① 聖夜を待ちながら
「ジングルベール、ジングルベール、クリスーマスー! きょ・う・は! た・の・し・い・ク・リ・ス・マ・ス! ヘイ!」
「うるさい! ビブラート利かせるなむかつく! クリスマスは再来週よ再来週!」
頭上で響く霊幻の野太いクリスマスメロディに京香は思わず怒鳴った。
十二月も中旬に入り、耳と鼻の頭にツンとした冷たさが降りて来るような午後。
彼女達はシカバネ町の北区の歓楽街に居た。
辺り一面がクリスマスカラーに彩られ、ジングルジングルとクリスマスキャロルやらあわてんぼうのサンタクロースやらハッピーメリークリスマスやらのクリスマスソングが鳴っている。
「まあまあ清金先輩落ち着いて。折角、退院したばかりなんですから」
すぐ後ろでは恭介が苦笑していた。彼の近くに居るホムラとココミは我関せずの態度で商店に並ぶクリスマス商品を眺めていた。
「こっちは二週間近く病室に閉じ込められてイライラしてんの。ジュース買いに行っただけなのに菫にバックドロップくらったりしたのよ? 酷くない? 誰も脱走なんてしないってのに」
「良くは知りませんけど、多分、清金先輩に前科があるんでしょうね。僕は篠原院長を支持しますよ」
入院生活を思い出し、京香はげんなりと左手を振った。残った右手ではアタッシュケースの形態を取ったシャルロットが握られている。
普段の京香は左手でシャルロットを持ち、利き手である右手は自由にしている。
半ば千切れる直前まで破壊された京香の左腕は見た目の上ではすっかり元通りである。だが、しばらく使っていなかったため、筋肉量が落ちた左手ではそこそこ重いシャルロットを持ち続けるのは難しかった。
「ところで、僕達は何で北区に来てるんでしたっけ? クリスマスパーティーでもするんですか?」
「あ、やりたい? 良いわねやりましょ。ケータリングでも頼んでどんちゃん騒ぎ」
「……藪蛇でした。忘れてください」
「ダメダメ。アタシはもう乗り気なんだもの。霊幻! 後でチキンの予約に行くわよ!」
「素晴らしい! 特上の七面鳥を買おうではないか!」
クリスマスパーティー、良い響きである。京香も家族と毎年の様にやった物だ。
恭介は藪蛇を踏んだ顔をしたが、やれやれとため息を吐いた後、話題を元に戻した。
「……で、本当に何しにここに来たんですか? パトロールなら僕が居なくても霊幻と清金先輩だけで良いですよね?」
「ま、パトロールっちゃあパトロールよ。ちょっとココミの力を借りたくてね」
「?」
恭介は首を傾げ、京香へと続きを促した。
「第六課、というかアタシの協力者に葉隠 スズメってやつが居るのは知ってる?」
「あの、元素体ランクAの、オクトパスを操るハッカーの事ですか?」
「そうそう。スズメからの情報で、今日、この日この場所で素体のパーツの受け渡しがあるみたいなのよね」
スズメは良くシカバネ町中の、場合によってそれ以外の場所のカメラをハッキングし、キョンシー犯罪の情報を片手間に探している。
その中で、偶々良い情報が見つかったら提供する契約を結んでいた。
スズメからの情報によると、この場所で今日この日、シカバネ町で攫われ解体されて小分けにされた素体の受け渡しが行われるというのだ。
「ただ、スズメもどいつがどんな方法で受け渡しするのかまでは分からなかったみたいでさ。ココミのPSIで上手いこと見つけて欲しいのよ」
「……それって僕が命令する感じですか?」
「アタシのお願いは聞かないからね。頼むわ所有者」
京香はホムラとココミのことがむしろ好きな方であったけれど、ココミ達はこちらのことを嫌っていた。
ココミ達に対して恭介以外の人間は所有者設定をしていない。それはつまり、ココミに対して命令出来る人間は木下恭介だけであることを意味する。
それで良いと京香は思っていた。
長谷川 圭が率いる第五課の様に一体のキョンシーに対して複数の人間が所有者に成るのは普通である。そうした方が有事の際に有効だ。特に人間の死亡率が高い組織ならば尚更である。いざという時にキョンシーの所有者が不在では的確な命令を送れない。
だが、京香にとってキョンシー使いと言うのはそうでなかった。
一人の人間が複数のキョンシーを持つことはあれ、複数の人間が一体のキョンシーを持つことは卑怯。そんな考えが頭に根付いていた。
「まあ、言うだけ言ってみますよ」
恭介は不精不精頷いて、背後のココミ達へと眼を向けた。
「……」
所有者が自分達を見たというのに、ココミとホムラは一瞥も返さず、それどころか姉妹の会話を止めさえしなかった。
