1-11 雷VS炎
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ピチョン。ピチョン。ピチョン。午後十時。三つ目の廃工場を霊幻は歩く。
送電線は切れており、割れた窓からの月明かりだけが光源だ。
霊幻は左目の視覚チャンネルを切り替えた。
途端、その視界が変化する。可視光から赤外光へ虹彩の感度領域を入れ換えたのだ。
世界は暗くなり、熱が色を持つ。遠近感は消え、可視と不可視の二つの世界が重なった。
「さて、野良キョンシーは居るか? もしも、居るのであれば投降を勧める」
廃工場の虚空へ呼び掛けるが返事は無い。ここは半導体メモリを作っていた場所だったようだ。
幾つかのフロアを通り過ぎ、おそらく製品を梱包するフロアに入った時、霊幻は足を止めた。左目が蘇生符のスペクトルを感知する。キョンシーがこのフロアには居た。
「出てくるのだ」
霊幻は足を進める。蘇生符の反応はフロアの奥からだ。距離にして三十メートル先。
「三秒以内に返事をするのだ。さもなくば撲滅対象と定める」
そう言った直後、ゴウ! 霊幻の体から火柱が上がった!
微かなPSI反応! パイロキネシス!
火は舐めるように霊幻の体を這い、皮膚に食い込まんとする。
霊幻は後方へ跳ねながらマントを振るい、炎を掻き消した。
「なるほど。撲滅を希望か!」
着地し、即座に霊幻は前方へ突撃する。攻撃をしてきた。つまり、撲滅すべき相手である。
「ハハハハハハハハハ!」
ゴウ! 炎の壁が前方三メートルに生える。
高さ四メートル、幅六メートルの炎壁だ。視界の左にはベルトコンベア。右には壁。
――どうする?
霊幻に取れる選択肢はいくつかあった。
一瞬の思考。パイロキネシスト相手に長期戦は不毛だ。
ダァン! 霊幻は右にジャンプし、壁へと紫電を放ちスポットを作った。
それと同時に両足が帯電し、クーロン引力を用いて壁へと着地する。
紫電を敵はまだ見ていない。奇襲的行動、着地と同時に霊幻は突撃するつもりだった。
しかし、ゴォウ! 着地と同時に、再び壁から火柱が上がった!
「むっ!」
ジュッ! と合成皮膚の蛋白質が変性した。このままでは機能に障害が出る。
バチバチバチバチバチ! 体に纏う紫電を強くし、炎が弾かれた様に体からスルリと外れると同時に霊幻は壁から床に着地する。
――動きを読み切られた?
霊幻は今の攻撃を評価する。着地と火柱のタイミングは全くの同時だった。完璧過ぎるタイミング。まるでこちらの行動を予測していたかのような動きだった
「ちっ!」
部屋の奥から女の舌打ちの音がした。その直後、
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
千平方メートルはあろうかというフロア全体が巨大な炎で包まれた!
「何だと!?」
霊幻は感嘆する。この出力はパイロキネシスとして一級だ。
――これほどの出力長くは続かん。意図は何だ?
キョンシー達の全ての行動には必ず論理的な理由がある。その論理自体が破綻していることはままあるが、今の炎にも何か理由があるはずだ。
思考しながら、全身に紫電を纏って霊幻は前方へと走り寄る。
だが、相手の方が一手早い。部屋の奥に到達した時、そこには何も無かった。
周りを見ても炎壁に阻まれ、三メートル先も見通せない。炎のPSI反応も弱まっている。パイロキネシストは既にこの場から離れていた。
バチバチバチバチ、バチ。火の海の中で霊幻が活動するには全身に紫電を纏わなければならない。この出力は百八十秒しか続かない。
「取り逃がしたか」
***
「あんたから逃げ切ったの?」
次の日の早朝。京香は告げられた情報に眼を丸くした。
第六課のオフィスには水瀬と充、そしてイルカが来ていた。三人、いや、二人と一体は霊幻の情報を共有しに来たのだ。
「霊幻、情報をもう一度まとめろ」
水瀬が白髪頭を叩きながら眼光を鋭くする。
「良いだろう。あのキョンシーはパイロキネシストだ。
舌打ちをしたことから自律型。パイロキネシスはおそらく設置型。任意の地点に火柱を生む能力だと思われる。そして、吾輩の動きが読み切られた。以上。詳しくは第二課に渡した左目の映像データを見てくれ」
「やっぱり噂の野良キョンシーでしょうねー」
充がイルカの柔髪を撫でながら、「うんうん」と頷く。
「問題は霊幻から逃げ切れたってことね。霊幻、仮にタイマンで戦った場合勝てる?」
京香の言葉に霊幻は「ふむ」と少し考える素振りを見せた。
「今の時点では分からん。あのキョンシーは吾輩の動きを読み切った。演算の性能で負けているかもしれん」
「それが問題だ。霊幻、お前は俺達が保有するキョンシーの中で最も戦闘技能が高い。そのお前に戦闘技能で勝てるとは考えづらい。何かカラクリがあるはずだ」
「どちらにせよ、警戒レベルを引き上げる必要が有るわね」
京香の言葉に反論する者は居なかった。




