④ 追加残業
*
十分後。
「……良し。全員捕まえるか殺せたみたいだ」
スマートフォンに耳を当て、何やら話していた長谷川が黒縁メガネの位置を直しながらそう言った。
その隣ではイルカがボーっと空を眺めていて、その後ろでは二十体前後まで数を減らしたキョンシー達が整列している。
「長谷川主任、あそこのキョンシー達は?」
恭介が指差した場所では、肉汁に塗れた歯車が太陽を浴びてテラテラと光っている。
テレキネシストと激突し、体中が四散したキョンシー達の残骸だ。
「頭は回収したから大丈夫。肉片と機械片は第三課に後片付けを頼んでます」
「なるほど」
確かに、既に第三課の事後処理部隊が集まり始めていた。
――ホムラとココミの様子は……。
ならば、と恭介は自分のキョンシーの手入れを始めることにした。
普段の様子からはとても信じられないが、ホムラとココミの脳や体はか弱いのだ。
「ホムラ、ココミ、調子は? どこかおかしい場所はある?」
「……」
「あるわ。こんな気持ち悪い場所に居るとココミの綺麗な眼が曇っちゃう。それもそれで可愛いかも知れないけど、さっさとこの場所から離れさせなさい。ココミ程の価値も無いあなたでもそれくらいなら出来るでしょ?」
「良し。いつも通りだね」
罵倒を聞き流し、恭介は懐の内ポケットから取り出した二本のガラス瓶を、ホムラとココミへ手渡した。
「それ飲んでエネルギー補給してて」
キョンシー専用のエネルギー飲料水、〝神水〟である。これには人間では摂取不可能な量のカロリーが含まれているのだ。
「……」
「……ふん。ココミ、ココミ、飲ませてあげるわ。あら、あなたもわたしに飲ませてくれるの? じゃあ飲ませ合いっこしましょ!」
――逆に飲み難くない?
小さなボトルを互いに飲ませ合う姉妹キョンシーの姿に恭介はツッコミの言葉を飲み込んだ。これで大人しくしてくれるなら儲けものだ。
ゴク、ゴク。
口が小さいからか、はたまた、飲ませ合いっことやらが気に入ったのかホムラとココミはゆっくりと神水を嚥下する。
その様子を半眼で眺めていると、玩具屋の方から清金と霊幻が歩いてきた。
「ハハハハハハハハ! 素晴らしい撲滅であったぞ圭! やはりこういう有象無象を相手にする時はお前達の部隊が一番だな!」
「ありがとう長谷川。そっちの被害は?」
高笑いを上げる霊幻と、疲れた様に肩を回す清金。彼女達の姿に長谷川が苦笑した。
「いえいえ、お気になさらず。被害も大した事はありません。雑兵のキョンシー達がいくらか壊れたくらいです……霊幻、血塗れですね。イルカで水浴びでもさせますか?」
「あ、そう? ありがとう、お願いするわ。もうさっきから鉄臭いのよね」
「ハハハハハハ! 礼を言うぞ! 血塗れでは人々に迷惑を掛けてしまうからな!」
主任達の会話に恭介は肩の力を抜いて、「ふー」っと息を吐く。
まだまだ自分は戦い、つまり、殺し合いに慣れていない。ハカモリに、それも最凶最悪の第六課に席を置いたということは、殺人許可証を手に入れたことと同義であるのにも関わらずだ。
――いつか、この主任達の様に成るんだろうか?