「あらあらココミ、見て見て。トナカイのぬいぐるみよ。大きいわね。ソリも引いているわ。サンタクロースのヒゲってなんでこんなに多いのかしらね。食事の時邪魔じゃないのかしら。あ、ココミ的にはこのおヒゲがかわいいと思うの? 何言ってるの! そんなあなたが一番かわいいに決まってるじゃない! あなたはこの世、いえ、天地開闢以前からこの宇宙が焼け尽きた後まで、いっちばん貴くて可愛くて美しいのよ! ああ! ココミぃ! 愛しているわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
絶叫である。歓楽街に居たおもちゃ屋、ゲーム屋、JCJKJD、サラリーマン、休日の人々全員がギョッとホムラを見た。
――おお、長文セリフ。肺活量どうなってんのかしら。
京香はほとんど息継ぎもせずマシンガンの様に生まれたホムラのココミへの愛の賛辞に感心していた。ホムラの体は対策局が開発した強化筋繊維を植え付けているが、肺の方に何か大きな改造はしてなかったはずだ。
「ホムラ!? うるさいうるさい! はいステイ! 叫ぶなとは言わないからもっと音量下げて! あ、周りの皆さんすいませんね! 僕のキョンシーです! 今、黙らせるので!」
恭介が慌ててホムラの口を塞ごうと手を伸ばし、「触らないで! わたしに触れて良いのはココミだけよ!」と、その手をベシッと弾き飛ばされていた。
ベシッ、ベシッ、ベシッ。三度の攻防の果て、ホムラは恭介の命令を聞き入れた様で、その愛の音量を下げ、「ふん」と鼻で音を立ててココミをギュッと抱き締めていた。
その様子に、通行人達は特に気にせず、どこか慣れた調子でいつもの日常へと帰って行った。
「ああ、何か、ホムラがどんどん有名に成っていく……」
「いや、もうあんた達三人は有名人よ?」
「マジですか」
京香の言葉にガックリと恭介は肩を落とした。
ホムラとココミは双子のキョンシーと言う目立つ外見と、しょっちゅう妹への愛を叫ぶ姉の姿で最近シカバネ町の注目ランキングを上昇中である。この分では年を跨ぐ頃には霊幻並みに有名に成っているだろう。
恭介はしばらく落ち込んでいたが、気を取り直してココミへと話しかけた。
「ココミのPSIで清金先輩が言っている密猟者を見つけてくれない?」
「……」
ココミは全く恭介の言葉に反応せず、ショーウィンドウに並んだぬいぐるみやらを眺めていた。
「黙りなさい。ココミの力を使わせるなんてわたしが許さないわ。足腰を棒にして探しなさいよ。わたし達はそこのカフェでお茶してくるから」
ホムラがジロリと恭介を睨んでいる。妹への愛で心を燃やすこのキョンシーは、ココミのPSI使用を酷く嫌っていた。
しかし、京香も譲る訳にはいかなかった。
一つは、素体狩りの犯行者を京香個人の理由として許せないこと。これは最悪無視しても構わない。シカバネ町の素体狩りは連日連夜発生しており、個人で動いてもその数はほとんど減らないのだ。
もう一つはココミの有用性をキョンシー犯罪対策局に示す必要があること。こちらは無視できない要件だった。
今のココミはの立場はとても繊細で微妙な物だ。
世界で唯一のテレパシスト。精神感応系PSIの到達点であるその存在を世界のありとあらゆる合法非合法の組織が狙っている。
中にはココミを譲る様に国家予算級の金を提示する組織さえ居る程だ。
ハカモリとしてはココミを譲る気は無い。
だが、シカバネ町の設備発展に当てた方が良いのでは? という意見がちらほらと上がってきている。
ココミというキョンシーがシカバネ町の安全安心に有用であると示す必要があるのだ。
「待て待て待って。分かった、ちゃんと密猟者見つけたら、何かクリスマスプレゼントで買ってあげるから。二人とも何が欲しい?」
「ココミと二人きりで過ごせる無人島」
「……」
「買えるか!」
ワーギャーと恭介が二体のキョンシーを説得せんと四苦八苦している。
こんな事をせずとも、強い口調で〝命令〟すればホムラとココミは逆らえない。だが、彼はあまり命令と言うのをしない男だった。
できる限りキョンシーの自主性を損なわい。自律型のキョンシーを持つ際の心得である。それを忠実に実行しているのだろう。
――助け舟でも出してあげようかな?
そう京香が思った時である。ココミがスッと手を動かした。
微動だにしなかったキョンシーの突然の動きに京香達は面を食らい、その指の動きを追う。
ココミの左手の指先はある男を捉えていた。
十五メートル先。ジャケットを着た三十代後半くらいの成人男性。身なりは普通で、歩き方にも不自然さはない。
「? 恭介、ココミはどうしたの?」
「さあ?」
京香と恭介の疑問はホムラの代弁によって解答された。
「あの男が密猟者よ」




