④ ブラックリスト
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「B5J3TRA」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!
炎球と風の刃をセバスチャンがヤマダの指示で紙一重に避けていく。
恭介からの連絡で人恵会病院に向かっている途中だった。ヤマダは不自然な歩調で歩く一団を見付けた。
彼ら彼女らはニットキャップに重ねる様に全員パーカーやフードを目深に被っていた。
厳重過ぎるとも言える頭の隠蔽。
ヤマダは一目でそれらが穿頭教である事を見抜いた。
穿頭教はシカバネ町のブラックリスト。ハカモリに属する者には報告と可能な限り戦闘の義務があった。
先月のヨーロッパでの戦闘時に失った血は既に回復している。
穿頭教の一団は人間が五人、キョンシーが三体であり、どのキョンシーもPSI持ちだ。
――何でこんな戦力をシカバネ町に? 誘拐には過剰でしょうに。
通常シカバネ町に来る穿頭教の一派の中にPSI持ちのキョンシーは居ない。精々、攫った生体を解体する用のキョンシーが一体か二体居る程度だ。
当たり前である。穿頭教にとってPSIとは神の力。何にも増して価値のある奇跡の結晶なのだ。高々、素体の誘拐程度に使って良いはずが無い。
キイいイイイイイイイイイイイイイイイイイいいいいいいイイイイン!
一体のキョンシーがヤマダ達へ突進してくる。ラプラスの瞳は体を這う様に放出されるテレキネシスを見抜いていた。
――設置型のテレキネシス。それも自身の体を座標にした。
珍しいタイプのテレキネシストだ。おそらく、近接戦に特化したキョンシーだろう。
「TLD2AA」
セバスが左に体を捻りながら踏み込み、接近するテレキネシストの腹を蹴り込んだ。
キイいイイイイイイイイイイイイイイイイイいいいいいいイイイイン!
テレキネシスのPSI力場が歪み、蹴り込んだセバスの左足首にグニャリと曲がる。
――やっぱり駄目ですか。
「BD!」
即座に、セバスは後退する。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!
炎球と風の刃がヤマダの一房にまとめた金髪の先を焼き、切断した。
「セバス、左足の被害はどうデスカ?」
「筋を痛めましたが、問題ございません。お嬢様」
――運動機能の低下は十パーセント。カウンターを狙ったのは無謀でしたね。
「いけ、我らが同胞よ! 神の力でその女を磨り潰せ!」
キイいイイイイイイイイイイイイイイイイイいいいいいいイイイイン!
テレキネシストががむしゃらに突進してくる。
――このキョンシーが厄介ですね。
テレキネシスは単純な〝力〟の塊である。故に、真正面からの突破は難しかった。
結局ヤマダ達の戦い方は搦め手である。セバスチャンのスペックでは有効打が無かった。
既に連絡はしている。遠からず援軍が来るはずだ。
つかず離れず、ヤマダは持久戦にもつれ込ませることにした。
「J1FD3STBD2」
幸いにして向かって来るテレキネシストの動きはお粗末だ。パイロキネシストとエアロキネシストが居たとしてもこの戦線は保てるだろう。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!
散発的に放たれる炎球と風刃。それに加えて突進してくる近接型のテレキネシスト。
時に踏み込み、時に体を回転させ、ワルツの様な圧巻の演舞。それを穿頭教達は突破できないでいた。
「お我らの〝奇跡〟を何処に隠した!?」
平衡状態に痺れを切らしたのだろう。穿頭教の一人の人間がヤマダへと叫んだ。怒りを露わにした青年の声だ。
――奇跡? 何の話でしょう?
ヤマダは何も答えず、セバスへの回避命令に注力する。
「俺達の先生だ! 裏は取れてる! うちからの脱走者をお前達は匿っているはずだ!」
――脱走者? ワタシの所属を知っている?
情報だけを頭に置いておきながら、ラプラスの瞳のダイヤルを微調整する。
その時である。
「ヤマダさん! お待たせしました!」
ザッパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
水塊が地面を走る音が背後より響いた。
「J5!」
瞬間、ヤマダはセバスへ跳躍を命じ、その体が上方へと加速する。
ヤマダ達が飛んだそこを小規模な津波が通り過ぎた。
「押し流せ!」
「おっけー」
長谷川の声と抑揚のないイルカの声が聞こえ、津波の勢いが激化する。
水塊はヤマダへ迫っていたテレキネシストの体をそのまま後方へと押し流した。
高さ一メートルに達するかと言う津波は水壁と成って穿頭教達へと迫る。
――さあ、どうしますか?
迫り来る水塊にどう対処するのか。
津波の脇へと着地し、ヤマダは穿頭教達の選択を見た。
「くそ! 必ず先生は返してもらうからな!」
彼らがした選択は撤退だった。即座に身を翻し、闇の中へ消えて行く。
殊勝な判断だ。今居るキョンシーではイルカのハイドロキネシスを突破できない。
「ケイ、増援はあなただけデスカ?」
「はい。すいません。急いできたんですけど、僕とイルカ以外間に合わなくて」
「そうなると、追うのは無理そうデスネ」
ヤマダはセバスから降り、穿頭教達が消えて行った方角を見た。
逃走した方向は北、つまり、シカバネ町の歓楽街だ。路地裏が多数存在するあそこならば監視カメラの行き届かない地点があるだろう。
「第五課の方で足取りは追わせます」
「えエ。お願いしマス」
ラプラスの瞳を外し、ヤマダは眉根を揉んだ。世界を超高密度な0と1の視界へと書き換えるこのガジェットは強烈な負荷を眼へと掛けるのだ。
――帰ったら目薬しなきゃいけませんね。
眼球への疲労を労っていると、ヤマダの耳に京香の声が届いた。
「ヤマダ! 無事ね!?」
「ハハハハハハハハハハ! 流石だヤマダくん! 五体満足だな! 簒奪者達は撲滅できたのか!? 吾輩はそれが気に成ってたまらない!」
「うるさいデスネ。詳細はケイに聞いてくだサイ」
瞳を開けると、ヤマダの目の前には髪を乱した京香の姿があった。大方、霊幻に抱えられてシカバネ町を疾走してきたのだろう。
「心配し過ぎデス、キョウカ。ワタシがあの程度の敵にやられるはず無いじゃないデスカ。まあ、折角のヘアスタイルをボロボロにされてしまいまシタガ」
「大丈夫、あんまり変わってないわよ」
「それはそれで失礼デスネ」
京香は心配そうな顔をしていて、ヤマダはやれやれと苦笑した。




