② 第二課の本懐
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「依頼を受けるわ」
第六課のオフィスに帰ってきて、恐る恐るこちらを見る恭介に京香は泥を吐く様に言い放った。
「何を言っているのだ京香! 撲滅対象を守るなど本末転倒ではないか!」
何か大切な物が胃から喉を通って出て行ったしまった錯覚を京香は覚え、それを振り払う様にツカツカと部屋の一番奥の自分の席へと戻った。重く、膝から力が抜けてしまった体を革張りの椅子に沈み込ませて、「あー」と天井を見上げる。
「本当ですか?」
「何度も言わせないで」
信じられないと言った後輩の声に、京香はこれ以上議論しないと明確に拒絶する。
――あ、そうだ。命令しとかなきゃ。
「霊幻、命令する、アタシが決めた護衛対象を傷つけないで」
「吾輩すらも止めるのか! おお! 悲しい! 吾輩は今とても憤慨している! 穿頭教だぞ? 素体狩りの一大組織だ! 祈りを穢す簒奪者だ! 撲滅しようではないか!」
「うるさい。ちょっと黙ってなさい」
「む!」
眼を見ながらの音声命令。勅令程の強制力は無いが、これで霊幻がアリシアが匿っているという穿頭教徒を撲滅しに行くことは無いだろう。
フー。京香は息を吐き、机に突っ伏した。やる気など欠片も無い。このまま胸の奥を突き刺す冷たさに身を任せて不貞寝してしまいたかった。
「……あの、清金先輩?」
「何よ、恭介?」
「護衛についての打ち合わせをしたいのですが」
「……そっかぁ、しなきゃダメかぁ」
もっともな後輩の言葉に京香は目をつぶる。
「んじゃ、アリシアも呼んで。一発文句言わなきゃ気が済まないわ」
五分も経たずにアリシアは来た。早過ぎる来訪。京香が依頼を受け入れると確信していたに違いない。
「こんにちはキョウカ。私達からの依頼を聞いてくださるようで感謝します」
「社交辞令は要らないわ。何でアタシ達を巻き込むのよ?」
京香は苦虫を舌で磨り潰した様な顔をしていた。
その言葉は刺々しく、ジリッとした緊張が部屋へ広がっている。
「ウフフ、だって第六課が一番話が通じるんです。私だって泣く泣く決めたんですから」
妖艶に笑うアリシアはケロリと剣呑さなど意に介さない。
「嘘でしょ。あんたがアタシにそんな殊勝な態度を見せるはず無いもの」
「いえいえ、半分は本当ですよ。第六課は私としてはとても使い勝手が良い。少数精鋭な部隊の利点ですね」
「……なら、第四課に頼みなさいよ。あそこも第六課とどっこいどっこいでしょ?」
「ダメダメ。第四課はミナトのチームじゃないですか。こんな仕事には巻き込めません」
「……あんた、まだ関口のこと好きなの?」
「大好きですよ。彼と話す時は今でも口調がおかしくなってしまうくらいです」
京香の視界の端で恭介が「マジで!?」と小さく呟いていた。第二課に居たのに知らなかったらしい。
「何であんたの想い人のためにアタシ達が骨を折らなきゃいけないのよ」
「やん、恋する乙女のワガママですよ」
「ケッ」
――ああ、やっぱムカつく。
自分があまり人と話すのが得意ではないと京香は良く分かっていた。特にアリシアの様な手合いには滅法弱い。
「――! ――!」
アリシアを挟んだ視線の先で、京霊幻がバッサバッサとマントを揺らし、声を出さず笑っていた。
「……霊幻、発言を許可するわ」
「アリシアよ! 今からでも遅くない! 蒙昧な依頼は破棄し、吾輩達に撲滅を命令するのだ!」
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
速やかにアリシアは背後へ振り向き、霊幻へと笑いかけた。
「今、第二課で穿頭教からの逃亡者に発現したというPSIを調査しています。その調査後であれば撲滅でも何でもご自由にして良いですよ」
「本当か! 吾輩はその言葉を信じるぞ!」
「待ってアリシア、 第二課は今回の穿頭教からの脱走者を助けたいんじゃないの? PSIが発現したのが理由だとしてもさ」
アリシアが意外そうな顔で京香へと振り向いた。
「第二課の本懐は因果の究明。私達が興味あるのは生体がPSIを発現した仕組みの方だけですよ」
「……ほんっと、あんたの事は苦手だわ」
「ウフフ。嫌われないみたいで私は嬉しいですよ」
ジロッと粘度を持った視線と感情を感じさせない理知的な視線が交差する。
何かこの女に一泡吹かせられないかと少しだけ思考して、京香はすぐに諦めた。
「……はぁ。分かった。つまり、第二課が調査を終えるまで、その穿頭教の信者を守れば良いのね?」
「ええ、その通り。第二課主任として感謝します。報酬の相談は後ほどで」
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
アリシアがオフィスを出て行き、第六課には霊幻の笑い声だけが響いていた。
――気乗りしないなぁ。
やらなければいけなくなったのだから、早く始めなければならない。
それは分かっていたが、強烈な精神的負荷が京香の行動を鈍らせていた。
――後、十秒数えたら始めよ。
先輩は良くそう言っていたのを思い出し、京香はそれに習うことにした。
十、九、八、七、六、五、四、三、二、一。
京香は立ち上がり、気まずそうに自分を見ていた恭介へと命令する。
「良し。じゃあ恭介、アタシ達をその逃亡者の所へ連れて行って」
「……良いんですか?」
「うん。やらなきゃいけないんだから、やるしかないのよ。ヤマダにも場所を教えといて」
ため息を吐きながら京香はずっしりと重いトレンチコートを着て、右手でシャルロットを掴んだ。
「霊幻、行くわよ。アタシ達が一番苦手な護衛作業に」
「しょうがない! 撲滅までの辛抱だ!」
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
霊幻の笑い声に京香の心は少しだけ落ち着いた。だが、それは穏やかな物ではなく、転がる鉛玉が止まっただけの重苦しい物だった。




