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⑦ 薪







「キョウカへの取り次ぎをよろしくお願いしますね」


 何処か軽薄なアリシアの言葉を背中で受けながら恭介は604号室を出た。


「ごめん。少しだけ()に寄るね」


「まだ待たせる気なの? いい加減その愚鈍さには飽き飽きしてきたわ。いつに成ったらわたしとココミは二人でイチャイチャと映画を見れるの? やだやださっさと全部燃やしてしまおうかしら」


「……」


 ホムラは言葉でも目線でも分かり易く抗議の態度を見せていた。


「ほんとごめん。すぐに、そうだね、三分もかからないから。約束するよ」


 それに恭介は手刀を作って謝り、そのまま604号室の隣、すなわち603号室へと入室した。


 ピ、ピ、ピ、ピ。


 ブジュブジュブジュ。


 まず、耳に入ったのは規則正しい電子音と挽き肉を練った様な水音だ。


「優花、兄ちゃんが来たよ」


 恭介は自然と慣れた調子で部屋中央に寝かされた妹へ声を掛けた。


 手足を失い、脳さえも失った木下恭介のたった一人の肉親。


 その惨たらしい姿を恭介は普段強く意識しないようにしていた。


 だが、今日は駄目だった。妹の姿から目を背けられない。


 それは心情的な物かもしれない。


 それは理性的な物だったかもしれない。


 とにかく、恭介は久しぶりに木下優花の姿を直視した。


 四肢を捥がれ、シーツの膨らみはコンパクトだ。


 眼は閉じられ、開かれない。


 そして、額を中心に()()が空き、何本ものチューブが伸びた頭蓋。


「……酷いね」


 穴、そう穴なのだ。優花の頭には穴が空いているのだ。


 脳裏に大角と桃島の姿が過る。彼らの頭にも穴が空いていた。


 優花を攫い、凌辱した組織には穿頭教が一部関わっていた。主犯格では無かったにしても、穿頭教の何者かがこの妹の末路に関わっているのだ。


 少女の体を、心を、尊厳を、全てを薪にして、信仰の火にくべた狂信者。


 そんな組織に居た人間を今から恭介は助けようとしているのだ。


 断ることはできない。そういう立場に自分は居ないし、そうしても良い理由が見つからなかった。


「これは、正しいと思うかい?」


 恭介は優花へと問い掛けた。答えは返って来ない。優花の脳は再生しておらず、仮に再生していたとして、意識が戻る可能性はほとんど無かった。


 優花の傍らまで歩み寄り、その姿を間近でジッと見つめた。


 真っ白な肌だ。昔は活発で、血色の良い肌をしていたのに。


 恭介は右手を伸ばし、優花の頭を撫でようとした。


 ブジュブジュブジュ。


 ピ、ピ、ピ、ピ。


 だが、大穴が空いた頭の何処を撫でれば良いのか分からなかった。


 故に、恭介は優花の頬を撫でた。


「……早く元気に成れよ。兄ちゃんは話したいことが一杯あるんだ」


――強がりだな。


 今の言葉には強がり以外の意味は何も無かった。


「……兄ちゃんは、多分、もっと頭が良いか、もっと馬鹿だったら楽だったんだろうね」


 少しだけ弱音を吐いて、恭介は肉人形以下の妹の頬を撫で続けた。




 そして、三分後。恭介は603号室を後にした。


「二十三秒の遅刻よ。さっさと帰るわ。もうこれ以上待ってあげないから」


「……」


 部屋の外で待っていたホムラが恨みがましい眼で見てきた


 それに恭介はどこか落ち着いた気持ちを覚えた。


「そうだね。今日は帰ろう」


 トントントンとエレベーターへと向かい、下に向かうボタンを押す。エレベーターは下降し、緩やかな浮遊感が恭介の胸にかかった。


 そんな僅かな時間の中で恭介はホムラとココミへ話しかけた。


「アリシアさんが買ったソファはどんなだろうね? もう届いているはずだけど」


「気に入らなかったら燃やして灰にするわ。当たり前のことを聞かないで黙ってなさい。わたしはココミと話すんだから」


「……」


 ともあれ、今日するべきことはホムラとココミへの約束を果たすことだ。


 やるべきことは明日から。恭介は苦笑しながら二体の会話に耳を傾けた。

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