恭介は普段と全く変わらない調子で殺し合いに臨む、第五課と第六課の主任の姿に目眩と似た感情を覚えた。
その時、ドン! と恭介の肩をホムラが叩いた。
「イッタ!」
いや、もはや殴ったと言っても良い。か弱いキョンシーであるとはいえ、そこは改造キョンシー、人間よりに腕力は遥か上である
「え、何?」
眉を上げた恭介へ、ホムラがズイッと手を差し出した。
そこには空に成った神水のガラスボトルが二本置かれている。
「おかわりをちょうだい」
「……………………はい、これで今日は最後ね」
空ボトルを受け取り、げんなりと肩を落としながら、恭介は追加の神水を手渡した。
*
後始末は第三課へ任せ、恭介達はこの場から撤退を始めた。
「お疲れ、恭介。それじゃ、アタシと霊幻は七面鳥を予約してくるわ」
「ハハハハハハハハハ! さらばだ! また共に撲滅をしよう!」
清金と霊幻が足早に歓楽街へと姿を消していく。あの調子では第六課で本当にクリスマス会が行われるだろう。
恭介はスマートフォンを取り出し、予定を確認した。悲しい事にクリスマスはイブも含めて完全にフリーである。
――そうなると、参加しなくちゃいけないかな?
別にクリスマス会の参加が嫌と言う訳では無い。だが、面倒であるのは確かだった。
そもそも、恭介は第六課の監視役なのだ。言うなれば公言されたスパイである。そんな男が何故クリスマスでパーリナイをしなければならないというのか。
「……はぁ」
軽くため息を吐いて、恭介はスマートフォンをポケットに仕舞った。
周囲では第三課が忙しそうに走り回っている。このままここにいたら邪魔でしょうがないだろう。
「……ホムラ、ココミ、何処か行きたいところとかある? 僕は疲れたから夕飯の材料買って帰りたいんだけど?」
今日はPSIを発動させ、ホムラは体力を大分消耗したはずだ。メンタルケアが必要である。
ホムラはココミを抱き締めたまま即答した。
「映画を借りに行くわ。バズえもんの最新作を見たいから」
「そんじゃ、帰りにTETSUYAに行こうか」
ホムラとココミは映画を見るのがどうやら好きな様で、とりわけ子供向けの長編映画を好んでいた。
二体を持ってから来店頻度が格段に増えたレンタルビデオ店への経路を頭に思い浮かべながら恭介はその場から去ろうとする。
その時である。
ピピピピピ、ピピピピピ、ピピピピピ。
ポケットに戻したばかりのスマートフォンからアラームが鳴った。
ピピピピピ、ピピピピピ、ピピピピピ。
スマートフォンを取り出し、着信者を見ると、そこには恭介のもう一人の上司、アリシア・ヒルベスタの名前があった。
清金も面倒な上司であったが、アリシアはそれ以上だ。ある意味、恭介をシカバネ町へ引き戻した張本人がこの女である。
「……早く行くわよ?」
「ごめん、ちょっと待って」
ホムラの抗議の視線に軽く手を振り、恭介はスマートフォンを耳に当てた。
『アリシアです。キョウスケ、あなたは今暇でしょうか?』
「いえ、忙しいです」
『そんなあなたに頼みがあるんですよ』
「聞いてくれません?」
恭介は再びため息を吐いた。電話越しの向こうであの褐色美人な上司はウフフと笑っているに違いない。
「アリシアさん、今日はもう帰って映画を見るんです。仕事は後日にしてくれてませんかね?」
『あら、キョウスケ、随分キョンシーと仲良しに成りましたね。ちなみに何の映画ですか?』
「バズえもんの最新作ですよ」
『ああ、あの承認欲求に塗れた青ダヌキの映画ですか。分かりました。後であなたの部屋にDVDを届けておきますから。代わりに私が指定した場所まで寄り道してください』
「強情ですね」
恭介はチラリとホムラを見た。もう帰ると言った手前、寄り道すると成ったら騒がれるのは間違いない。
――どうするかな?
恭介が言い淀んでいると、意外にもホムラから口を開いた。
「わたしとココミが座るソファを買う事で手を打ってあげる」
「……心を読んだな?」
恭介はホムラに抱き締められたココミを見た。テレパシーで思考を読み取ったのだろう。
三度目のため息をついて、恭介は返事をした。
「DVDと一緒にソファもご所望です」
『よろしい。高級品を用意しましょう』




