① ハカモリオールスター
充とイルカが野良キョンシーを取り逃がしてから四日後。
京香はキョンシー犯罪対策局の対策会議に出ていた。
第一課から第六課までのそれぞれの主任である代表者と第四から第六までの三体のキョンシー、そして局長である水瀬が会議室に集まっている。
ここに居るのはハカモリのオールスターだ。
第一課 桑原 一輝
第二課 アリシア・ヒルベスタ
第三課 黒木 白文
第四課 関口 湊斗
第五課 長谷川 圭
第六課 清金 京香
第四課から第六課の、コチョウ、イルカ、霊幻がそれぞれの主の背後に控えていた。
シカバネ町を守護する主任六名は会議の議長たる水瀬の言葉を待ち、各々が配られた資料に眼を通している。顔ぶれは若い。桑原だけが四十代で、他は二十代から三十代だった。
資料には日付と時刻が書かれ、赤い丸印がいくつかされたシカバネ町の地図と赤丸を補足する二三行の文章が羅列された紙等があった。
「桑原、野良キョンシーはまだ見つからないのか?」
「南区に潜伏してるのは確かでしょうが、写真も映像も一つも無いんじゃお手上げですな」
会議の議題は、先週、充とイルカがやっと遭遇した野良キョンシーだ。
「アリシア、第二課の方ではどうだ? 尻尾の一つでも掴めていないのか?」
「ふぅむ。難しいですね。カズキが言った様に、何故か野良キョンシーが居たであろう場所にあった監視カメラ等の電子機器全てがその時間だけ不具合を起こしています」
アリシアは褐色の頬を撫でながら流暢な日本語で答える。
「ミチルさん、それに野良キョンシーに強盗を受けた被害者達の話を纏めると、野良キョンシーは二体居るようです。顔はそっくりな双子だと言っています」
アリシアの言葉に京香は目撃者達からの情報が書かれている資料へと眼を落とし、ん? と眉を潜めた。第四課の関口も同じだったらしく、関口がすぐさま口を開いた。
「一ヶ月前、初めて目撃された時には一体のパイロキネシストって書いてあるぜ? コンビって情報が出たのは先週からだ。これについて何か情報はねえのかよアリシア?」
「コンビであると分かったのが先週からだミナト。他に二人組みとして目撃された証言は無いよ」
京香も思い付く意見をそのまま口に出した。こう言う場で最も避けるべき行動は、臆病な沈黙である。何はともあれ意見を出し、精査は参加者に任せてしまえば良いのだ。
「パイロキネシストが表に出る実行犯で、もう一人が電子機器を駄目にしている裏方のキョンシーなんじゃない? 急に裏方も出てきた理由は分からないけど」
「清金さんの意見に僕は賛成です。パイロキネシスで電子機器の不具合をこうも精密に起こすのは不可能だ。おそらくエレクトロキネシスのキョンシーが裏方に居るのでしょう」
長谷川が眼鏡を整えながら京香の意見に賛同する。
エレクトロキネシスという言葉に京香は背後に居る相棒に問い掛けた。
「霊幻、アンタはどう思う? エレクトロキネシスの使い手として周囲の電子機器、それも監視装置だけをピンポイントにジャミングするなんて出来んの?」
突然背後のキョンシーへ話し掛けた京香の姿に、周りの人間達は「やれやれ、またこいつは」と言った目線を向けてきた。
「おいおい、霊幻は確かにハンパねえスペックのエレクトロキネシストだけどよ、ソレの言葉をこういう場で出すのはどうなんだよ? まともな意見が出てくるとは思えないぜ?」
「清金さん、悪癖が直らんなぁ。何度も言っているが、キョンシーに意見を求めるのは止めておけ。まともな思考能力など無い。必ず何かがズレている」
関口とそれに続く桑原の言葉に第五課までの顔役五名が首肯する。
おかしいのは自分なのだ。京香は分かっていた。霊幻とは会話が出来ている。それは確かに真実だろう。だが、霊幻の思考回路は狂っている。正常だった時など唯の一度もない。
狂って笑い、撲滅を歌う、機械化されたキョンシー。それが霊幻だった。
会話が出来ているのは見せかけで、互いの風景を永遠に共有できないのだ。
「霊幻、答えて。エレクトロキネシスで今回みたいな事態は引き起こせる?」
その全ての事実を京香は無視する。周りから「はぁ」とため息が漏れた。
「ふむ。まず、吾輩のエレクトロキネシスでは無理だ。吾輩のPSIは出力が高く操作性は低い。そのような精密作業ができる性能ではない」
それは京香にも分かっていた。ある意味霊幻以上に霊幻を理解しているのが京香である。
「エレクトロキネシスだとして、今回求められるのは出力ではなく、操作性だ。むしろ出力が高いと精密作業の邪魔だろう」
出力と操作性。PSIのスペックを語る上で欠かせないパラメータである。
霊幻のエレクトロキネシスは出力が高く、代わりに操作性が低いと言う物だった。
カタログスペックで言うと出力 B+。操作性 D-。である。
これは破格の性能だ。PSIが発現するだけでなく、戦闘において最も必要な出力が高位のランクである。
そもそも出力で最高位のAと格付けされるPSIは現存し、確認されているのは世界でも僅か五体だ。
「じゃあどのくらいのスペックが必要そう?」
「出力は高くてD-。操作性はAであろうな」
見ると他の顔役達は失笑寸前の顔をしていた。
「ほら、京香、ソレに聞いても無駄だって。操作性AのPSIなんてフランスに一体だけだぜ? それもヨーロッパ有数の研究所が集まって作った逸品。高々野良キョンシーにそんだけのPSIが発現するかよ」
関口の言葉は京香以外のこの場に居る総意であろう。だが、京香は反論した。
「可能性を端から無視するなんて愚かだわ。少なくともハカモリのキョンシーの中で一番のエレクトロキネシストは霊幻なのよ」
関口は苦笑する。人間達全員が聞き分けの無い子供を見る様に京香を見た。
何処吹く風ぞ、と京香はそれらの視線を無視し、資料へ再び眼を下ろす。そして、会議が始まる前から気になっていたことを議題に上げた。
「今の所、この野良キョンシーは誰も殺していないみたいだげど、皆さんどう思います?」
「それは私も気になっていました。果たしてこれがたまたまなのか、意図したことなのか」
アリシアが話に乗っかった。これはこの場の全員が持つ疑問だった。
全員が一瞬の思考を見せ、口火を切ったのは水瀬だった。
「意図しているのは間違いない。パイロキネシスを使って人間を殺さないのは不可能だ。だが、そうなると――」
「――何故、先週の爆発で空き家を正確に狙えたのか、ですな」
桑原が話を引き継ぐ。一週間前、充とイルカがこの野良キョンシー達を追った時、このキョンシー達は二軒の家を爆発させて逃げ切った。
住民を救うために、充達はすぐさま消火を行ったが、消火活動が終わってみるとその二つの家は空き家であったと判明した。
「中に誰も居ないと分かっていたとしか思えませんな」
「じゃあどうやって? イルカの記録を僕達第五課で漁りましたけど、人が住んでいない証拠なんて外部からは分かりませんでしたよ?」
結局の所、長谷川の言葉に行き着くのだ。
広範囲の電子機器へのジャミング。あれほどの逃亡にも関わらず、人を殺さない方法。
この二つが野良キョンシー達の最も不可解な点であった。
ここまで来て、終始無言だった黒木が口を開いた。
「この前の燃え落ちた研究所。このキョンシーらはそこからの逃亡物なのでは?」
京香の脳裏に一ヶ月前の、あの研究所の末路の光景が浮かんだ。




