② バイキング
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「ハハハハハハハハハハハハハハ! 素晴らしい! 見ろ京香! 悪人共のバイキングだ!」
「うるさい。迷惑でしょ」
一時間後、京香達は北区のとある玩具屋を眺めていた。
一見何の変哲も無い玩具屋。京香もゲームソフトを買いに何度か足を運んだ事がある個人商店。クリスマス商戦という事もあり、店内は活気付いていた。
彼女達が居るのはそこから三十メートル程離れた喫茶店の窓際の席。コーヒーやらアップルジュースやらオレンジジュースやらがテーブルに置かれ、シャルロットから出した双眼鏡で玩具屋を見つめている。
「いつ撲滅に行く? 吾輩は今からでも構わん!」
「逃がしたくないからね。今、第五課に応援を頼んでるの」
「なるほど! 確実な撲滅のためなのだな! 了解! 後どれくらいだ!?」
「そろそろじゃない?」
単体での戦闘能力ならば京香達第六課がシカバネ町でトップである。それは間違いない。
「……ココミ、本当にあの店内に居るのは密猟者だけなんだな?」
「……」
「ココミがそう言ってるのよ? 信じられないの? ああ、あなたは哀れで愚鈍な虫けらだものね。美しい宝石の言葉を理解する教養が無いみたい。ああ、やだやだやだ。ねえ、ココミ、一緒に帰って映画でも見ましょ? 名探偵ゴリンの映画が録画してあった気がするわ」
「レスポンスの敵意が高過ぎない?」
ココミ曰く、あの商店に居る人間はほぼ誰もが素体狩りに絡んだ密猟者であるらしい。戦闘用のキョンシーも十体揃えられているらしい。
――ちょっとアタシ達には多すぎるわね。
玩具屋の立地も関係するが、この人数の密猟者を相手取った時、間違いなく取りこぼしが生まれてしまう。
故に京香はヘルプコールを長谷川圭がリーダーを務める第五課へ出した。
第五課の単体戦力は関口が率いる第四課と第六課よりも遥かに低い。
しかし、総合力と言う意味では第五課がハカモリで一番だ。
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。
「京香! 鳴っているぞ! これは長谷川からの連絡ではないか!?」
「ま、タイミング的にはそうよね」
言葉通り、着信は長谷川からだった。
「もしもし、清金だけど、準備は終わった感じ?」
『はい、こっちは長谷川です。店の包囲は完了しました。後は清金さんのタイミングで突撃してください』
「分かった。急なお願い聞いてくれてありがと。後でお礼するわ」
『いえいえ、気にしないで良いですよ。むしろ、僕達こそありがとうございます。清金さんの連絡が無ければみすみす取り逃がしているところでした』
ピッ。通話を打ち切り、京香は残っていたアップルジュースを飲み切り立ち上がった。
「さて、行くわよ」
「ハハハハハハハハハハ! 待ちわびたぞ!」
ガタン! 霊幻が大きく立ち上がり、京香も背後に続く。
「んじゃアタシが金払っとくから、恭介達は外で待ってて」
「あ、はい。ちなみに僕達はどんな仕事をすれば?」
「んー、一応見える位置で待機してて。取りこぼしたやつらが居たら適当に捕まえてくれれば良いや」
「了解です」
*
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 撲滅撲滅撲滅だ悪人共! お前らには祈りなど存在しない! この場にて塵芥にしてくれる!」
「ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「助けて助けて助けて助けて助けて助け――!」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ! 目の前で霊幻の紫電が密猟者達を蹂躙する。
宙を舞う臓物が蒸発し、眼球と脳味噌が星空の様に店内で爆ぜた。
天井に頭皮と共に髪が貼り付き、テディベアが腸でマフラーを巻いている。
店内に居た十体のキョンシー達は既に三体が機能停止していた。
「助けろキョンシー!」
玩具屋の入口。透明な薔薇の盾の形にしたシャルロットとピンク色のテーザー銃、トレーシーを構えた京香の視線の先で、一人の男が残ったキョンシーに助けを叫んでいた。
「……店長」
叫んでいたのはこの玩具屋の店長だった。何度か新作ゲームを勧めてくれた人当たりの良い中年男性だ。
あまり考えたくはなかったが、この玩具屋の店主もまた密猟者であったらしい。
京香はトレーシーの銃口を、二三回世間話をした店主へと向け、ほとんどノータイムで人差し指の引き金を引いた。
パシュ! 圧縮された炭酸ガスとサスペンションによって電極が撃ち出され、今まさにキョンシーへ助けを求めていた男の腹へと突き刺さる。
「あい゛」
痛みからか衝撃からか変な声が男から漏れ、京香はそのまま中指のスイッチを押し込んだ。
ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビ! 十万ボルトが柔らかき人体に駆け巡る!
声を立てる事も無く、店主は地面へと倒れ伏し、シュルシュルと電極を巻き戻しながら京香は店内へ宣言した。
「キョンシー犯罪対策局第六課だ! お前ら全員投降しろ!」
やっと自分達が〝何〟に狙われているのかを理解したのだろう。店内の人間達は誰もが阿鼻叫喚し、散り散りに成りながら外へと逃げようとする。
「あ、ちょっと!」
パシュ! パシュ! パシュ! ビビビビビビビビビビビビ! 逃がさまいと電極を放つが、トレーシーの最大連射数は三発。手が足りなかった。
「ハーハッハッハッハハハハハハハハハ! 逃がさんぞ! お前らは全員ここで撲滅するのだ!」
バチバチバチバチバチバチバチ!
「あ゛あ゛え゛あ゛え゛え゛え゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
ハハハハハハハハハハハハハハハハ! 高笑いを上げながら、霊幻が手あたり次第挽き肉を作っていくが、取りこぼしが多数発生した。
裏口や、京香が立つ入口、場合によっては窓から、生き残ったキョンシーと人間達が次々に店から飛び出した。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 京香の背後で火柱が生まれた。待機していた恭介がホムラにパイロキネシスを使わせたのだろう。
呻く人間の声がする。どうやら、殺してはいないらしい。
「……半分って所かな?」
京香はどの程度の人間とキョンシー達を今この場で撲滅できたのか当たりを付ける。
「ハハハハハハハハ! 京香! 撲滅を続けに行こうではないか! まだまだ取りこぼしが多い! 念入りに撲滅しなくてはならないぞ!?」
店内から血と臓物でぐっしょりと濡れた霊幻が口を三日月形にした。その足は今にも飛び出していきそうで、それも良いかと京香は思った。
しかし、京香が霊幻にしたのは待機命令だった。
「アタシ達の仕事は終わりよ。後は第五課に任せるわ。下手に加勢してもアタシとアンタじゃ邪魔に成るだけよ」
「……ふむ。確かにそうだな。吾輩達が行くよりも第五課に任せた方が撲滅には効率的だ。了解! お前の言う通りこの場で待機しよう!」
バッと霊幻が腕を振り上げ、バシャアとそこについていた人間だった物が液体を噴き出した。
「シャルロット、アタッシュケースに戻って」
「ショウチ」
その様子を眺めながら、京香は透明な薔薇の盾を元のアタッシュケースに戻し、トレーシーを持ったまま右腕を回した。




