⑤ 内部分裂
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「で、これが〝奇跡〟デスカ」
「何それ?」
「後で話しマス」
しばらくして、京香はヤマダ達を連れて人恵会病院の604病室へと戻った。日が落ちるのがめっきりと早くなり、既に外は夜の世界を迎えようとしていた。
カタカタカタカタ。ピ、ピ、ピ、ピ。
第二課の調査員のタイピングと計測音が響く。京香を含め、第六課の人間とキョンシー達は誰も率先して会話をしなかった。
――アタシの所為ね。
この雰囲気は自分に原因があると京香は分かっていた。自分が醸し出すピリピリとした不快感が全員に口を噤ませているのだ。
――先輩だったら上手く場を和ませているかしら?
意味の無い思考をして、価値の無い自嘲だけが生まれた。
ピコン! スマートフォンが鳴り、メッセージアプリの第六課のトーク画面にマイケルから新着メッセージが来ていた。
[今から入れるぜ! カメラとかよろしく!]
メッセージはヤマダと恭介も見た様で三つの既読件数が着く。
「恭介、ノーパソの準備は?」
「できてます。そこの机に置いてあります」
恭介が指差したのは桃島のすぐ近くの机に置かれたノートパソコンだ。既にテレビ通話用のアプリが起動してある。
「マイケルはURLとか知ってるんだっけ?」
「知ってマス。先ほどメールしておきマシタ」
間を置かずに、ノートパソコン上にマイケルのどでかい顔が表示された。どうやら、ホテルに居る様で微かに見える窓ガラスからは日差しが差し込んでいる。
――そういや時差が結構ある国に行ってたのよね。
マイケルが参加している学会はシカバネ町から十時間弱の時差を持った外国で行われている。あちらの国は明け方のようだ。
『オッス! そこに居るのが生体のサイキッカーか!?』
「落ち着いてマイケル。まずは全員で情報を共有するわよ」
『これが落ち着いていられるかっての! ああ俺は何で学会になんて参加してるんだ! 今そこには俺達キョンシーの研究者が夢見る偉業があるってのに! おい九条! 後で俺にもお前らの測定データを送れよ! 絶対だからな!』
「分かった分かった落ち着け」
四角い画面上の大きな顔をしたマイケルは興奮を隠さずに手を叩いた。
こうなるだろうと京香は分かっていた。マイケルの本質は研究者だ。先代の主任への恩義があるから第六課へ尽くしてくれているだけで、目の前に求める叡智があったのなら興奮せずにはいられない。
「マイケル。ちょっと静かにして。お願いだから」
『おっと! ちょっと興奮し過ぎたな。悪い! 話を始めてくれ。俺も何か気に成ったら質問するからよ』
京香は二三回息を吐き、こちらを伺っていた大角へ顔を向けた。
「……大角。アタシ達全員にあんた達のことを話して」
怒りなのか憎しみなのか、色々な物が胸の中で渦を巻き、罵詈雑言が口から飛び出てしまいそうだった。だが、京香は舌の根の更に奥に力を入れて、どうにか第六課の主任らしい言葉を吐き出した。
桃島の手をジッと握り締めていた大角が立ち上がり、自分達を見つめる第六課の面々へその巨体を向けた。
「まずは、ありがとう! お前達が先生を守ってくれるんだな!」
――……何?
白々しかった。大角達、穿頭教は何度も、そう何度もシカバネ町で素体狩りを繰り返してきた盗っ人で、首をねじ切られても文句は言えない者達だ。
「先生が言っていたからな! 感謝の言葉を忘れちゃいけないって!」
にも関わらず、大角の言葉は晴れやかだ。自分達がどれほど周囲を穢してきた存在なのか何も知らない様な顔をして、純朴な子供の様な声色だった。
「――」
一瞬、京香は無意識にPSIを発動しようとしていた。
――落ち着いて、落ち着け。今は落ち着くの。
「前書きは良いの。あんた達に何があって、アタシ達が守らなきゃいけないのか、言いなさい」
質問を受けて大角が桃島へ顔を向けて愛おし気な眼を向ける。
――あんた達がそんな眼をしないでよ。
そう京香は思ってしまっても口には出さない。これを一度口に出してしまったら既に罅が入った感情のダムが決壊してしまうからだ。
「ハハハハハハハハハハ! 大角よ! さっさと話すが良い! 吾輩はお前達を撲滅したくて堪らないのだ! このままここに居たら何をするのか分からんぞ!」
すぐ後ろで霊幻の声が響いた。京香の心臓を高鳴らせ、活力を与えてくれる狂笑だ。
「ハッキリと物を言うキョンシーだな! そう言うのは嫌いじゃないぜ!」
ゴホンと咳払いして大角は思い出す様に口を開いた。
「まず、全ての始まりは先生が神の力を手に入れたことだった」
『おう! 動画を見たぜ! テレキネシスだろ! 一体お前ら何をどうやったんだ?』
ノートパソコンの中でマイケルがエモートアイコンを連打した。
「悪い。俺は良く知らないんだ。半年くらい前からどっかの研究団体が俺達に協力してくれるようになってな。そいつらが持って来た新技術を使ったらしいぞ」
『……新技術か。どんなのだろうな! ああ、早くそっちに戻りてえな!』
画面の中でマイケルがその巨体をくねくねと揺らす。それを横目に京香は大角へと続きを促した。
「三か月前、先生が新技術の実験体に志願したんだ。その技術を使えば、神の力が手に入るかもしれないって。俺達は反対したんだ。実験体に成るのは俺達で良いじゃないかって、先生がわざわざ最初の被検体に成る必要ないじゃないかって」
「〝俺達〟? 大角、それってどういう意味?」
「あ、悪い、言い忘れてたな。俺は穿頭教が管理する孤児院、リトルロータス出身で、先生はそこの院長だったんだよ。俺達ってのは他の孤児院出身のメンバーの事だ」
「へぇ。そんなのあったんだ。知らなかったわ」
――穿頭教に孤児院? 洗脳教育でもしてんのかしら?
