⑫ 滅びの輝き
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セリアは赤く染まった視界の中でアネモイ2を見下ろす。
先程アネモイ2が作り出した空気の爆発。とっさに耳を塞ぎ、アネモイに守ってもらったが、消し切れなかった衝撃波は結果として彼女の眼からの出血を導いた。
頭の中でキーンと鳴り、吐き気も襲ってきている。
――まだ終われない。アネモイを逃がすまでは。最悪、私が一緒でなくても良い。
脳裏にあの葡萄畑での出会いが思い起こされる。アネモイさえ逃がせれば、風の神が風の神として終われるのなら、その時隣に自分が居なくても構わなかった。
『倒して!』
『はi』
セリアが食べさせたキャンディでアネモイの意思は今奪われている。だが、崩壊寸前の自律型のキョンシーでは逃げ切れない。
そう、逃げなければいけないのだ。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!
アネモイが飛びながら作り出した風の刃が複雑な軌道でアネモイ2へと飛んで行く。
それはほとんど不可視の刃でセリアの眼では僅かにしか認識できない。
ゴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!
眼下ではトルネードの竜達がその牙と爪と翼を突き立て合い、互いの主の命令を完遂せんと戦っていた。
『アネモイ! 雲の中へ!』
『うn』
瞬間、セリアとアネモイは急上昇し、雲の中へ隠れ、アネモイ2がそれを追う。
『待て待て待てぇ!』
アハハハハ!
アハハハハ!
アハハハハ!
雲の中は薄暗かった。
バタバタバタバタバタバタバタバタ! 雨が強く息さえ満足にできない。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ! 積乱雲と化した重苦しい雨の中は雷鳴と豪雨の巣だった。
雲の中の空気は全てアネモイの制御下にある。雷や風がセリア達に当たらない。
このフィールドにおいて勝算はセリア達だ。
そのはずだった。
『切り落とせ!』
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン! 風音がする。雲を掻き分けて三日月状の風の刃が無数にセリアとアネモイへ向かって来る。
――どうして!? 雲の空気はアネモイの制御下にあるのに!?
『防いで!』
アネモイが作り出した曲線系の風の盾が、風の刃を受け流す。
雲の下の時と比べて、風の盾は強固で風の刃は弱体している。
気体の制御権がアネモイの方にあるのは確実だった。
しかし、アネモイ2の速さはアネモイよりも上だった。
――どうして!?
アネモイ2のスペックはアネモイとほぼ同等。
雲の下ならともかく、雷鳴響く積乱雲の中でアネモイに追いつけるはずが無い。
もしも、ここが薄暗い雲の中で無ければ、セリアはアネモイ2の眼鼻から血が噴き出している事実に気づいただろう。
脳へのダメージを度外視したPSIの過剰出力。それが一時的にアネモイ2の性能をアネモイ以上にしていたのだ。
『追いついた!』
『ッ!』
初めてアネモイ2がセリア達の上を取った。
『落とせ!』
キョウスケの命令に風の砲弾が放たれる。
砲弾は大きく、ボヨンとした弾力があり、途中で挟んだ空気の壁ごとセリアとアネモイを瞬時に雲の下へと撃ち落とす。
急速に遠ざかっていく雲。そこからキョウスケ達とアネモイ2が飛び出して来た。
――立て直さなきゃ!
『アネモイ、離れて!』
セリアの命令の直後、恭介が何かを命令した。
「MOYASE!」
セリアとアネモイが再び強烈な炎で包まれた!
――パイロキネシス!? また!?
炎は風と雨で直ぐに消える。セリアは弾力を持った風の砲弾から逃れようとした。
しかし、回避の命令を出そうとしたのとほぼ同時だった。
セリアは気象塔の展望室に紫電の輝きを見た。




