③ 撲滅対象との対面
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「こちらです」
恭介に連れられて京香は人恵会病院の604号室へと入った。
「おお! 待っていたぜ! 木下! そいつらが第六課からの護衛か!」
京香の耳と目へ真っ先に飛び込んできたのは青色のニット帽を被った大男だった。
パイプ椅子から立ち上がった大男はドカドカと部屋の入り口で立ち止まった京香達へ近寄ってくる。
この男が恭介の言う大角だろう。その顔は期待で染まり、足音はまるでプレゼントへ飛び込む子供の様だ。
大角の体積は京香の二倍はあるだろう。京香が小柄と言う訳では無い。この男が大き過ぎるのだ。
京香は首がややきつくなる程顔を上げ、大角の頭頂部へ視線を送る。
ニット帽。シカバネ町に潜り込んだ穿頭教が良く身に着けている装備。
「……近寄らないで。そこに座ってなさい」
京香の右手はシャルロットを意識している。トレーシーを抜き、この男を撲滅するのにどれ程の時間が掛かるのか。
――二秒かそこらね。
撲滅までの手順が無限に脳内でシミュレーションする。
「……大角、座れ。この人達は僕ほど甘くない。下手なことをすればただでは済まないよ」
「お、おう! 悪いな恭介! 本当に来てくれて嬉しくてな!」
恭介が京香と大角の間に体を割り込ませ、大角はにやけた顔を戻さないまま、パイプ椅子へと座った。
改めて京香は604号室を見る。
604号室にはアリシアが派遣した第二課の人間が三人、キョンシーが二体居た。
護衛用のキョンシーに囲まれた第二課の人間達が中央のベッドを囲んでタブレットやノートパソコンを弄っている。
「……恭介、そこの寝ているのが、PSI持ちの人間?」
「ああ! この人が俺の先生! 桃島 真だ!」
「あんたには聞いていないわ」
第二課が囲むベッドには線の細い男が寝かされていた。これが桃島だろう。年は三十代後半程度、皮と骨しかない様なやつれた男だ。
「ちょっと見せてもらうわよ。霊幻、あんたも来て」
「おう!」
京香は霊幻を連れて桃島のベッド脇まで近づき、第二課の連中に断りもいれず、ニット帽を取った。
青いニット帽の下の頭は大穴が幾つも空いていた。穿頭教の信徒らしい姿だ。
頭には何本も電極が貼り付けられ、第二課の人間達はそこからのシグナルを手元のタブレットやノートパソコンで読み取っているらしい。
どす黒い感情が京香の中で爆発的に広がっていく。この大穴に手を突っ込んで脳をぐちゃぐちゃにしてしまおうかと思ってしまった。
「おい! 先生に手荒な真似はしないでくれ!」
京香は脳に浮かんだ考えを振り払う様に頭を振った。
「ねえ、PSI持ちだって言う証拠は無いの? テレキネシス使ってみなさいよ」
「駄目だ。先生に無理はさせられない! さっきそこの連中が録画を取ってたからそれで良いだろ!」
大角が第二課の男を指差した。京香が見たことのある人員で、アリシアが抱える研究員の一人だった。額に皺のある何処か猿を思わせる男だった。
「ねえ、あなたの名前は何でしたっけ?」
「九条です。清金さん。そこの男が言っている映像はこちらですよ」
「ん、ありがとうございます」
「さてさて、何が映っているのやら!」
差し出されたタブレットを受け取り、京香と霊幻は画面に出された〝1212_ telekinesis _test04〟というファイル名の映像を見た。
音もなく、うっすらと開かれた瞳と鼻から血を流した桃島が中央に映り、続いて九条の声が聞こえた。
『はい、それでは生体によるテレキネシス発動試験、第四回目を開始します。始めてください』
『な、なあ! もう三回もやってんだからもう良いだろ!』
大角の抗議の声が聞こえるが、九条は何も取り合わなかった。
『始めてください』
『ああ、もう! 先生、ごめん! 神の力を使ってくれ!』
研究者らしい何処か無機質な言葉に大角は苛立ちを露わに桃島の手を握る。
その瞬間だった。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。
画面の中で何かが揺れる音がして、続いてフワフワとパイプ椅子が浮き上がった。
それと同時に画面上の桃島の眼鼻や耳から血が流れ、ニット帽から脳汁が染み出した。
パイプ椅子の浮遊は十数秒ほど続き、糸が切れた様にガシャンと音を立てて床に落ちる。
『第四回は終了です』
映像はそこで切れ、京香はタブレットを九条へと返した。
「……本当にテレキネシスが使えるみたいね」
「そうだな! 吾輩も驚きだ! 出力は精々E程度だが、あれは確かにテレキネシスであった!」
「まあ、あの映像に何の加工もされていなければの話だけどね」
――まあ、わざわざそんなことをしないだろうけど。
「九条さん、どれくらいで調査は終わりそう?」
「大体、一週間程度でしょうね」
――それくらいなら、我慢できる、かな。
終わりが見えていれば苦痛も耐えられる物だ。
京香は部屋をぐるりと見渡し、人恵会病院の立地も頭で確認する。
「できれば、もっと安全な場所に移したいわ。実行部のビルなら最高ね。無理?」
「無理です。他の課に気づかれてしまいますから。第二課で管理でき、かつ、調査する設備を置けて秘匿性が最も高いのはこの部屋です。まあ、現状準備できているのはですが」
「それじゃあしょうがないわね」
京香の提案は九条に否定された。
「となると、最悪の場合、人恵会病院全てを守る事を考えなければならないな! ハハハハハハハハハハ! 困った! 吾輩とお前では手が足りんぞ!」
「そうね。どうしようかしら」
霊幻の言葉は最もだった。604号室だけなら京香と霊幻でおそらく守り切れる。
だが、仮に桃島がこの病室に逃げ込んでいると気づかれた場合、穿頭教は人恵会病院を襲撃するだろう。戦闘になったら罪なき人々が犠牲になってしまう。
何があってもそれは避けなければならなかった。
――割と、ちゃんとした護衛プランを考えなきゃダメか。
そうなると、京香一人では良い案が浮かばない。
「恭介、ヤマダはいつ来るの?」
「もう来てもおかしくないんですけど、遅いですね。電話してみますか?」
「ええ、しといて。できるだけ早めにみんなで相談したい」
恭介がスマートフォンを取り出し、604号室を出た。廊下でヤマダに電話を掛けるつもりなのだろう。
数十秒後、「ハァ!? マジですか!?」と恭介の声が響いた。
そして、ドタドタと恭介はスマートフォンを耳に当てたまま604号室へと駆け込み、焦った声で京香へと告げた。
「ヤマダさんが穿頭教と交戦中です!」