穿頭教の狂信者を増やすためだろう。世間から隔離し、自分達の考えこそが正しいのだと、純粋な子供の考えを歪め、将来の可能性を摘み取っているのだ。
京香はそういう物が良く分かる。
「俺達リトルロータスは先生を止められなかった。そして、新技術の処置が終わったと言って帰ってきた先生の姿が〝コレ〟だ」
「あんた達穿頭教なら見慣れてるでしょ。もう何度も仲間の頭に穴を空けているんだから」
「勿論、先生ともう話せなくなるかもしれないって分かってた。でも、それは名誉なことなんだ。先生は神の力に手を伸ばした敬虔なる信徒に成ったんだ。先生のこんな姿を見るまで、俺は誇らしかったよ」
大角は一拍の間を置いて、その先を口にした。
「俺はビックリした。先生のこの姿を見て、もうこの人が前の様に俺と話してくれないのがどうしようもなく嫌だったんだ。そう思ったことにビックリしたんだ」
「そんなの――」
虫の良い話だと京香は思った。
自らの大切だから、傷ついた姿を見たくない?
それは正しい感情だろう。だが、そもそもとして、その大切を傷つけたのは大角達穿頭教なのだ。
口を噤み、京香は頭を振った。
「それで、新技術とやらの処置を受けた桃島がPSIを発現したのね?」
「ああ、そうだ。穿頭教始まって以来の大騒ぎだったよ。誰も彼もが、多分、俺以外の全員が狂った様に喜んでた。とうとう生きたまま、神の力に手が届いた、穿頭教の本懐がやっと実った。みんな、そんなことを言っていた気がする」
『そりゃ大快挙だからな! お前達が非合法な組織じゃなければ、今年のキョンシー学の賞は総なめだぜ!』
HAHAHAHA! アメリカンな笑い声を出し、マイケルが拍手した。彼の興奮は凄まじい。よほど、穿頭教が生体サイキッカーの開発に成功したという情報に驚愕したのだろう。
「でも、先生が神の力を、テレキネシスを発現してすぐに俺達穿頭教で内部分裂が起きたんだ。誰がどうやって先生を管理するのかの方針で真っ二つに意見が分かれちまったんだよ」
「……降って湧いた奇跡だもの。どうすりゃ良いのか意見がまとまるはずが無いわ」
大角が痛い所を突かれた様に笑った。
「穿頭教に出た方針は二つ。一つ目は〝先生の頭を解剖して神の力のメカニズムを調べること〟。二つ目は〝先生をご神体として、少しでも長く生命維持させること〟だ」
『一つ目の方は研究者達だろう? 脳がクラッシュする前にホルマリン漬けにしたいんだろうな。その気持ちは分かるぜ。生体のまま半永久的に保管する方法はこの世に無いからな。生きている内の実験が終わったら速やかに処置するに限る』
マイケルがにやにやと笑いながら見てきたかのような口ぶりをした。
『で、二つ目の方は信者達だろう? あるあるだ。あいつらの理屈は研究者とはすこぶる相性が悪い。折角手に入ったサンプルでも、それを実験せず長持ちさせることに尽力するのさ』
マイケルの言葉に大角は顔を顰めるが、否定しなかった。
「内輪揉めはこの数か月でどんどん大きく成っていった。いつ死人が出てもおかしくないくらいだ」
――そのまま勝手に自滅してくれれば良いのに。
人知れず壊滅してくれればどれ程心労は減るだろうか。そんな京香の内心をよそに大角は話を続けた。
「そんな穿頭教が内輪揉めしている時に、第二課のアリシアさんから俺に連絡が来たんだ。先生を治してやるって」
「穿頭教に潜り込ませてるスパイ経由で?」
「ああ、そうだ。……つい先日、さっき言った二つの派閥で大規模な衝突があった。その混乱に乗じて、俺は先生を連れてシカバネ町へ逃げてきた」
フーッと大角は頬を膨らませて息を吐き、そして勢い良く頭を下げた。
「改めて頼む! 穿頭教は先生を取り返そうと追手を出しているはずだ! 先生が治るまでで良い! 追手から先生を守ってくれ!」




