⑤ 優先順位
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テレキネシストの相手を霊幻に任せて、京香は雨の中を疾駆する。顔にバシャバシャと雨が落ち、風に吹かれて髪がしっちゃかめちゃっかだ。
「で、マイケル、本体ってどういうこと?」
「いやな、おかしいとは思っていたんだ。いくら、ココミやアネモイを手に入れたいからってそんなにポンポンとPSI持ちのキョンシーを投入するのかって。京香、お前は戦闘屋だから実感があまり無いかも知れないが、PSI持ちキョンシーってのはお前が想像するより何倍も貴重なんだ」
「要点だけ話して。マイケル、あんたの悪い癖よ。時間が無いんだから」
磁力で浮きながら、きょろきょろと京香はマイケルの言う本体を探していた。
「オーケー。じゃ、次の違和感だ。俺達を襲撃してきたキョンシー。どいつもこいつも同じPSIを使ってばっかりだったよな? 恭介とヤマダを襲ったキョンシー、全員テレキネシストだ。ま、京香を襲ったのは別だったけどな。そんなに多くのテレキネシスト。それも全員力球を放つ放出型。形も同じだ」
京香は黙ってマイケルに続きを促した。
「で、俺は背後に高原一彦、つまりココミを作った奴が居るとして仮説を立てたわけだ。ココミのテレパシーを使えば複数のPSIを自由自在に複数のキョンシーに行き来できる。それを応用すればPSIを持っていないキョンシーに持っているキョンシー一体のPSIを使わせられるってな」
「つまり、テレパシストが近くに居るってこと?」
「とんでもない。ココミレベルのキョンシーが居たらわざわざ一つのPSIにこだわる必要は無いさ。それにさっきのキョンシーには大脳が無かった。運動系を司る小脳だけ。ありゃコスト削減とPSIコピーの為だろうな」
「コスト削減?」
「キョンシーで一番高いパーツは脳だからな。クローンだとしても変わらない。だけど、小脳だけならクローン作製は簡単だ。多分、劣化テレパシストを作ったんだ」
「……劣化、考えられるスペックと、隠れてる場所は?」
「操作性はココミ以下、有効距離はざっと見積もって三十メートル。ココミみたいに視界共有もできてない様だから見晴らしの良い所。そこに居るテレキネシストと一緒に居る劣化テレパシストを倒してしまえば俺達の勝ちさ」
――三十メートルね。
京香はその言葉だけを胸に留めた。霊幻が踏ん張っている場所から三十メートル。見晴らしの良い所。
「あそこか!」
京香の視線の先に石造りのアパート建ち並ぶ姿が映った。モルグ島の気象塔と研究所、その間にある集合住宅。そして、こちらに窓が向いている部屋達。そこの何処かに敵は居る。
*
クルクルクルクルクルクルクルクル!
「『回れ!』」
京香は石造りの五階建てアパートのすぐ近くまで走り、周囲へPSI磁場を作り出した。
PSI磁場が命じるは鉄球の回転。その中心は自分自身。
鉄球は急速な周回運動をし、半径五メートル前後のアイアンボルテクスが生まれる!
グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル!
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ!
鉄球は削岩機の様にアパートの外壁を破壊する。石造りの壁面はまるでジェンガの様に脆く崩れ去り、中に居た住民達が悲鳴を上げた。
『わあああああああああああああ!』
『きゃあああああああああああああああ!』
黒鉄が作り出す突然の暴風雨。罪もない住民達は逆側の壁へと逃げるしかない。
「ごめんなさいね! 請求先は気象塔によろしく!」
ハハ! 京香は笑う。笑ったままアパートの一階から五階までアイアンボルテクスを振り上げた。
グルグルガリガリグルグルガリガリグルグルガリガリグルグルガリガリグルグルガリガリグルグルガリガリグルグルガリガリグルグルガリガリ!
『なになになになに!?』
『わ、わわああああああ!』
『誰か! 誰か助けて!』
悲鳴が響く。京香は無視する。逃げられる様にPSIは調整している。
頭にあるのはマイケルの言う劣化テレパシストを探すことだけ。
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
背後で霊幻の笑い声と彼が戦闘する音が響く。電撃対策がされた四体のテレキネシスト相手では、霊幻が壊れてしまう可能性が高かった。
霊幻へ京香が与えている最上位の命令は〝自分の目の前以外で壊れない事〟。将来的な命令の破棄すら不可能としたこの絶対命令は京香にとって誓いである。
霊幻と言うキョンシーを持つと決めたあの日から京香にとっての優先順位は一度としてぶれたことは無い。
――さっさと見つけて壊して、霊幻の所に戻る。
頭にあるのはただそれだけ。それ以外の何物も京香にとっては些事だ。
ガリガリガリガリガリガリガリガリ! ヒュン!
一棟目のマンションにはキョンシー達が潜んでいなかった。京香は作業的に二棟目の解体に取り掛かる。
――何処何処何処?
鉄球に飲まれて砂鉄も渦を巻く。ガタガタとマンションの石壁が崩れていく。
一棟、また一棟とモルグ島の住民達が暮らす居住区を破壊していき、七棟目の最上階、京香は敵を見つけた。
「居たぞ京香! あそこだ!」
「『分かってるわ!』」
ギュン! 京香は鉄球を操っていた磁力全てを足元の反発に当て、時速六十キロメートルでマンションの五階までジャンプした。
五階には三体のキョンシーが居た。一体に京香は見覚えがある。先日、交戦し、京香が取り逃がしたエアロキネシストだ。残る二体、座っているキョンシーとそれの頭に手を当てているキョンシー、こいつらがテレキネシストとテレパシストに違いない。
「どっちがテレパシスト!?」
「頭を触ってる奴だろうな!」
「はいはい!」
京香はトレーシーの銃口を向けて、一気に八つの鉄球全てを放った。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!
風切り音を立てて飛んでいく鉄球に対して、部屋のキョンシー達は防御動作を取ろうとした。
テレキネシストは力球を、エアロキネシストは竜巻を壁の様に自身の前に置いた。
だが、加速した鉄球にそれらは意味を持たない。
力球と竜巻の膜を突き破り、京香の鉄球がキョンシー達の体を撃ち抜いた。




