③ 数の暴力
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「うわ、こっち来た!」
恭介は自分達の方へ走ってくる密猟者達の姿に思わず声を上げた。
形相は必死そのもので、体中に返り血が付いている。が掛かっているのだ。今の彼らは生きる為なら何でもするだろう。
「ホムラ、殺さない程度に燃やして」
「……めんどうだから嫌」
「はい、仕事だから、文句を言わない」
「ちっ」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
瞬間、密猟者が火達磨に成った。
命令通り、ホムラは手加減してPSIを発動したのだろう。炎はすぐに消え、密猟者達が呻き声を上げながら地面に転がった。
しかし、恭介の顔はすぐに強張った。
消えた火柱の先に、男を抱えたキョンシーがこちらへ走って来るのを見たからだ。
「ホムラ!」
「ちっ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
先程よりも強く、激しい火柱が男ごとキョンシーを飲み込む。
けれど、炎がそのキョンシーに届くことは無かった。
キョンシーと男を直径二メートルの球体のバリアが囲み、ホムラの炎を遮断したのだ。
――テレキネシス!? それも近距離放出型の!?
これはテレキネシスを応用したバリアだ。恭介達には対抗する手段が無い。
――どうする!?
恭介は考える。どうすれば数秒後には自分達の所に来る敵を食い止められるのか。
結果として、その思考は無意味な物だった。
「どいてー」
間延びした声が背後から聞こえ、それと同時にホムラが恭介の体を左方向に引っ張った。
華奢な見た目をしているが、改造されたホムラの筋力は成人男性のソレを遥かに超え、恭介は半ば転ぶ様に左に飛ばされる。
「ちょ!?」
引っくり返る視界。その中で恭介が見たのは、今自分が居た場所を通り過ぎる、小規模な津波の姿だった。
ザッパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
水塊が敵キョンシーへと叩き付けられ、水しぶきが生まれた。
ザブン! 恭介の横に水色のパーカーを着た九歳前後の少年のキョンシー、イルカが降り立った。
「行け! 殺して逃げるんだ!」
津波を浴びてもテレキネシストのバリアは砕けず、命令を受けて、恭介達へと突進する。
「まだ来るかー」
間延びしたイルカの声。第五課の主力キョンシーがその手から再び水塊を生み出し、小規模な津波として前方の敵へと放つ。
ザッパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
水塊は密猟者を抱えたキョンシーの足を止める。だが、バリアの破壊には至らなかった。
「なるほど。やっぱりイルカじゃ威力が足りないみたいだ」
続いてイルカの後方から声が聞こえた。振り向くと、そこには黒縁メガネを掛けた第五課の主任、長谷川 圭が立っている。
「長谷川主任」
「お疲れ様、木下さん。後は第五課が引き継ぎます。休んでいてください」
パチン。長谷川が指を鳴らした。
その瞬間である。
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ!
何処に隠れていたのか、至る所からキョンシーが現れた。
その数は凡そ三十。それら全てが無機質な規則性で長谷川の前に整列する。
「それじゃあ、第五課の〝団体戦〟を見せようか」
長谷川は眼鏡をクイッと上げて、背後のキョンシー達に命令を下した。
「陣形F」
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ!
一糸乱れぬ統率。一体、二体、三体と、約三十体キョンシー達がボーリングのピンの様に整列した。
ザババババババババババババババババババ! 手から水塊を生み出し続けているイルカがそのボーっとした瞳を長谷川へと向ける。
「イルカ、そのまま抑えてて」
「りょうかーい」
イルカの返答を聞き、長谷川が左手を上げ、前方へと振り下ろした。
「行ってこい」
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ!
その号令を合図とし、第五課のキョンシー達が文字通り、一つの矢となって敵へと進撃した!
「一号! 穴を開けろ!」
まず、初めに密猟者のキョンシーに届いたのは、一号と呼ばれた最前列のキョンシーだった。
イルカの水塊を受け、歪んだテレキネシスのバリアへ、そのキョンシーは体を飛び込ませる。
キイイいいいいいイイイイイイイイイいいイイイイいイイイイイイイイイイン!
力場が歪み、そして、一号の体を刺し貫いた。
無謀にも飛び込んだキョンシーの体が一瞬にしてひしゃげる。
胴体はくの字を通り過ぎてコの字に曲がり、折り破られた脇腹からキョンシー用の薄赤色の人工血液と内臓が噴き出した。
「二号、三号! 広げろ!」
命令は続く。一号の背後で走っていた、二体のキョンシーがコの字に曲がる一号の左右からその両腕をバリアへと差し込み、左右へと一気に引っ張った。
キギイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛い゛い゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イイイイイン!
本来あり得ぬ形に歪められたPSI力場から、ガラス板を釘で引っ掻いた様な音が響いた。
テレキネシスのバリアの穴が僅かに広がり、力場へと差し込ませた二号と三号の腕はザクロのごとき肉片と成って奥にある金属骨格が現れる。
――霊幻と同じ機械化キョンシー? まさかここに居るキョンシー全員が?
バキッ!
二号と三号の腕が根元から折れた。直後、二体は首を力場へと差し込ませ、体全体で穴を広げる。
「足りないか。四、五、六号、お前達も続け」
更に三体、背後に控えていたキョンシー達が腕を穴へと差し込ませる。
バチャバチャとテレキネシスで千切られたキョンシー達の肉片がイルカの作った水塊に飲み込まれ、すぐさま洗い流された。
――これが、第五課の戦い方。
恭介は唖然とした顔で第五課のデータを思い出す。
第五課の戦闘スタイルは、多数のキョンシーを指揮しての団体戦だ。
キョンシー犯罪対策局で最も多くのキョンシーを第五課は保有し、ほとんどがPSIを持たない他律型の安価なキョンシーである。
数の暴力。第五課は安物のキョンシー達を消耗品として戦闘に大量投入する部隊だった。
ギギギギギギイ゛イ゛イ゛イ゛いいイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛いいイ゛イ゛イ゛いいイ゛イン!
三体の体もすぐさまただの肉片と変わっていき、それと引き換えにしてテレキネシスのバリアにキョンシー一体が入れる程の穴が生まれた。
「良し。七から十五号! 穴に飛び込べ! 密猟者を鎮圧しろ!」
そこからは流れ作業だった。
キョンシー一体分が入れる小さな穴へ、新体操の様に九体のキョンシーが飛び込み、瞬く間にバリア内部のキョンシーを破壊し、密猟者を鎮圧した。




