかファミレスに着くだろう。


――霊幻に抱えてもらうのもありかも知れないわね。


 霊幻をタクシーに使えば、五分とかからない。その絵面は完全に誘拐犯だが。


 テクテクテク。あくびを何度もしながら歩いて十分。東区と北区の間に差し迫る頃、京香を呼び寄せる声が聞こえた。


「京香様、京香様、お待ちくださいませ」


 囁く様で何処か艶めかしい声だ。


 京香は声が聞こえてきた方向、すなわち、左方十メートルへと眼を向けた。


 風俗店と換金所の間にある路地裏へと続く薄暗い細道だ。そこから一つの人影が音も無く現れた。


「ヨダカじゃない、珍しい」


 現れたのは真っ黒なメイド服に身を包んだキョンシー、ヨダカだった。背は京香よりも高く、黒髪は真っ直ぐで首元までで切り揃えられ、切れ長の目をしたキョンシーだ。


 何よりも眼を引くのは左腰に吊られた白き大太刀だ。白鞘に納められ、白い柄と鍔をした大太刀が、このキョンシーの風貌を強く印象付けていた。


「ええ、ええ、そうでございます。葉隠スズメが筆頭キョンシーかつメイド長、ヨダカでございます。どうか、我らが主、スズメ様の言葉をお聞きくださいませ」


 ヨダカは葉隠スズメが唯一所有する、大人の姿で自律型のキョンシーだった。主な役割はスズメの護衛であり、普段は彼女の眼に映らない様に葉隠邸の何処かに隠れている。


 そんなキョンシーがこうして人前に出るのはとても珍しいことだ。


「スズメに何かあったの?」


「いえ、スズメ様はご無事です。そして、スズメ様は京香様の来訪をお望みでございます。直に京香様とお話がしたいとおっしゃっていました。どうかワタクシに付いて来てくださりませ」


――とりあえず無事か。


「今じゃなきゃダメ? アタシお腹減ってるのよね。しかも結構眠いのよ」


「ご安心くださいませ。葉隠邸にて最高級の食事と寝床を用意してございます。京香様のお気に召すものであると我らメイドは自負しております」


――色々とバレてるみたいね。


 今の京香の、第六課の事情をスズメは既に知っているらしい。


 京香は少し考えた。スズメの提案に乗るかどうか。情報などメールか電話で済ませれば良いのだ。わざわざ会いたいというのは非効率である。


 無言を貫く京香へ、再度ヨダカは口を開いた。


「スズメ様は京香様の来訪をご所望でございます。必ずお連れする様に言付けを授かっております。どうかお聞きくださいませ」


 そう言ってスズメの右手が腰の大太刀の柄へ掛けられた。


 スズメの臨戦態勢。京香が断るならば、躊躇いなく刃を抜くのだろう。


「おお! 京香よ! このキョンシーはやる気だぞ! 撲滅してしまおう!」


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


 霊幻が一歩、京香の前に大きく足を踏み出し、拳を構えた。頬が引き上がり、唇が三日月に歪む。


 京香は左手のシャルロットへ意識を向ける。スズメと本気で戦っても京香と霊幻は負けないだろう。だが、霊幻の四肢の一本は切り落とされてしまうかもしれない。


 わざわざ自分のキョンシーを傷付ける趣味は京香に無かった。


「分かった。ヨダカ、あんたに付いていくわ。スズメと話しましょう」


 即座にヨダカは腰の大太刀から右手を外し、恭しく頭を下げた。


「感謝いたします、京香様」

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